第20話 勇者対英雄対クマ(?)
「
「
シンバルが鳴ったと同時に、勇者は落雷、ニックは炎弾の呪文を唱えた。
おお、初っ端から魔法合戦か。
お互いもろに攻撃を食らった形だが、大したダメージはないようだ。
試合が始まる前にあらかじめ防御魔法を唱えておくのは、ルール上認められているからな。
ニックがフッと笑みを浮かべ呪文を唱える。
「
相手に幻を見せて惑わせる魔法だな。
アリーナに赤い薔薇の花が舞う。
その瞬間、女性客から黄色い悲鳴が上がる。
こいつは勇者に向けてというよりは、客を楽しませる為の演出かもしれんな。
「
ヴァンロストが呪文を唱えると薔薇の花びらの舞は次第に消えてゆく。
今度は勇者が呪文を唱える。
「
同じ幻影でも使い手によって見せる幻は様々だ。
ニックの周囲は白い霧に覆われる。
そして霧の中から無数の蝙蝠が次々と現れ、相手を惑わせる。
『おーっと、ニック選手が麗しい薔薇の幻影を見せたのに対し、ヴァンロスト選手は霧と蝙蝠の幻影を見せています』
『なかなかこれほど鮮明な幻影を見ることはありませんよ』
幻影魔法は込められた魔力が少ないと、うっすらとしか現れないし、すぐに消えてしまうからな。
客席からは拍手が起きる。
勇者が繰り出した幻影も、ニックの魔法解除によって消えることになる。
「ヴァンは相変わらず趣味が悪いな……」
ボソッと呟くユーリ。
確かに蝙蝠の群れを出してくるあたり、勇者というよりは悪役っぽい。
だけど、あいつの面構えにはよく似合うけどな。
「「
今度は同時に水の攻撃魔法の呪文を唱えた。
打ち合わせでもしたんじゃないかってくらい、同じ呪文を同時に唱えている。
水撃砲は、高速の水噴流を放つもので、ヴァンロストが放った噴流とニックが放った噴流がぶつかり合う。
同等の力がぶつかった結果、客席まで水が飛び散ることに。
あーあ、雨が降っているみたいだな、こりゃ。
会場からはまた拍手が起きている。こういうハプニングも楽しんでいるって感じだな。
ニックが剣を構えたのを見て、ヴァンロストも剣を構える。
二人は同時に剣を振り上げ、互いの剣をぶつけ合った。
キィィィン!
勇者と英雄の剣の打ち合いでも、やっぱり音が軽やかだ。競技用の剣だから仕方がないのだが、何か拍子抜けするな。
二人の剣の打ち合いがしばらくの間続く。
最初の魔法の打ち合いから、剣の打ち合いに客席はヒートアップ。
「いけ! そこだ!ニック!!」
「勇者様――っ!がんばって!!」
「な、何だ!? 二人の動きが早くて全然見えない」
「す、すげえ! さっきのSS級同士の試合より段違いだぞ!?」
闘技場は熱気と歓声に包まれる。
実況も今までになく興奮した様子だ。
「まさに息を吐く間もない攻防戦です!私も目で追えなくなってきました」
「常識の範疇を超えた二人の戦いですからね。今はニック選手が連続の突きを繰り出し、ヴァンロスト選手は身体を反らしそれを避けていますね」
もはや一般人は二人の剣の軌跡を追いかけるのが精一杯なんだろうな。
その点ユーリは二人の試合を食い入るように見詰めている。
彼女には二人の動きが見えているみたいだな。
彼らの戦いを見て何かを学び取ろうとしているのだろう。良い傾向だ。
俺も見習って二人の動きをよく観察しておくか。
……。
……。
……。
……うん、あいつらから学び取ることは特になさそうだな。
単調な剣の打ち合いを見続けていたら、さっきの客達じゃないが、何だか欠伸が出てきた。
着ぐるみの中にいる状態だから欠伸したのユーリにもバレてないとは思うが。
こいつら剣の打ち合いが好きだな。
見ている方としては、ちょくちょく魔法を見せて欲しいんだけどな。
ほら今、隙が出た所で炎弾をぶち込めばいいのに。
おい、そこで衝撃波出せ.
駄目だ……余計な駄目だししか思いつかない。
二人とも魔法を使う余裕がないのだろうな。
それだけ戦いは五分五分、相手に一瞬でも隙を見せたら負けになる。
ユーリは試合を食い入るように見ながら呟く。
「やっぱり凄いなぁ、あの二人は」
「……ソウデスネ」
共感しづらくて思わず口調が片言の敬語になっちまったぜ。
周囲の客席の熱とは正反対、俺はクマの縫いぐるみ越し、かなり冷めた目で二人の試合を見ていた。
神に選ばれた勇者と時代の寵児と謳われる英雄の戦い。
二人の試合を見て俺が思った感想はただ一言。
…………タイクツ。
剣の押し合いが続いた後、二人は同時に後ろへ飛び退き互いに距離を置いた。
そして同時に剣を構え直す。
ヴァンロストは息を整えてから、何か呪文を唱え軽く跳躍する。すると奴の身体は、四階の客席と同じくらいの高さまで浮いた。
さらにヴァンロストは呪文を唱えた。
「
光の玉が砲弾のように相手に襲いかかる魔法だ。
しかも光の弾丸は次々と、まるで流星群のように降り注ぐ。
ニックは再び防御魔法をかける。
防御の壁にぶつかった弾丸は潰れて、そのまま掻き消えるが、それ以外の光の玉は見事に壁や床を破壊してる。
おお、こうしてみると光弾のシャワーも綺麗なもんだな。
手をかざして勇者が放つ光の魔法を見物していたわけだが、一発の光弾がこっちにやってきた。
さすが勇者の攻撃というべきか。
二重の防御の壁をぶち破って、こっちにやってきやがった。
俺は席から立ち上がり、肉球で光の弾丸を打ち返した。
肉球に魔力を込めると攻撃魔法が跳ね返せると防具屋の姉ちゃんが言っていたのは本当だったな。
さすがに勇者の攻撃だけに、肉球が真っ黒焦げになっちまったけど。
光弾はまっすぐ打ち上げられ、宙に浮いているヴァンロストに命中する。
ドガァァン!!
予想外の反しに勇者も避ける間がなかったらしい。
勇者にぶつかった光弾丸は見事に爆発した。
大きな爆破ではないが客席が多少上下に揺れた。
煙の中から宙に浮いた勇者が現れる。
さすがにダメージはないが、勇者の茶金の髪がもじゃもじゃの爆発頭になった。
ヴァンロストはジロリとこっちを睨んできた。
「何をする!? そこのクマ」
「客席の流れ弾をお返ししただけだ。嫌だったら客席に当たらないように仕掛けろ」
すると観客たちからわっと拍手が起こった。
さすがの勇者様も自分の攻撃が客席に流れていったのは後ろめたかったのか、舌打ちをしてから、宙に浮いた状態から地上に降りた。
ニックは目を輝かせ、俺に向かって親指を立てている。
あれは、よくやった! というジェスチャーだな。
客席を守ってくれてありがとう、という合図かな?
それとも嫌いな勇者の髪をチリチリにしてくれてありがとう、だったりして。
そんな感謝の気持ち以上に、ニックがもの凄い熱視線でこっちを見ているような気がして、俺は思わず目を逸らしてしまう。
さらに近くに座っていた客達からも大いに感謝されることになる。
「クマさぁぁぁん、ありがとー」
「クマさーん、助かったよー。もう駄目かと思ったの」
「毎回こういうトラブルは覚悟してんだけどねぇ。あんたがいなかったら怪我してたトコだよ」
注目を浴びたくないのにますます注目を浴びる羽目に陥っていた。
本当に着ぐるみを着ていて良かった。
その後、試合は何事もなかったかのように再開された。
客達の注目が再びアリーナへ向けられたのを見計らい、俺はそっと立ち上がりユーリの手を引く。
「あ……クマさん……」
隣近所の客達には呼び止められそうになったけど、俺は聞こえなかったふりをして足早に客席から離れることにした。
結局、勇者ヴァンロストと英雄ニック=ブルースターの戦いは剣と剣のぶつけ合いが続き、勝負がつかないまま時間切れとなった。
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