第23話 初めての休み

 俺の名はロイロット=ブレイク。

 只今、本当の休み時間を満喫している。

 今日はとてもいい天気だ。

 川のせせらぎが耳に心地よい。

 若葉が萌える木の下は、絨毯のようにやわらかな芝草が広がり寝転がるのにぴったりだった。


「……ロイ、こんな所で寝てていいの?」

「いいんだよ、今は休み時間だからな。お前も寝てみろよ。気持ちがいいから」

「……」


 ユーリは恐る恐る、俺の隣に仰向けになって寝転んだ。

 穏やかな日差しが降り注ぎ、風はとても爽やかだ。

 今日はここでのんびりすごすつもりだ。

 どうしてこうなったかというと。

 現在、冒険者としての仕事は休んでいる最中なのだが、休日でもユーリはよく働く。

 掃除洗濯、それに当番の時は料理も作るし、料理当番じゃない時は狩りや薬草を採りに行き、それを山から一番近い町の売りに行ったりする。

 ユーリにも次の仕事を請け負う前に一日は休むよう勧めると。

 

「休みをとってもいいの?」

「当たり前だろ。誰にでも休みは必要だ」

「休みってそんなに必要なの?」


 きょとんとするユーリに俺は思わず額に手を当てた。

 もしかして今まで休んだことがなかったのだろうか?

 勇者であれば多くの魔物討伐の依頼が舞い込んでくるし、時には社交界にも顔をださなければならない。忙しいのはわかるが、一日くらい休みがあっても良かったのではないだろうか。


(そもそもあの勇者……そんなに忙しそうだったか? ユーリを追放していた時も、のんびり酒場で飲んでいたみたいだし)


 勇者が目まぐるしいほど忙しいのであれば、その活躍ぶりは俺の耳にも入ってきそうなものだが。


(忙しかったのはユーリだけかもしれないな……彼女が何かと仕事を押し付けられていたのが目に浮かぶ)


 しかもユーリも働くことがすっかり身に沁みついてしまっているのか、笑顔で申し出てきた。


「休暇なら二階の部屋を掃除するよ」


 思わずコケそうになる。

 今、掃除や洗濯をさせない為に休暇を取るように勧めているのに、彼女は全く理解していないようだった。

 多分、俺が代わりに掃除や洗濯をするから休め、と言ってもユーリは首を縦には振らないだろうな。

 この手の人間は、人が働いている時に自分だけ休む事など絶対にできない性格だ。

 俺はしばらく思案してから、人差し指を天井に向けてユーリに言った。



「いや……それよりも、弁当を作るのを手伝ってくれないか?」

「お弁当?」

「そうだ、弁当だ」


 俺はあえて目的は言わずに、彼女に弁当作りを手伝うように言った。

 このまま家にいたら、ユーリは一日中掃除をしていそうだからな。

 だから、弁当を持って家から少し離れた場所へ出かけようと思ったのだ。


「ロイ、パンが焼けたよ」

「よし、具を挟むぞ」


 パンにチーズとハムをはさんだシンプルパンから、サラダと肉をはさんだボリュームパンなど二人で惣菜パンを作る作業も楽しいもんだ。

 パスケットの中に惣菜パンや果物をつめた後、俺はユーリに言った。


「じゃ、出掛けるぞ」

「え? 出掛けるってどこに?」

「この山頂にまだ行ったことがないだろ?」

「うん……狩りで山林の中にはよく入っていたけど、山頂までは行っていない」

「そこはちょっとした原っぱになっていて、今の時期は花が綺麗に咲く時期なんだ。見に行ってみよう」

「え……!? あ……う、うん」

 

 ここはさほど高い山ではないので、家から山頂までは十五分もかからない。

 山を登るとそこは原っぱのようになっていて、今の時期はエト山桜が満開だった。

 ふわりと風が吹くと花びらが雪のように舞う。

 その美しさにユーリは目を輝かせた。


「綺麗……」


 俺はふかふかの芝草の上に座り、弁当を広げ始めた。

 ユーリもそれを見て慌てて手伝う。

 二人で作った惣菜パンを食べながら、エト山桜を愛でる……うん、最高な時間だな。

 美味しそうにパンを食べながら、エト山桜を見上げているユーリの姿を見て、俺は時々ここで弁当を食べることにしようと思うのだった。


 そして今、ユーリと二人で芝草の上でごろ寝をしている。

 ああ……風が気持ちいい。

 今日は日差しも程よく暖かくて。危険な魔物の気配もないし、とても平和だ。

 ふと規則正しい寝息が聞こえてきたので、隣へ目をやるとユーリが目を閉じて眠っていた。

 よほど疲れていたんだな。

 本当にちゃんと休む間がなかったんだろうな。

 俺は身に着けていた外套をユーリの身体にかけてやる。

 

「うーん……」


 ユーリが寝返りを打ってこっちに向く。

 すると彼女の顔と俺の顔の距離が近くなる。

 どれくらいの近さかというと、あと指三本分の距離で唇が触れ合ってしまいそうなくらいに近い。


「…………」


 思わず彼女の唇に釘付けになる。

 形が良くて艶やかな唇が僅かに動く。

 彼女の頬に手を伸ばしかけ、我に返り慌てて引っ込める。


 くそ……何をしようとしているんだ、俺は。


 俺はあくまで彼女の保護者みたいなものだ。

 邪な思いを抱いたりしたらいけない。

 

 つい最近まで少年めいた印象だったけれど、今は髪の毛も伸びて奇麗に切りそろえられている。

 今や完全に大人の女性だ。

 これ以上ユーリの寝顔を見ていたら、どうにかなってしまいそうだ。

 彼女に背中を向けるように俺も寝返りを打った。


「うん……ロイ……」


 ユーリが夢の中で俺のことを呼んでいる。

 コラ、惑わすんじゃない。

 いやいや、分かっている。別に惑わしてなんかいない。本人はただ寝言で俺の名を呼んでいるだけだ。

 

 

「ロイ……」


 もう一度、彼女が俺の名前を呼ぶ。

 なぜ、君は夢の中でそんなに俺の名前を呼ぶ?

 勘違いしてしまいたくなるだろう?


 ユーリは小一時間ほど眠っていたが、その間俺はずっと緊張しっぱなしだった。


 ◇・◇・◇


 ひとしきり眠ったお陰か、ユーリは気持ちすっきりした顔をしていた。

 反対に俺はちょっと疲れちまったけどな。

 今日は早めに寝よう。

 ピクニックから帰ってくると、誰かが腕を組んで家のドアに寄りかかっていた。

 近くまで来てその顔を認めた俺は、そいつの名を呼ぶ。


「ウォルク、そこでずっと待っていたのか?」

「まぁ、十分くらい待ったかな」

 

 ウォルクは肩を竦めて答えた。

 冒険者ギルドのエト支部長である彼がわざわざ俺の家に来る理由は一つ。

 生半可な冒険者たちでは難しい仕事の依頼が舞い込んできたのだろう。

俺はウォルクに言った。


「まぁ、入れよ。今朝、たくさん総菜パン作っちまったからな。お前も一つ食べていけよ」


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