第10話 ユーリの過去、そして今

 僕の名前はユーリ=クロードベル。

 つい最近、勇者ヴァンロスト=レインのパーティーを追放された所、冒険者のロイに助けて貰った。

 あの酒場に彼がいなかったら今頃どうなっていたか……しばらくは野宿を余儀なくされる所だった。


 現在はロイと一緒に、山の一軒家に暮らしている。

 冒険者ギルドからの依頼も今はないみたいで、平穏な日々が続いていた。

 ここは商都エトからワイバーンに乗って一時間かかる場所にある山の中なのだけど、長閑で空気もよくて、魔物もそんなに多くはない。



 僕は川で洗濯をしながら額を拭う。

 服は清浄魔法で綺麗にすれば済むけど、一度は水洗いした方がさっぱりする。

 布団もちゃんとお日様にあてないとフカフカにはならないしね。

 洗濯物を干し終わった僕は額の汗を拭う。

 村に住んでいたときはこうやってよく洗濯をしていた。

 村の皆は元気かな? 

 村長さんには勇者のことを頼む、と言われていたけれど、役割を果たしたら、帰ってきなさいと言ってくれたな。

 でも、あの村には僕の家はない。

 元々孤児で村長さんのところで厄介になっていた身だし。

 村長の奥さんは僕の存在をあんまり快く思ってはいなかった。自分の子供を食べさせるのに手一杯なのに……と、僕に聞こえるように言っていたしね。

 早く独り立ちしないとな。

 今もまだロイの家に厄介になっている所だからね。


 ◇・◇・◇


 勇者であるヴァンロスト=レインは神の石を手に持って生まれたことで、勇者であると認定された。

 神の石は青く澄んだ石で神の文字が書かれている。

 いつか魔王を退治する為に旅立つであろう勇者の為に、ヴァンはとても大切に育てられていた。

 だけど――


「魔法の授業なんかやってられるか!」

「ですが勇者様……」

「黙れ、勇者に口答えする気か!!」

「……」


 大切に育てられすぎたせいか、剣の修行や魔法の修行を嫌がる事が多く、村に来てくれた騎士や魔導師を困らせることが多かった。

 修行がままならないまま、十六歳の成人になったヴァン。

 伝承に従い、勇者は成人したら魔王討伐の旅に出ないといけない。

 しかし、今のヴァンを村の外に出すにはあまりにも心許なかった。

 そこで勇者の護衛として育てられてきた僕が、勇者が成長するまで彼のお供をすることになった。


「勇者の護衛として、自分が女であることは忘れるんだ」


 孤児であり、ずっと男の子の服を着て髪も短かったから、友達の間ではずっと男の子だと思われていたし、幼い頃は僕自身も自分は男だと思い込んでいた。

 自分が女であると自覚が生まれてからも、勇者の護衛としての使命が課せられた為、育ての親である村長さんからは、女であることを忘れるように、と口酸っぱく言われていた。


 僕自身も自分は男だと言い聞かせ、ヴァンと、そして他の仲間と一緒に戦ってきた。

 でも、剣も、杖も持っていない僕が出来ることは補助魔法ぐらいだ。

 最初は村長さんから貰った剣で戦っていたんだけど、僕が勇者の見せ場を残さず、魔物を倒しすぎるから、という理由でヴァンに売り払われた。

 村長さんから貰った大事な剣だったのに。

 

 素手で攻撃魔法も可能だけど、杖を持っている状態の半分しか威力がない。

 その点、補助魔法は杖の影響に関係なく皆を助けられると思い、味方の攻撃魔法の強化や、アンデッド系の魔物を浄化させる回復魔法をかけたりしていたけれど、ヴァンたちには大きなお世話だったみたいだった。

 

 結局僕は役立たずと罵られ、パーティーを追放された。

 もう僕の護衛がなくてもヴァンはやっていける、という事だ。

 ここで僕の役割は終わったんだ。


 ロイは行き場を失った僕に冒険者の昇級試験を受けるように勧めてくれた。

 ヴァンと一緒にいた時には許されなかった昇級試験。

 一度では合格しないだろう、と思っていた。

 冒険者になるには、強い魔物を一人で相手にしないといけない。

 役立たずのお前には無理と、ヴァンに言い聞かされていたから。

 ところがいざ、試験を受けてみると、戦う相手はヴァンが雑魚と評していた魔物ばかりだった。

 本当にこれでいいの? と思いながらも、とにかく目の前の敵を確実に仕留める事だけを考えていた。

 さくさくと試験は進み、一日でS級の資格を取ることができた。

 ギルド長のウォルクが言っていた。

 最後に出た魔物はS級じゃないと倒せないって。

 ヴァンは試験に出てくる魔物は、強すぎて僕には無理だって言っていたのに。

 勇者は僕に嘘をついていた。


 薄々、騙されていることに気付いてはいた……どんなに難しい魔法が使えるようになっても、ヴァンは昇級試験を受けることを許さなかったから。

 でも僕自身無理矢理自分に言い聞かせていた。

 人々にとって希望の勇者である勇者が嘘を言うはずがない。村の人たちは、人々の希望の存在になるよう、ずっとヴァンのことを大切に育ててきたから。


 だからこうして嘘をつかれていたという現実を突きつけられると悲しい気持ちになった。

 ただ、平民には横柄で、仲間を選ぶ時も容姿端麗な女性を選び、男性は寄せ付けない。

 そんな勇者の現実を見せつけられる度に、村長さんによってたたき込まれた勇者への忠誠心が冷めていく自分がいた。

 追放されずにあのまま勇者と行動していたとしても、いつか僕の方からパーティーを去っていたかもしれない。

 


 勇者への失望感はあったものの、S級の冒険者になれたことは素直に嬉しかった。

 この分なら思ったよりも早く自立できそう。

 でも、まだまだ僕には知らないことが多くて、一人でやっていく自信がなかったから、引き続きロイの相方を申し出た。

 ロイは快く引き受けてくれた上に、僕がS級に合格した時も、まるで自分のことのように喜んでくれた。


『よく頑張ったな、ユーリ』


 ……ロイのあの言葉を思い出してしまった。

 よく頑張ったなんて言われた事なかったし。

 しかも軽く抱き寄せられた時、ドキドキしてしまった……向こうはただの労いのつもりだったのかもしれないけど、男の人にハグされるの初めてだったから。

 こんなことで顔が紅くなるなんて、変な女だと思われたかな?

 ……思い出したらまた胸がドキドキしてきた。

 ロイの胸、広くて温かかった。

 またあんな風に抱き寄せて貰えたら……いやいやいや、何を甘えている!? 

 そんなの、ロイが迷惑がるに決まっているよ。

 変なこと考えないで早く家に戻ろう。


◇・◇・◇

 

 家に入るとロイの顔が先程よりもこざっぱりとしていた。

 ……あ、顎の髭剃ったんだ。

 前より若返ったように見える。

 顔がすっきりすると、ロイの顔が端正であることがより分かる。

 や、やっぱり、この人格好いいな。

 向こうも何だか照れくさそうに笑っている。笑うと愛嬌があって可愛い。男の人に可愛いと言っていいのかどうか分からないけど。

 だけど……。

 ツーッと顎から血が流れる。


「久々に髭剃ったから、失敗してしまった……」


 ロイは苦笑いを浮かべた。 

 ああ、刃で肌を少し切ってしまったのか。僕はすぐに顎の傷口に手をかざし、治癒魔法をかけた。

 ふう……大した傷じゃなくて良かった。

 ほっとしたのも束の間、顎の傷を治す際、指先がロイの唇に触れていたようだ。

 僕はたちまち顔を真っ赤にして「ごめん!」と慌てて謝った。

 ロイは不思議そうにきょとんとしている。


「何故謝るんだ? むしろこっちが礼を言わないといけないのに」

「あ……でも……」

「ありがとうな、ユーリ」


 そう言って笑いかけてくれるロイに、僕の胸は熱くなる。

 治療することなんて勇者のパーティーでは当たり前の事だったから、お礼なんか言われたことなかったけど。

 ロイの感謝の言葉に僕は泣きたくなった。

 毎日が幸せすぎて怖い。

 いつか彼の元から独り立ちしないといけないのに。

 少しでも長くこの人と一緒にいられたら、と思っている自分がいた。


 

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