第9話 昇級試験②
一方、他の受験者たちはすごすごと帰っていくことに。
散々馬鹿にした相手が、自分たちが倒せなかった魔物をあっさり倒してしまったのだ。恥ずかしくてその場にいられない心境なのだろう。
さようなら、もう二度と会うこともないだろうけど。
次に向かったのはさらに山を登った先にある湿地の平原。
A級の魔物の名はサンダースネーク。
人里に降りて子供を攫うことがあるという。
平原のど真ん中、二頭のサンダースネークが鎌首をもたげ、頸部を広げこっちを威嚇していた。
ペパーミントグリーンのツルツルした身体が特徴のサンダースネークの全長は十メートル。口を開ければユーリなど、ひと飲みだ。
こいつに触れると電撃のようなものが走るから、直接斬りつけることはできない。
「魔物が複数いる場合は、俺が相手をすることになっているのだが」
自然界に住む魔物だからな。
そう都合良く一対一の展開にはならない。冒険者の数より魔物が多い場合は、教官が残った魔物を相手にする。
ちなみに冒険者の実力と人数に対し、魔物の数が多すぎたら試験は中止となる。
ま、ウォルクが教官の場合、よっぽどのことがない限り、中止になるようなことがないが。
「二頭くらいなら一人で何とかするよ」
「おう、そうだな。さっきの戦いぶりを見ていたらお前一人で充分やれると思う」
ウォルクは大きく頷いてユーリに向かって親指を立てた。
ユーリは臆することなく、見上げるほど巨大な魔物二頭の前に立つ。
サンダースネーク達はユーリの存在に気づくと、我先に一呑みしようと大きな口を開けて襲いかかってきた。
ユーリは軽やかに後ろへ飛び退きながら、呪文を唱える。
「
氷系の魔法だ。
唱えた瞬間、細長い氷柱が降下し、二頭のサンダースネークの身体を貫く。
サンダースネーク達はしばらくじたばたしていたが、やがて力尽き絶命した。
まさに秒殺といってもいい。
氷柱の魔法は上級の魔法使いしか使えない魔法だ。
魔法使い、もしくは神官を職業にしても、彼女なら一流でやっていけるのではないだろうか。
ユーリは以前、剣術も魔法も際立って得意なものはないと言っていた。それは全てが不得意という意味ではなく、彼女は全てが一流並みに出来るから際立つものがないという意味だったようだ。
ウォルクはしばらくの間、呆気にとられていた。
「凄い……A級も合格だ。続けてS級の試験を受けるか?」
ウォルクの問いに、首を縦に振るユーリ。
やる気に満ちた目だ。この分ならS級も余裕だな。
最終試験でもあるS級の魔物はウインドウッドドラゴン。
擬態するために進化したのか、その身体は木の幹にそっくりだ。そして翼には葉とよく似た鱗がある。
ウィンドウッドドラゴンもまた、餌である人間を求め村や町を襲うことがある。
こいつは樹皮の身体に、樹脂の角、翼は枝の骨格が葉で覆われている。
捕食対象である人間の方からやってきたと分かるが否や、ウインドウッドドラゴンは歓喜の声を上げた。
ケシャァァァァァァッ!!
動物というのはまず最初に弱そうな存在を狙う。
当然狙われているのはユーリだ。
しかしウインドウッドドラゴンは、自分もまたユーリの標的になっていることを知らない。
ウインドウッドドラゴンが一際翼を強く羽ばたかせると、突風が生じ、葉が刃のようになってユーリを襲う。
「
ユーリが唱えた瞬間、半透明なドームが生じる。
葉の刃はドームの薄壁にぶつかると硝子のように砕け散る。
「
さっきの男が唱えたよりも遙かに勢いがある炎の玉がウッドドラゴンを襲う。
しかもいくつもの火の玉が生じ、翼や身体にぶつかってくる。
翼をはためかせ炎を振り払おうとするが、全く消える気配がない。
身体が瞬く間に弱点である炎に包まれ、ウィンドウッドドラゴンは絶叫を上げる。
ケシャァァァァァァッ!!
燃えた身体のままウッドドラゴンはユーリに突っ込んできた。
しかし。
「
ユーリが呪文を唱えるとつむじ風が刃のように鋭くなってウィンドウッドドラゴンを切り裂く。既に炎により身体がボロボロだった魔物はあっさり切り裂かれた。
燃えた状態で落下するウィンドウッドドラゴンを見てウォルクは興奮気味な口調で言った。
「す、凄い! 文句なく合格だ。今日から君はS級だよ」
「ぼ……僕がS級?」
ユーリは自分自身を指差し、まだ信じられない表情を浮かべている。
そして、やや心配そうにウォルクに尋ねた。
「あの……もっと強い魔物じゃなくて良いの?」
「あれ以上の魔物はこの山にはいない」
「で、でも……今まで出てきた魔物達って、あんまり強くない魔物なんじゃ」
「いや。君が強すぎるだけで、最後の魔物は特にS級じゃないと倒せない魔物だ。さっき君を馬鹿にしていた奴らは、サーベルホワイトウルフすら倒せてなかっただろう? だけど、あれが普通なんだよ」
「……」
ウォルクの言葉にユーリは目を瞠った。
そしてしばらく考え込むように俯く。
「そっか……今までが普通じゃなかったんだな」
勇者やその仲間達であれば、サーベルホワイトウルフも、ウィンドウッドドラゴンも当たり前のように倒していたから、そこまで強い魔物だと思っていなかったかもしれないな。
だけどこれでユーリも分かっただろう。
自分がそこまで弱くはない事が。それどころか一般の人間からしたら遙かに強いことも分かった筈。今後は自信を持って冒険者の仕事に打ち込んで欲しい。
ウォルクは両手を握りしめ、キラキラした目でユーリを見詰める。
「一日でE級からS級に上り詰めるとは、エト支部創設以来前代未聞の快挙だ。君は期待の新人だ」
「僕が? 本当に?」
まだ信じられないのか、自分を指差しているユーリに、ウォルクは何度も大きく頷いた。
「ギルドの館に戻ったらS級の名簿に君の名前を登録しておく。SS級は試験がなくて、S級の仕事を三十回熟したら、与えられる称号だ。SSクラスになれるよう頑張れよ」
「は……はい!」
元気よく返事をするユーリに満足そうに頷いてから、ウォルクは俺の方を見た。
「おい、ロイ。お前もS級受けろよ。彼女よりランクが低かったら格好悪いだろ?」
「俺は別にいいって」
「本当にお前は見栄も欲もないな」
俺が連れなく返事をすると、ウォルクは肩を竦めた。。
これでユーリは晴れて今日からE級じゃなく、S級の冒険者だ。
名誉ある仕事から、多額の報酬が約束された依頼など、どんどん仕事が入ってくるだろう。
S級の魔物もガンガン倒してSSクラスになって、あの馬鹿勇者達の鼻を明かしてほしい所だ。
◇・◇・◇
「おめでとうございます! ユーリ様」
ギルドの館エト支部に戻った俺とユーリ。
エリンちゃんは自分のことのように嬉しそうに声を弾ませ、ユーリにペンダントが入った箱を差し出した。
無色透明だが七色に輝く雫型のペンダント。
S級冒険者の証だ。
彼女はまだどこか信じられない表情で、じっと七色に輝く魔石を見詰めていた。
俺はユーリの首にペンダントをつけてやる。
ちなみにB級の俺の魔石は翡翠色の魔石。この色は気に入っているんだけどな。
こいつは身につけてもいいし、バッグの中に所持していても良い。俺はバッグの中に入れてある。
紛失したら新たに作る事は出来るが、金と手続きが滅茶苦茶かかる。
そして、冒険者の証である魔石を売買したら犯罪になり、ギルドの館の地下牢に入れられることになる。なので、盗まれたり紛失したら、すぐ届け出を出す必要があるのだ。
魔石を見詰めていたユーリだが、ハッと我に返りこっちに振り向いた。
「あの……ロイ」
おずおずと声をかけるユーリに俺は首を傾げる。
「どうした?」
「その……これからも一緒に仕事出来ないかな。僕はS級になったけど、まだまだ初心者だから」
……可愛い上目遣いしてんじゃねぇよ。
その顔でお願いされたら、断ることなんかできるわけがないだろ?
動揺する気持ちを巧みに隠し、俺はユーリの肩を叩いて言った。
「ああ、俺も頼もしいパートナーがいてくれたら助かるよ」
「た、頼もしいだなんて」
そんなこと言われたこともなかったのだろう。
照れくさそうな表情を浮かべるユーリに愛しさを覚える。
俺は思わず彼女を抱き寄せた。
「よく頑張ったな、ユーリ」
「……っ!?」
ユーリの顔が一瞬にして真っ赤になる。まるで瞬間湯沸かし器のように湯気が出るんじゃないか、というくらいに。
し、しまった! ハグには慣れてなかったか。
孤児院にいた時には、年少の子に良くしていたから、そんなノリでしたつもりなのだが。
そ、そんなに顔を赤くしなくても……何の気なしに抱き寄せたつもりのこっちまで恥ずかしくなるだろ。
今のハグは無意識。あくまで保護者としてのそれだ。
だけど恥ずかしそうにしている彼女の顔を見ていると、何故か落ち着かない気持ちになる。
どうもユーリと孤児院にいた兄弟たちとは、何かが違うような気がした。
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