第22話 勇者達のその後

 勇者一行は、何とも後味が悪い気持ちを抱きつつ、ベルギオンを後にした。

 本来なら自分がニック=ブルースターを完膚無きまで叩きのめして、脚光を浴びる予定だったのに、謎のクマによってそれが阻まれてしまったのだ。

 しかもクマの反撃によって光弾をもろにくらった為、爆発したような髪型になってしまった。

 これはどうセットしても直りそうもない。


「んっとに、今度会ったらあのクマ、コロス……!!」


 そう言って干し肉をかじるヴァンロスト。

 イリナは乾いたパンを見てため息をついてから、呆れ声で言った。


「もう会えないんじゃない? あの格好のまま普段うろついているとは思えないもん」

「だけどな、イリナ」

「それよりも、あと何日で次のダンジョンにつくの? もうテント生活すんの嫌なんだけど」

「テント生活なんか今に始まったことじゃないだろ」

「だって最近のテントって寝心地悪いんだもん!!」


 それはユーリが寝心地良くする道具をすべて持って行ってしまったからだ。

 新たにそういった一式をそろえたいのだが、どこに売っているのか分からない。

 ベルギオンでも万事屋を回ったのだが、テントの床の上に敷くものなど売っていなかった。


「あんた我が儘だね。テントの寝心地なんかこんなもんだよ。嫌なら外で寝りゃいいだろ」


 ローザは固い床や硬い干し肉も慣れているらしく平然としている。

 

「だから雑用係のユーリを解雇しなきゃ良かったのに」


 ぶつぶつと呟きながら、硬い肉をかみ切るカミュラに、ヴァンロストは唇を噛む。

 それは今、一番言われたくない言葉なのだ。

 しかし日が経つにつれて、ユーリの重要さを再認識させられる。

 うまい料理、寝心地が良い寝床、あと戦いの場でも魔力の消費を気にすることなく使えていた強化魔法や治癒魔法。当たり前だと思っていたことが、全く当たり前じゃなかったのだ。


「あーん、ユーリが作ったスープ飲みたーい!!」


 すかすかのパンを飲み込んでから、イリナは空に向かって叫ぶ。

 最初にユーリを追い出す案を出してきたのはこの女だ。

 それなのに何なんだ!?

 苛々するヴァンロストだが、最終的にユーリを追い出す決定を下したのは自分なので、イリナを怒ることもできない。

 イリナの言葉を聞いていたら自分もあのスープの味を思い出してしまった。

 鶏の出汁、野菜の出汁がよく出ていて、しかも飲むと体に染みわたり戦いの疲れも取れるような気がした。

 また戦う前に出されるスープは飲むと力が漲り、体も軽やかになっていた。

 それぐらいのスープは当たり前に出来る、とずっと思っていたのだ。

 しかしどんな名料理人の店に行っても、あのスープに勝るものは味わえない。

 イリナもカミュラも、自分たちならもっと上手く作れると豪語していたが、一向に作る気配はない。

 ローザのいう通り、こいつらは単に見栄を張っていたことがようやく分かってきた。


「ユーリが作った焼き豚……ユーリが作った唐揚げ……ユーリが作った煮物……ユーリが作った……」


 ブツブツ呪文のように呟くカミュラにローザはドン引きする。

 そして引きつった顔でカミュラに言った。


「あんた禁断症状に陥っているじゃないか。そんなにあの坊やが作った料理っていいわけ?」

「……いいえ…大したことないわ。ユーリの料理なんて」

「いや、あんなブツブツ言った後にそんな事言われても全然説得力ないから。何だか私もあの坊やの料理食べたくなったね」



 カミュラの呪文のような呟きを聞いて、ヴァンロストもユーリが出していた料理の数々を思い返していた。

 あのスープをまた飲みたい!! ホロホロ柔らかいあの肉を頬張りたい!! 肉汁たっぷりのソーセージも食べたい!!

 

 ヴァンロストは干し肉を食べ終え、水を飲んでからふうと息をつく。

 そして空を見上げしばらくの間考える。

 元々人件費削減を理由にアイツを解雇した。

 あの時はローザを雇う為に相当金をつぎ込んだので、所持金はあまり残っていなかったのは確かだ。

 しかし今回闘技大会に出場した事で、後援者からたんまり金は貰っている。優勝していたら賞金も貰えたのだが、試合給だけでもかなりのものだ。

 今なら一人人間が増えても問題はない。


(また金が無くなってきたら、今よりももっと、あいつを働かせれば良い)


 元々ユーリはこまめに薬草をとったり狩りをしたりして小金を稼いでいた。あいつの宿代等はあいつ自身が稼げばいいのだ。

 ただ働きの従業員として使えばいい。

 そう考えたら、別に呼び戻してもいいんじゃないのか?  


「ユーリは、いないよりはいた方がマシだということが判明した」



 ヴァンロストは立ち上がり声を上げた。

 彼は腕組をして、自分を納得させるかのように何度か頷いてみせた。


「何かと雑用、使い走りは必要だ」


 ヴァンロストの言葉に目を輝かせたのはイリナとカミュラだった。

 彼女たちは両手を拳にし、うんうんと大きく頷く。


「そうそう、あたしも忙しいもん。料理係と寝床係、あとお風呂係もいないと困る―」

「彼さえいれば、また補助魔法、治癒魔法が使い放題だわ」

「そうだろ、そうだろ。もう、そろそろあいつを許してやることにしよう」


 賛同する二人に気を良くしたヴァンロストは満足そうにうなずいた。

 明日ユーリの行方を探すことにしよう。

 恐らくユーリは、解雇したあの酒場の近くにあるギルドの館に向かった筈だ。

 どうせあいつのことだ。

 E級では大した仕事もないし、ギルドの寄宿舎で何も出来ずに呆然としているのがオチに決まっている。

 

(俺が迎えに来れば、あいつも泣いて喜ぶだろう)


 干し肉をかじってから、ヴァンロストはニヤッと笑った。

 泣いて縋るあの顔を想像したら、思わず笑みがこぼれた。

 一方ローザは、こんな時だけやたらに連帯感がある面々を白けた目で見ていた。

 そして三人には聞こえないよう小さな声で呟く。


「戻ってくるかねぇ……あの坊やが」


 ユーリが戻ってきたら何をしてもらうか? どれだけ働いてもらおうか? などと盛り上がるヴァンロスト達を横目で見つつ、ローザはその場から立ち上がる。

 そして月が見える小高い丘を登った。

 頂まで来た時、一羽の鷹がローザの腕にとまる。

 伝書鳥として飼っているのだが、一人で景色を見ていると、この鷹は必ずローザに甘えにやってくる。

 ローザは存外優しい眼差しで鷹の顔を見つめながら、指でその頭を撫でた。

 そして今一度、まだ盛り上がっている勇者達の方を見て言った。


「私の経験上、一度自由を知った鳥は二度と戻って来ないんだけどね」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る