第12話 その頃の勇者達②

 いつもより数倍の時間をかけ、ゾンビリザードの群れを壊滅させた後、ダンジョン近くの森でキャンプをすることになった勇者一行。

 イリナは転んだ時に出来た傷口から血が出ているのを見て不快そうに眉を寄せた。



「あーん、肘怪我したー。カミュラ治して」

「面倒くさいわね、何であんたの怪我を治さなきゃいけないのよ」

「何よっ! ユーリだったら文句も言わず優しく治してくれるのにっ!!」

 


 甲高い声でカミュラに怒鳴るイリナに、ヴァンは歯ぎしりをする。

 やはりあいつがいた方がいいというのか? 

 女戦士であるローザも何だか呆れたような顔でイリナとカミュラを見ている。

 テントも立てるのに時間がかかった。今までずっとユーリに任せきりだったのだ。

 しかも中はユーリがいた時には綺麗に寝床が整えられていたが、今は荷物がぐちゃぐちゃに置いてある状態だ。

 焚き火の火をたこうとイリナに任せたら、強力な炎が出過ぎて危うく森が火事になる所だった。

 いつもならテントの周りには魔物が寄りつかなかったのに、今はしょっちゅう寄ってくる。

 小型の雑魚中の雑魚な魔物ばかりだが、休んでいる時に相手にするのは面倒で仕方がない。

 極めつけは食事で、収納玉から出てきた食料で食べられそうなものは干し肉のみ。

 

 


「ええ!? 干し肉ってショボくない?」


 掌サイズの干し肉を指でつまみ、不服そうな声を漏らすイリナに、ローザは不思議そうに首を傾げる。


「何で? 野営飯といったらこんなもんでしょ?」

「今までは温かいスープがあったもん! あと焼きたてのパンとか、サラダとか」

「じゃあ、何で今までとは違うのさ?」

「……それは……そうだ、カミュラ、何か作ってよー」


 目をうるうるさせ、手を合わせるイリナに、しかめっ面で干し肉を食べていたカミュラは目を三角にする。


「何で、私がっっ!! あんたが作ればいいじゃない!!」

「私、戦いで疲れたもーん」

「疲れているのは私も同じよ!!」


 女達の言い合いに片耳を塞ぎながら、干し肉を一口食べるヴァンロスト。

 固い……しかも塩辛い。

 先程立ち寄った店で買った干し肉だが、ユーリが作った干し肉とは全然違う。

 同じ干し肉でもユーリが作っていたものは、程よい硬さと、スパイスが効いていて風味が良かった。

 そして噛めば噛むほど美味い代物だったのに、この干し肉は最初塩辛いだけで、噛めば噛むほど味がなくなる。

 その時カミュラがヒステリックな声を上げた。


「だからさっきの町の食堂で食事を済ませればよかったのですよ!!」

「だって、食事の後にゾンビと戦ってたら気持ち悪くなるじゃない? それに食堂の食事より野営ご飯の方がおいしかったし」

「それはユーリが作っていたからでしょ?」


 カミュラの言葉にヴァンロストは怪訝な表情を浮かべる。

 ダンジョンから帰ってきて、一時間もしない内にテーブルの上には当たり前のように夕食が並んでいた。

 しかしユーリがいなくなってから、その当たり前がなくなってしまっている。

 ヴァンロストはイリナとカミュラに尋ねる。

 


「ユーリが作っていた飯くらい、お前らなら簡単に作れるのだろう?」

「「……!?」」

「だってお前ら言っていたじゃないか。ユーリの飯は大したことがない。自分たちの方がもっと上手く作れるって」

「「……」」

「お前らの飯、俺は食べてみたいんだけど」

「「疲れているからヤダ」」


 イリナとカミュラは同時に答えてから、黙々と干し肉を食べ始めた。

 傍で聞いていたローザは干し肉をかみ切って、むぎゅむぎゅ食べてから、ふうと息をついて言った。


「結局、あの坊やは料理の腕はあったってことだろ? あんたら二人は見栄を張って、自分ならもっと上手くできるって言い張っていただけでしょ?」


 ローザの言葉に、イリナとカミュラは目を剥いた。

 彼女たちは同時に首を横に振って、否定の声を上げる。


「ち……ちがうもん!私だって、あれくらい作ろうと思えば作れるもん」

「わ、私だって。ただ面倒な下処理が嫌いだからやらないだけで」

「あー、分かった。分かった。あんたらに料理を期待することはないわ。気まぐれで作ったとしても、食物兵器作りかねないし」

「「どーゆー意味よ!?」」


 言い合う三人の女たちにヴァンは深いため息をつく。

 味がしない干し肉を噛みながら彼は考える。 


 まともな飯にありつけないというのが、これほどモチベーションが下がるものだとは思わなかった。

 いや、料理ぐらい他の女も出来ると思っていたのだ。しかし、三人とも料理をしたがらない。

 S級の料理人の店やA級の料理人の店に行けば、美味いものは食べられる。

 しかし野営の時に、そんな料理人達を連れていく訳にはいかない。


 やっぱりあいつがいた方がいいと言うのか……?


 ユーリがいれば今頃、温かいスープが飲めていた。それに柔らかい肉、野菜のソテー、ふわふわの卵料理……思い出したら、あのスープが飲みたくなってきた。

 ヴァンロストはごくりと唾を飲み込む。

 ローザは溜息交じりに言った。


「あんたら舌が贅沢になりすぎ。明日になったら、町へ行って美味いもん食べりゃいいでしょ」

「そうね……この近くの町に美味しい店があるから」


 カミュラが言いかけた時、イリナが何かを思い出したのか、唐突に声を上げた。


「あ、でも待って! その前にベルギオンに行かないと駄目じゃない?」

「ベルギオンって、南の都の?」


 首を傾げるローザに、カミュラが噛み切れない干し肉を水で流し込み、ふうと息をついてから説明をする。


「月に一度開催される、ベルギオンの闘技大会に参加することになっているんです」

「ああ、あそこはいいよね。いい金になるから」


 ニヤッと笑うローザに、カミュラは話を続ける。


「私たちを後援して下さっている方があの闘技場のオーナー、ゴリウス=テスラード氏なのです。勇者が参加すれば宣伝効果になるから、と頼まれて大会には必ず参加することになっているんですよ」

「他ならぬ金蔓の願いじゃしょうがないね」

「ローザ、言い方が悪いですよ。後援者です」


 イリナの言う通り、大会参加の為にベルギオンに向かわなければならない。

 雑魚冒険者を相手にするのは経験値にもならないし、面倒だが報酬もたっぷり貰えるので貴重な収入源なのだ。

 ベルギオンなら美味い店も沢山ある。

 そこで今日食えなかった分も食べることにしよう。


 その日、テントで一夜を過ごしたヴァンロストだが、寝床はいつもより寝心地が悪く、なかなか眠れずにいた。

 確か床の上に何かを敷いてあったような気がする。何だったかは分からないが、テントの中でもベッドのように寝心地が良かった。


(くそ……日用品は全部あいつが持っていたか)


 武器や装備品、薬などはユーリから没収していたが、細々した日用品までは気が回らなかった。

 テントで一夜を明かして後、ヴァンロストは寝不足状態のまま、仲間たちを引き連れ、南都ベルギオンに向かうのだった。


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