第21話 そしてクマは逃げ出した

「おい、クマだ!! オーナーがクマを探している」

「混雑を避けるためだろうな。試合が終わる前に席を立ったらしいぞ」

「美女の手を引いてどこかに消えちまった!!」


 バタバタバタバタ!!

 闘技場の係員や警備員たちの忙しない足音と、俺を探している声がドア越しに聞こえる。

 勇者の攻撃を反撃したのち、思わぬ称賛を受けてしまった俺は危機を感じ、試合が終わらない内にユーリを連れて席を離れた。

 そしてロビーの片隅にあるドアを開け、物置部屋に入った俺はすぐにクマの衣装を脱いで、収納玉から普段着を出してそれに着替えた。

 ユーリもそれを見て、かつらを取ると、来ていた衣装を脱ぎ始めた。

 うぉっと!?

 ユーリの下着姿見ちまった!!

 俺は慌ててユーリに背中を向けた。

 彼女が着替え終わった後、収納玉に衣装を収納し俺たちは何食わぬ顔で部屋を出て行った。


 ロビーを出ると俺たちを探す係員と帰りの観客でごった返していた。

 よく見るとニックやその仲間らしき人物もきょろきょろしているな。

 耳をすまして聞いてみると。


「勇者の攻撃を打ち返すなんて、只者じゃない!! 絶っっっ対、あのクマさんを仲間にするぞ!!」

「でもニック、全然クマの姿見当たらないんだけど」


 に……ニックまで俺のことを探してやがる。

 フードを被った魔術師の少女らしき人物が小手をかざして周りを見回している。

 神官の青年、ドワーフの少女もキョロキョロと俺達の姿を探しているみたいだ。

 ニックが獣人族の青年に尋ねる。


「匂いでクマさんの行方とか分からない? 多分、あの縫いぐるみキラーグリズリーの毛で出来てると思うんだけど」

「うーん、加工された魔物の毛って、あんま匂わないんだよな。会っていれば、中身の人間の匂いで判断出来たんだけど」


 あの獣人族と会わなくて良かった……どんなに変装しても匂いで覚えられたら一発でばれる所だった。

 ニックはしばらく考えてから仲間達に言った。


「着ぐるみを脱いで、本来の姿に戻ったのかもしれないな。赤い髪の女性も探してみてくれ」

「探してはみるけど、赤い髪もかつらだったらお手上げだよ」


 魔法使いの少女が両手を挙げる仕草をしながら言った。

 もちろん、ユーリはかつらを取っているので、あいつらに見つかることはまずない。

 俺達は堂々とニック達の横をすり抜けていった。

 その時ロビーの天井に響くほどの怒声が聞こえた。


「あんのクマ野郎ぉぉぉぉぉぉ!! 見つけ出したらぶっ殺す!!!」

「諦めな。向こうだってあんたに楯突いたらどうなるか分かっているから逃げたんだろ」


 ……俺を探している奴がもう一人いやがった。

 ブチ切れている勇者様の肩をポンポンと叩くローザ。

 勇者様の爆発ヘアはまだ治っていないようで、通りかかった人たちはクスクスと笑っている。

 魔法使いの少女と、神官らしき女性もいるが、彼女らは飲み物を飲みつつ、小手をかざすなど、探しているポーズをとっているだけだな。

 もう見つかる心配はないものの、あいつらがユーリに気づくかもしれないからな。

 俺はユーリの手を引いて駆け足で闘技場を出て行った。



 大通りを出て、路地に入り、また違う大通りを出て、俺たちは闘技場から離れた公園まで走ってきた。

 ここまでくればもう大丈夫だろう。

 賑やかな闘技場とは対照的に、公園はのんびりした雰囲気だ。

 広場の中央に噴水があり、その周りでは人々が思い思い過ごしている。


「大丈夫か? 疲れていないか?」


 S級冒険者のユーリからしたら、大した距離は走っていないとは思うが、念のため俺は尋ねてみる。

 ユーリは腹を抱えその場に蹲っていた。

 横っ腹が痛くなっちまったか……急に走らせてしまったのがまずかったのか? と思いきや、彼女は肩を震わせ、ふつふつと笑い始めた。


「ふふふ……あはははは……もう、ロイ、可笑しすぎるよ!!」

「何だよ、急に笑い出して」

「だって勇者の攻撃を打ち返しちゃうなんてさ……しかも、ヴァンのあの髪型……くくく……傑作すぎるっっっ……」


 ああ、成程。

 確かにすかしたイケメン野郎があんな爆発頭になっていたら可笑しいよな。

 俺もあの姿思いだしたら、思わずざまぁって思っちまう。


「勇者の攻撃が打ち返せたのは、あの肉球のおかげさ」

「でも肉球に込められた魔力によって強度が変わるんでしょ?」

「……あー、そうだったかな?」


 そういや防具屋の姉ちゃんがそんなことを説明していたような、していなかったような。

 

「肉球があれば他の奴でも打ち返せるだろ?」

「いや、無理だよ。二重の防御魔法破るような破壊力があるんだよ?」

「……」


 どうも俺はまたもや、やらかしてしまったようだ。

 それで闘技場のオーナであるゴリウスや、ニックが俺のことを必死になって探していたんだな。

 ……地味に生きるのって難しいな。

 ユーリは可笑しさのあまり溢れた涙を指で拭いながら言った。



「ああ……ロイと一緒にいると楽しいな」

「ホントかよ。その言葉、そっくりそのまま返してやるよ」

「僕はそんなに面白いことしてないよ」

「面白いとかそういうんじゃなくて……まぁ、いいか」


 俺もなんだか可笑しくなって腹を抱えて笑い出した。

 公園で何故か笑い転げている俺たちを見て、通行人たちは首を傾げていた。


 後日、買い出し先の店で売っていた新聞にはクマの似顔絵がでかでかと描かれていた。何だか嫌な予感がしつつもそれを買って、記事を読んでみる。

 勇者ヴァンロストと英雄ニックの対決が一面に載る一方。


『最強のクマ現る! 勇者と英雄の新たな好敵手か!?』


 ……俺の事が多く書かれていた。

 今年のベルギオン闘技大会において最も讃えられたのは、魔王を倒す使命を抱く勇者でもなく、史上最強の冒険者パーティーのリーダーでもなく、謎のクマだったという。

 次回の闘技大会に参戦するかも!? といういい加減なことまで書かれてる。

 あー、何なんだよ、全く。

 しかも広告欄を見て俺は顔を引きつらせる。

 

【クマ見つけた人、ゴリウス=テスラードより五百万ゼノス進呈♡】


 ……って。別に犯罪者でもねぇのに懸賞金までかけられているし!

 あー、本当にどいつもこいつも!!

 俺は絶対こんな派手な戦いの舞台には出ないからな!

 


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