第19話  闘技場オーナー、ゴリウス=テスラード

『えー、最後の試合の前にここで休憩時間をとります』


 実況者が会場に伝える。

 このままだとニックが続けて試合することになるからな。

 一度、休憩時間を設けることにしているのだろう。

 俺達も水分補給をすべく観客席を立つ。

 階段を降り、ロビーに出るとニックがソファーに腰掛け、神官の青年に治癒魔法をかけてもらっている所だった。

 テーブルの上には飲み物や体力回復薬と魔力回復薬が乗った皿も置いてある。

 確か選手専用の控え室があったと思うが……あ、あれか。勇者と同じ部屋にはいたくないのかもな。

 大部屋じゃなくて個室があればいいのにな。

 ちょうど俺の横手にはドアがある。こういう狭い部屋でもいいから個室の方が助かるというか……何気なくドアを開けたら、そこは掃除用具など置いている物置部屋だった。

 失礼、舞台裏をのぞいてしまった。よい子は勝手に部屋のドアを開けたらいけないぞ。

 パタン、とドアを閉めた時、沢山の視線を感じ、俺はギョッとした。

 振り返ると沢山の子供達が目を輝かせてこっちを見ていた。

 

「クマさんだ」

「でっかいクマさーん」

「わーい、握手して」

「あ、私も握手してー」

「クマさん、僕も僕もー」


 子供の集団に捕まってしまった。

 何とか応対してから、売店で塩果実水を買って、先程の非常階段の踊り場で俺はかぶりものを脱いだ。

 そしてあらかじめ買っておいた果実水を一気飲みする。

 ユーリが冷却魔法をかけながら、ハンカチで俺の額を拭いてくれた。


「ロイ、何だか疲れていない?」

「さっき子供らから握手攻めされたからなぁ」

「クマさん、子供に人気だよね」


 クスクスと可笑しそうに笑うユーリ。

 そういう君こそ、若い男達の人気を集めているんだけどな。

 何人の野郎共が君に熱い眼差しを送っていることか。


「でも、ロイ。あんまりこういう所、得意じゃなかったんじゃないの? そろそろ帰る?」

「別に不得意なことはないさ。今は着ぐるみが暑いだけで。せっかくだから最後の試合くらいは見よう」

「ロイが無理じゃないのなら。僕も次の試合は興味あるからね」



 そうだよな。次の試合は決勝戦。

 勇者対英雄の試合だ。

 非常階段に腰掛けて十分ほど休んでから、俺達は客席に戻るべく廊下を歩いていた。

 しかし途中で歩いている足を止めることになる。

 誰かが道を塞ぐように立っていたからだ。

 多分小人族なんだろうな。

 身長は百センチもなく、身体はボールのように丸っこいおっさんだ。

 彼はシュタッと手を上げて俺達に挨拶をする。


「チャオ」


 挨拶をされて無視するわけにはいかないので、俺も「チャオ」と着ぐるみを纏った状態のままシュタッと手を上げる。

 ちっちゃいおじさんは首を傾げて、俺に尋ねてきた。


「君がB級冒険者のクマさん?」

「は……はぁ……よくご存じで」

「会場で子供達が噂してましたからねー。すっごい人気者ですよねー」


 人気者……多分、B級の冴えないおっさんが中身と知ったら、そんなに人気者にはならなかったと思う。

 ちっちゃいおっさんは、後ろにごつい護衛がいる所からして、かなりのお偉いさんと見た。

 彼は紳士的に手を胸に当てお辞儀をする。

 

「僕はゴリウス=テスラードといいます」


 ゴリウス=テスラードと言えば、この闘技場のオーナーだ。

 こんな可愛いおっさんが? 

 いや、想像していたのと全然違う。

 どう見てもゴリウスという顔じゃないし、テスラードという顔でもない。

 俺は勝手にごつい紳士をイメージしてたぞ。


「君、A級の冒険者を一発で倒しましたよね?」

「はい……柄が悪くて、彼女に絡んで来たので」


 俺はチラリとユーリの方を見て答えた。

 するとゴリウスはニコニコと笑って言った。


「アレね、ウチ専属の冒険者で、本当は試合にも出る予定だったんですよー」

「――――!?」


 やべぇぇぇ、ということは、オーナーが子飼いにしている冒険者を倒しちまったってことか。

 しかし、予想外にもゴリウスは目をキラキラさせてこっちを見ている。う……さっき握手をもとめていた子供達と同じ目だ。


「君、彼を一発で倒したんですよね!? それって凄すぎです」

「いや……大したことは」


 と謙遜したら、むしろ嫌みっぽく聞こえるか?

 俺はそれ以上は言葉にせず、クマのかぶりものの下で曖昧に笑う。

 だけど、ゴリウスはあまり気にしていないのか、相変わらずキラキラした目で俺をみていた。


「単刀直入に言いますね! ベルギオン闘技場専属の冒険者にならない?  お給料、いっぱい出しますよー」

「……!?」


 手を合わせて訴えてくるゴリウスのおっさん。

 げげげ、闘技場のオーナーからお誘いが来ちまった。

 冗談じゃない、俺はこんな華やかな場所で戦いたくないのに。

 う…………もの凄く期待に満ちた目でこっちを見てやがる。

 

 うーん闘技場のお偉いさんだし、ここできっぱりと断ったら角が立つだろうな。

 ここは『お茶を濁す作戦』でいこう。


「少シ考エサセテクダサイ。アマリノコトニ戸惑ッテマス」

「クマさん、口調が不自然ですねー。戸惑ってますか? それはそうですよねー。でも、考えておいてくださいね。もれなく僕が君の後援者になりますよー!」

「………………ハイ」


 何てこった。

 英雄ニック=ブルースターだけじゃなく、ここのオーナーにまで目を付けられちまった。

 クマの着ぐるみの下、変な汗が出てきたぜ。


 

 ゴリウスは紳士的なお辞儀をしてから、護衛を引き連れ立ち去った。

 ユーリはやや興奮気味に言った。


「凄い……ここのオーナー自らが後援を申し出ている冒険者って、勇者か英雄ぐらいだよ」

「俺の何が良かったんだろ?」

「可愛い縫いぐるみの見かけによらず強い所だと思うけどな」

「俺的には地味で目立たない感じでいきたかったんだけど」


 ぶつぶつと呟く俺に対し、ユーリは何ともいえない表情を浮かべて言った。


「ロイ……すっごい今更だけど、その格好を選択した時点で、地味で目立たないでいるのは無理だと思うよ?」


 ◇・◇・◇


「皆様にお知らせです。次は最後の試合ですー! 客席は万全を期して、防御魔法をかけておりますので安全ではありますが、前から三列目の席から先には出ないようお願いします!!」



 係員は前に出ようとする客を注意する。

三列目までの席は予め空席にしてある。最前列の席、東西南北に配置された魔法使いが防御魔法をかけると、アリーナを覆う透明な防御の壁が現れる。

 さらに三列目の席、同じように東西南北の位置に立つ魔法使いも防御の魔法を唱える。つまり客席は二重の防御の壁に守られている形になる。

 それだけ危険な試合が予想されているんだろうな。


決勝戦が始まる前に、音楽隊がアリーナ中央で演奏をし、踊り子達が舞い、戦いの舞台に華を添える。

 その背景音楽と共に、昇降機から現れるヴァンロスト=レインとニック=ブルースター。

 腕組みをして相手を見下している勇者の視線を無視して、周囲の客に手を振るニック。

 何か俺の方にも手を振ってくれているような気がしたので、俺は手を振り返しておいた。


「見て見て、クマさんがニックに手を振ってるー」

「可愛い」

「クマさん、ニックのファンなんだー」


 手を振るクマ姿の俺を見たのか、どこからともなく、はしゃいだ女性客の声が聞こえる。

 今の俺は何をやっても目立ってしまうようだ。

 今度闘技場に来ることがあっても、二度とクマの格好はしないぞ。

 しかも気のせいか勇者に睨まれているよーな……ニックを応援してんじゃねぇ、と言いたいのか、それとも俺よりも目立つなコラ、と言いたいのか。

 その時、今までになく弾んだ実況と解説の声が響き渡った。 


『さぁ、いよいよ今回のメインです。勇者対英雄の対決です』

『これまでの試合を見た限り、実力は五分五分と言ったところでしょう。どんな試合になるのか楽しみです』


 ヴァンロスト!

 ヴァンロスト!

 ヴァンロスト!


 ニック!

 ニック!

 ニック!


 会場はヴァンロストとニックのコールが響き渡る。

 会場の熱気が最高潮に達する中、試合開始のシンバルが鳴った。

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