第17話 クマと英雄

 俺の名はロイロット=ブレイク。

 いつもはしがないB級冒険者として過ごしているが、今日はクマの仮装をして、闘技大会を見に来ている。

 ベルギオン闘技場は円形闘技場で、戦う場であるアリーナは四階の客席に囲まれている。

 収容人数は五万くらいで、地元民から観光客など多くの観客が来ている。

 貴族や王族も見に来ていて、賓客専用の観覧席もある。

 

 闘技場は魔物使いが調教した魔物と戦い合う場としても使われるのだが、今回の大会は冒険者同士、力や技を競う大会だ。

 基本殺生は禁止。

 そして一対一が原則。

 ただし魔物使いの場合、 相方の魔物と出ても良いとされている。

 

「やっぱ見所は勇者様とニック=ブルースターの対決だよな」

「渡りのローザも参加するんだろ? どうなるか楽しみだぜ」


 客達が口々にしているのは勇者と英雄の対決だ。

 どうやらローザも参加するみたいだな。闘技大会は戦った回数だけ報酬が貰えるからな。金目当てだろうけど。

 闘技場の壁には勇者ヴァンロスト=レインと英雄ニック=ブルースターの似顔絵が描かれたポスターも貼られていた。

 ベルギオンにとっちゃ相当な経済効果も期待できるのだろう。

 出場選手も出番が来るまでは客席で試合を見る事も出来るらしく、武装した選手も客席に着いていた。

 俺達は、二階の最前列からは十番目。

 さすがに前の席というわけにはいかないが、アリーナがよく見える席だ。

 冒険者特権がないとなかなか座れない席だよな。



『さぁ、はじまりました。まずはB級冒険者たちによる戦いです』

『B級冒険者は今年初参加の選手が多いみたいですよ』


 会場は実況する人物と解説してくれる人物がいて、音声拡張の魔石によって会場全体に聞こえるようになっている。

 へぇ、闘技場には久々に来たけど、便利な時代になったもんだな。

 実況してくれる人と解説してくれる人がいたら、見る方もより楽しめるな。

 闘技大会の参加資格があるのはB級からだ。

 俺も前もって申し込めば参加できないことはないんだよな……ま、参加する予定ねぇけど。

 試合開始のシンバルが鳴り、B級の冒険者同士の戦いが始まる。

 二人とも戦士のようだな。しばらくお互いにらみ合っていたが、やがてお互いが駆け寄り剣と剣をぶつけ合う。

 

 キンッ、キンッ、キンッ、キンッ、キンッ。


 剣を打ち合う音が軽いのは仕方がない。

 相手をうっかり殺すことがないよう刃がない試合用の剣だからだ。

 それにしても闇雲に剣を振るっているきらいがある。あれじゃ体力消耗は早そうだな。


「こうして見ていると、動きや素早さがロイと全然違うね。もしロイがB級として出場したら逆に詐欺扱いされそうだ」

「……まぁ、そうかもな」


 だから出来るだけ俺はこういう華やかな場所には出ないことにしている。

 仕事の時も他の冒険者とチームを組まずに、個人で依頼を受けることが殆どだ。

 せいぜいウォルクと一緒にちょっとした魔物退治をしたくらいで。

 もし派手な活躍をしてしまったら、面倒な依頼が山程来てのんびり気ままな暮らしができなくなるからな。

 

「クマさん、クマさん。君たちは今日観客として来たの?」


 誰だよ、馴れ馴れしく声をかけてくる奴は……って、ニック=ブルースターだ。

 ユーリは慌てて立ち上がり「先程はありがとうございました」と改まった口調で御礼を言っている。


「どうした? この人に何か助けて貰ったのか?」

「うん。柄の悪い人から助けて貰った」


 そう答えるユーリに、ニックは吹き出したように笑う。

 何か可笑しい事を言ったのか?

 ニックはよっぽど可笑しいのか目に涙を浮かべていた。


「お嬢さん、一応今をときめく勇者様のことを柄の悪い人で片付けるかなぁ」

「何だよ、あの馬鹿勇者にからまれたのか?」

「う、うん。一緒のパーティーにならないか? って」


 あの野郎、変装したユーリに目を付けやがったな。

 憤慨しかけた俺だが……おい、ニック。笑いすぎだ。腹を抱えてまで笑うことないだろ? 何がそんなに可笑しいんだか。


「あんたら、勇者に対しての畏敬の念とか全然ないんだな」

「あるわけないだろ」

「いやあ、気に入ったよ。俺もあいつのこと大嫌いだからさ。この闘技大会で叩きのめしてやりたいんだよ」

「おう、そうか。俺は全力でお前を応援する。頑張れ」


 俺はクマの手でニックにガッツポーズを送った。

 ニックはにこにこ笑って頷いてから、ふと俺の方をじっと見た。


「所でクマさん。俺達と一緒に冒険する気はない?」

「――え?」

「あのA級冒険者、一撃で倒した平手打ちの威力は凄いよね。クマさんと一緒に冒険出来たら楽しそうだなって思って」


 ……やっぱり派手な事するもんじゃないな。

 一国を救った英雄様からお誘いが来ちまった。

 とりあえず丁重にお断りしないと。


「俺、一人ガイイ。オ前、イイ奴ダケド一緒ニ行ケナイ」

「何でいきなり片言になるの?」

「とにかく団体行動は苦手だから、別の奴を誘ってくれ」


 俺はクマの手でブンブンと手を横に振った。

 史上最強のパーティーと名高い夕闇の鴉のメンバーに誘われるのは誉れなのかもしれないけどな。

 ニックは少し寂しそうに笑って言った。


「うーん、そっか。でも気が変わったら俺に声をかけてね」

「分かった、分かった」


 俺はこくこくと頷いておいた。

 気が変わることはないと思うけど。

 


「実はもう一人入れたい人物がいてさ、その人物の行方を捜している所なんだ……ねぇ、君たちは聞いたことがない? 勇者のパーティーにいたユーリ=クロードベルのことを」

「「……!?」」

「噂ではあの勇者のパーティーを解雇されたみたいなんだ。今度は俺達の仲間にしたいと思っているんだけど、行方が掴めなくて」


 まぁ、そうだろうな。

 解雇された酒場から離れたギルドの館に登録しているし、エト支部は特に個人情報保護を遵守しているからな。


「私は聞いたことがないですね」


 そう答えたのはユーリ本人だ。

 ニックから見たら、ジュリアと名乗る女性が答えた事になるのだが。

 ユーリの表情は強ばっていた……まだ、どこかのパーティーに所属する気持ちにまではならないのだろうな。

 夕闇の鴉のメンバーは勇者達とは違う、とは頭では分かっていても、仲間に捨てられた心の傷はなかなか癒えないだろうから。

 俺もユーリに話を合わせることにした。

 

「俺も聞いたことがない。勇者がメンバ-を解雇したなんて話すら初耳だし。何故、その人物の行方を追っているんだ?」

「ユーリ=クロードベルはあのパーティーの要だった。それが分からずに勇者は彼を解雇するのだから、相当な馬鹿だよ」


 その言葉を聞いて、仮面の下ユーリは大きく目を見張っていた。

 そんな風に見てくれる人がいるとは思わなかったんだろうな。

 ユーリの能力をそこまで買っているのであれば、少なくともニックはユーリのことを大切にしそうだけどな。

 でも、ニックから目を逸らしているユーリの反応からして、全く乗り気じゃないみたいだな。

 その事に、少し安心している自分がいる……ああ、良くないな。こういう感情は。

 その時、伝令係の兄ちゃんが客席に向かって声を上げた。


「間もなく試合が始まります。S級、SS級の方は控えの間で待機してくださーい」



 ニックは席から立ち上がると、にこやかに笑って手を振って言った。


「じゃあ俺、出番だから。クマさん、お嬢さん、またね」


 あー、爽やかな笑顔だなぁ。

 こんなイケメンに微笑まれたらユーリも……って、そんな感じじゃないか。

 何だか複雑な表情を浮かべて俺の方を見ている。


「ロイ……僕は……新しいパーティーに所属する事は考えられなくて」

「ああ、無理することはないさ。とにかく今は試合見るのに集中しよう」

「う、うん!」



 今はまだ、仲間と行動すること自体、彼女は怖いのかもしれない。

 しかし時間が経てばユーリの心は癒やされていくだろう。

 心にも余裕が出来て、彼女自身がさらなる冒険を求めようとするのであれば、その時には背中を押してやれる人間でありたい。


 ……背中、押してやれるだろうか?

 その時のことを想像しただけで、凹んでいる自分がいた。


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