第16話 ユーリと勇者と英雄と

 僕はユーリ=クロードベル。

 現在はジュリアと言う名で闘技大会を見に来ている。

 実名を名乗って万が一勇者に見つかったりしたら、面倒な事になりそうだからね。闘技場の中では仮名を名乗ることにした。

 ジュリアはこの国ではよくある名前らしい。

 今はロビーの隅にある売店で、塩入の果実水が入った瓶を買い、ロイが待つ階段の踊り場に向かっている所だ。

 途中、大きな鏡が廊下の壁に掛けられていたので、一度立ち止まった。


「……」


 鏡に映る自分自身の姿を見て改めて思う。何だか別人みたいだなって。

 この髪型だと大人っぽく見えるんだな……僕ももう成人になる歳だけど、顔がどうも子供っぽく見える時があるんだよね。

 不意に思い出すのはこの格好を見た時のロイの言葉だ。


『よく似合うな、ユーリ』


 髪の毛……伸ばそうかな。

 女として生きていくことになったし、これからは髪の毛を切らなくてもいいよね

 そ、そうだ、早く飲み物をロイの元へ持って行ってあげないと。暑そうにしていたもんね。

 僕が再び歩き出そうとした時、誰かが前に立ちはだかった。

 僕は目を見開く。

 ……何で、彼がここに?

 目の前に僕を追放した勇者がいた。


「君、クマの縫いぐるみと一緒に来ていた娘だろう?」

「……」

 

 僕は黙って頷いた。

 やっぱり目立っていたのかな?

 ヴァンが僕達のこと、どこかで見ていたなんて。

 何故、今更になって僕に声をかけてくるんだ??


「俺の名はヴァンロスト=レイン。これでも勇者をやっている」

「………………」


 うん、よーーーーーーく知っているよ。君が勇者だってことくらい。

 変装しているから僕がユーリだと、全くといって気づいていないな。

 鈍感で助かったけど、ちょっと呆れる。まぁ、僕が女だったことにもずっと気づかなかったくらいだからね。


「受け付けの奴から聞いたよ。君、Sクラスなんだってな。あんなクマと組むよりも俺達の元に来ないか?」

「――――は?」


 仲間だった時には見せたことがない甘い、甘い笑顔。

 ………………気持ち悪。

 君はつい最近僕を追い出したばっかりじゃないか。

 しかも人件費削減の為に僕を解雇したのに?

 何でまた人数増やそうとしてるの?

 

「俺達と旅をした方が、刺激的で充実した旅を送れるぞ」


 いいえ、長いこと君と旅をしていたけど、刺激もないし、充実感は全くといって感じなかったよ。


『お前の宿代? コレで適当に泊まれよ』

『皆の薬代? お前がもっと治癒魔法使えばいいのに、勿体ぶりやがって』

『皆の食費がないだとぉ!? オラ、これだけありゃ足りるだろ!!』


 そう言って、いつも必要経費を渡してくる時はコインを投げつけていたよね。

 全然足りてなかったし。

 僕が何とか狩りや薬草を摘むなどして、足りなかった分も補っていたけど。


『ユーリが作ったご飯って大した事ないよね。私の方がもっと美味く作れるよー』

『そんな補助魔法、私でも出来るわよ。いい気にならないで』

『お前みたいなE級、使ってやっているだけでも有り難く思え』


 僕がしてきたことに対して、皆は悉く否定的だったな。

 ……思い出したら、何だか腹が立ってきた。

 今にして思うと、何であそこまで文句言われなきゃいけなかったんだろう?

 そんなに不服なら、自分たちも手伝えばいいのに。

 イリナとカミュラは戦いで疲れているって言っていたけど、 僕だって戦いに参加してたし、すごく疲れていたよ。

 それにE級だったのも、ヴァンが昇級試験を禁じていたからだ。

 今まで植え付けられた使命感があったから、言われるがままに従ってきたけど、使命感がなくなり、ロイと一緒に暮らすようになってから、自分の事も客観的に見られるようになった。

 自分がいかに不当な扱いを受けてきたかも、今ではよく分かる。


 

 それにしても一体どういうつもり?

 僕はSクラスになったけど、Sクラスになったというだけでヴァンが誘ってくるとは思えない。彼が仲間に引き入れる基準は実力もあって、顔がいい女の子だ……まさか、僕の変装がヴァンのお好みな女性ってこと?

 そんなの冗談じゃない。

 以前、ヴァンにキスをされそうになった事があった。向こうは酔っ払っていて、完全におふざけだったんだけど、僕は死ぬほど嫌だったので拒否をした。

 仲間としては一緒に行動できたけど、男として彼を見るのは無理。

 ヴァンは白い歯を見せて笑うと、僕に手を差し伸べてきた。

 僕は表情を無に頭を下げる。万が一声で正体がバレたらいけないから、声もいつもより高めのトーンで言った。


「お断りします」

「……何?」


 まさか断られるとは思わなかったのだろう。

 そうだね……勇者のパーティーを希望する冒険者は沢山いる。もちろんその中には可愛い女性もいたわけだけど、ヴァンもさすがにどんなに好みの女性でも、弱い冒険者を選ぶ事はなかった。

 勇者自ら声をかけてくるなんて、夢のよう……と思う女性も多いんだろうな。

 残念ながら勇者の現実を知っている僕にとっては地獄でしかないけど。

 僕は表情を変えないまま、淡々とした口調で言った。


「私が勇者様のお役に立てるとは思えませんので」

「何を言う。S級ならば充分即戦力だ」

 

 声で僕の正体はバレてはいないみたいだ。

 口調も変えているし、仲間だった時は常に低い声を出していたからね。

 そもそも基本的に僕が発言することは許されていなかったし……僕の声なんか覚えてないかもね。


「いいえ、S級になったばかりですし、私は冒険者としてまだ新参者なので、勇者様のパーティーに加わるのは荷が重いです」

「大丈夫だ。俺が手取り足取り色々教えてやる。初心者だからといって気に病む必要はない」


 そう言って瓶を持っていない方の僕の左手首を掴んでくる勇者。

 うわ……強引に手首を掴むなんて!

 全身が総毛立ち、反射的に僕は勇者の手を振り払った。

 そして彼から距離を置くべく、足早に後退する。

 それまで甘い笑顔だったヴァンの顔が苛立ちで歪む。そうそう、君はずっとその顔を僕に向けていた。

 やっと君らしい表情になったね。逆にホッとしたぐらいだ。

 

「貴様……この勇者に逆らうつもりか!?」


 すぐに手が出るのも相変わらずだね。

 僕が勇者の平手打ちをガードすべく腕を前に出して構えた時。


「おいおいおい、勇者様とは思えない悪党な台詞だな」


 ヴァンの平手打ちは僕の所まで届かなかった。

 誰かが振り上げたヴァンの手を捉えたからだ……あ……えっと、彼は誰だったっけ?

 さっきパレードで手を振っていた人だ。


「ニック=ブルースター、貴様……」

「どう見ても拒否られているだろ。勇者様」

「邪魔をするな……勇者に逆らったらどうなるのか分かっているのか?」

「さぁ? 今までもあんたに結構逆らってきたけど、何かあったっけ?」


 肩を竦めるニック=ブルースター。

 いくらヴァンが勇者でも、人類史上最強のパーティーである夕闇の鴉のリーダーを従わせるのは無理だろうね。

 

「お嬢さん、その飲み物、あのクマさんに持って行くんだろ? 早く行きな」

「……あ、ありがとうございます」



 僕はニック=ブルースターにペコリと頭を下げてから、直ぐさま走って階段の踊り場へ戻った。

 その階段の踊り場では、クマのかぶりものをかぶったロイが、爪を立てて立ち上がっている所だった。


「ごめん、お待たせ」

「ああ……ユーリ、良かった。遅かったから迎えに行こうと思っていた所だ」

「心配性だな、ロイは」


 僕はにこやかに笑っていたけど、もう少し帰るのが遅かったら、さっきのA級冒険者みたいにヴァンを張り倒していたかも。

 さすがに勇者と喧嘩するのは不味い。

 選ばれた勇者だけに、剣の実力は確かだし、あいつの魔力は桁外れだ。

 古代遺跡のドラゴンを倒した時の爆破魔法の威力は凄まじかった。

 ロイはSS級並の実力があることは確かだけど、さすがに勇者には勝てないと思う。



 ロイはもう一度クマのかぶりものを脱いで、飲み物を一気飲みした。

 余程喉が渇いていたんだな。

 水分を補給したロイは完全に復活したみたいで勢いよく立ち上がる。


「さてと、じゃあ観客席に行くか!」

「うん!」


 ロイが元気になって良かった。

 ニック=ブルースターのおかげで助かったな。

 彼が率いる夕闇の鴉はとても良い雰囲気のパーティーだった。

 あんな人たちと一緒だったら、それこそ刺激的な、充実した旅が出来たのかもしれないね。

 

 ……でも、僕はロイと一緒にのんびり暮らす、今の生活の方がいいな。

 

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