第15話 B級冒険者のクマ
闘技大会には、仮装して参加している者も多い。
身分がバレないよう貴族が変装することもあれば、前科者が顔を隠すこともある。単なる恥ずかしがり屋だったり、反対に自分のキャラを立たせたりなど、まぁ事情はそれぞれだ。
最初は選手だけだった仮装が、観客達もするようになり、それが大会の醍醐味だったりする。
ちゃんとそういった仮装用の衣装を売っている店もあるんだよな。
闘技場の前にある防具屋は、特に仮面やマスク、あとカツラも置いてある。
「これはレッドドラゴンの鬣でできたかつらで、防御力も抜群ですよ」
紅色の艶やかなウエーブヘアのカツラを勧めてくる女性店員。
ユーリがそれをかぶってみると……おおお、ちょっと大人の色気がある美人になったぞ。
「よく似合うな、ユーリ」
俺の言葉にユーリは照れくさそうに笑っている。
そういった顔も可愛いな。
俺は店員の姉ちゃんに尋ねる。
「あと、顔を隠す仮面が欲しいんだけど」
「ああ、それならこれがいいと思います」
そう言って出したのは……目の部分を隠すハーフマスクだ。
なかなかミステリアスな美女に仕上がったな。
俺は仮装しなくても、覚えられにくい顔ではあるが、ユーリがこんだけ美人だと、一緒にいる俺はたちまち嫉妬の集中砲火に合いそうだからな。
万が一そうなってしまった時の為に、俺も仮装しておくか。
「顔全体を隠せるマスクと、防御力が高くて布で出来た軽い防具がないかな」
「あ、それなら鎧じゃないもので頭の防具と衣装がセットになっているものがあります! キラーグリズリーの毛皮で出来たもので、防御力も抜群で意外と軽いんです」
「あ、じゃあ、それにするわ」
「了解です。すぐ持ってきますねー」
五分後、店員の姉ちゃんが持ってきた防具一式を見た俺は、商品を見てから決めなかったことに後悔するのだった。
◇・◇・◇
ベルギオン闘技場――
「えーと、お嬢さんと……その方が入場するんですかね」
受付の男性はユーリと俺を交互に見て、珍妙なものを見る目で俺の方を見た。
ま……無理もない反応だよな。
今の俺はどこからどう見ても、デカい縫いぐるみのクマだからな。
観客達は色んな仮装しているけど、俺のは一際目立ってしまっているような気がする。
俺だってこのクマの着ぐるみセットを持って来られた時には断ろうと思ったんだぞ?
だけど店員の姉ちゃんが熱く語るんだよ。
職人がいかに丹精込めて作ったか。特に肉球のプニ感を出すのに錬金術師と何年もかけたとか。その結果、防御、攻撃共に非常に高く、このプニプニに魔力を込めると、攻撃魔法を跳ね返せるようになるのだという。しかも肉球に込められた魔力によって強度が変わるとか。
とにかく熱く語るものだから、俺は断れなくなってしまったのだ。
そして俺は今、不本意ながら周りの注目を浴びている。
ユーリはS級の冒険者の証である魔石を受付の係員に見せた。
「そうです。僕……いえ、私と彼が入場します」
「さ、左様でございますか。それでは、ギルドの冒険者との事で、お名前をお教えください」
「わ、私はジュリアです」
万が一の事を考え、俺達は偽名を名乗ることにした。座席表に名前を書き込んでいくための名前なので実名じゃなくてもいいのだ。
受付の男性はユーリの偽名を座席表に書きこんでから、怪しむような上目遣いで俺の方を見た。
俺はB級冒険者の証である魔石を見せて名を名乗る。
「俺はクマだ」
「クマさんですか?」
「何だ、文句あるのか?」
俺はクマの縫いぐるみの顔越しに凄んだ。
向こうは俺の気迫を感じ取ったのか 、顔を青くしてぶんぶんと首を横に振る。
受付の男性は何ともいえない表情を浮かべながら、俺の偽名を席表に書き込んだ。
無事に受付をすませた俺とユーリは闘技場のロビーに出る。
すると一斉に冒険者達の視線がこっちに集まってきた。
「お……綺麗な姉ちゃん」
「マジで俺の好みなんだけど」
「なぁ、姉ちゃん。俺達と一緒に遊ぼうぜ」
早速柄の悪そうな奴らが、ニヤニヤ笑いながらユーリの元にやってきた。
これだけの美人だからな。
こういう奴を寄せ付けちまうのは仕方がない。
俺はユーリの前に立ちはだかった。
「何だよ、この巫山戯たクマはよ」
男の一人が俺の腹に拳を入れる。
「外で子供の相手でもしてろよ」
もう一人の男が俺の尻に蹴りを入れる。
「どうせ中身はB級以下の二流冒険者だろ? 自信がないからそんなもんかぶって……」
俺の足をグリグリ踏んづけていた男の台詞が終わらない内に、俺は右の肉球でそいつの顔を平手打ちする。
男の身体が軽く吹っ飛び近くの壁にぶつかる。
……手加減したつもりだったのだが。完全に白目を剥いて気絶をしていた。
まぁ、向こうも全身防具を付けているから大きな怪我はしていないと思うが。
残りの男たちは目を皿のように丸くし、青ざめた顔で俺のことを見ている。
俺はクマの縫いぐるみの顔越し、男達に凄んだ。
「お前ら、彼女に何か用か?」
「い……いえ、何の用事もありません」
「ちょ、ちょっと挨拶しただけなので」
残りの男たちは、そそくさとその場から離れていった。
一部始終を見ていた冒険者達がざわつく。
「あそこに倒れている奴、確かB級じゃなかったか?」
「いや、この前A級に昇級したって自慢していたような」
「あの縫いぐるみのクマに一撃でやられてたぞ!?」
「油断していたとはいえ……クマ、怖ぇな」
やっぱり着ぐるみを着ていて良かったぜ。
A級の冒険者、一撃で殴り倒しちまった。
俺はますます注目を浴びることになる。
そもそもただでさえユーリが美人で目立つのに、この着ぐるみが輪をかけて超目立つんだよな。
あの時断れなかった自分を呪いたい……。
でもどんなに注目されても、全身がクマだから俺の正体がバレることはないだろう。
これ以上注目されるのは嫌なので、俺はユーリの手を引きその場から離れる事にした。
「あー、暑かった」
誰もいない非常階段の踊り場にて。
階段に腰掛けた俺は、クマのかぶりものを取って、ふうと息を
ユーリは微妙な表情を浮かべる。
「ロイって本当の実力ってどれくらいなの?」
「どうした?」
「だって、さっきのA級冒険者の人、あっさり倒しているし、ワイバーンにも乗れるってことは、やっぱりSS級以上の実力はあるよね?」
「細かいことは気にすんな。俺は剣より肉弾戦が得意なんだ」
俺は肉球の手でシュシュッと拳の連打を繰り出す。
ユーリは「は、はやい……」と驚いていた。
一応クマの手の部分に爪が仕込まれているから、いざとなればそれが武器にもなる。
信じられないが、今着ているクマの着ぐるみは仮装の衣装じゃなくて、立派な防具として売られているものらしいんだよな。
ユーリは不思議そうに縫いぐるみの肉球部分を指でぷにぷにしていた。
それにしても、確かに鎧よりは軽いに違いないんだけど、この着ぐるみって奴は暑くて仕方がないな。
常夏の都でこの格好はキツイ。
何だか頭がボーッとしてきたぜ。
「冷却魔法(クーランス)」
ユーリが俺の額に手を当て呪文を唱えると、身体が青いベールに包まれ冷やされてゆく。
火照っていた身体がゆっくりと冷やされていく。
ボーッとしていた頭もすっきりしてきたな。
「暑さで身体が不調になることがあるからね。気をつけないと」
「油断してた」
「脱水症状になっていたらいけないから、飲み物買って来るよ」
「ああ、ありがとう」
近くに売店があったからな。そこで買うつもりだろう。
ユーリが身体を冷やしてくれたおかげで、すぐに楽になったな。
彼女は本当に有能なパートナーだよな。
万年B級のおっさん冒険者にゃ勿体ないくらいだ。
ただ、あの馬鹿勇者にゃ、もっと勿体ないけどな。
何であんな有能なユーリを追放するかな?
ユーリを追放したことを後悔する日が絶対に来るぞ。
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