第8話 昇級試験①

 冒険者の昇級試験は至ってシンプルなもので、特定の魔物を倒せたら合格だ。

 エトから歩いて一時間の場所にあるテオール山は、最近になって魔物が増えてきて、近隣の村や町から討伐依頼が来ている。

 試験では、討伐依頼の魔物を倒すことになる。

 ようはいつものように仕事をすればいいだけの話だが、自分の級より上の魔物に挑むこと。側に試験官がいるという部分がいつもと違う。

 テオール山の麓では、ユーリの他にも昇級試験を受ける人間がいるようで、いずれも屈強な男ばかり。

 

「お、坊やも試験受けに来たのかい?」

「辞めるんなら今だぜ、小僧」


 小柄で細いユーリを見て、露骨に小馬鹿にする男達。

 確かにごつい野郎共からしたら、か弱い少年にしか見えないよな。

 ユーリは今、胸当てをして男性用の服を着ているので、中性的な美少年に見えた。

 俺はやや自信なさそうに俯くユーリの背中を安心させるように叩いた。 


「頑張れよ。お前なら間違いなくA級以上は堅いからな」

「ロイ」


 ほっとした表情を浮かべるユーリ。

 俺の姿を見た男達はそそくさとその場から離れる。

 いや、俺ではなく、俺の後ろに試験官である男が来たからか。

 試験官の名はウォルク=グレース。

 ギルドの館エト支部の支部長でもある。

 身長二メートルを超えた大男、頭には耳、ふさふさの尻尾がある犬型の獣人族だ。

 


「よう、ロイ。この前はギガントリザード討伐の依頼ありがとな」

「あれぐらい訳ないさ。ワイバーン、もう暫く借りるけどいいか?」

「俺はしばらく乗る用事がないから構わんよ」


 移動で使っていたブラックワイバーンは元々ウォルクの持ち物だ。

 あのワイバーンを乗りこなすことが出来る冒険者は、指で数えるほどしかおらず、ウォルクもその中の一人だ……まぁ、俺もそうなんだけどな。

 ウォルクは俺の肩を叩いて言った。


「お前も万年B級クラスを卒業して、そろそろS級の試験を受けたらどうだ?」

「俺はいいよ。だってS級になっても、あんまメリットなさそうだし」

「メリットはあるだろう? 王室からの依頼も来るし、法外な依頼も多いぞ」

「俺がそんなことに興味がないのはお前も分かっているだろ?」

「お前まだ三十代だろ? もう少しギラギラしていてもいいんじゃないのか?」


 はっはっは、笑いながらウォルクは俺の肩をバンバン叩く。

 本人は軽く叩いているつもりだろうが、背中はなかなかいい音がしている。

 俺はユーリの肩に手を置いてウォルクに紹介する。


「今日は彼女の付き添いで来たんだ。ユーリ=クロードベル。かなり見所があるから強い魔物を用意しておけよ」

「……っ!?」

 

 ウォルクはユーリの顔を認めた瞬間、驚いたように目を見張った。

 そして俺と彼女を見比べてから「成る程」と一人納得したように頷く。


「お前ら、付き合っているのか?」


 いきなりの質問に、俺とユーリは同時に顔を真っ赤にした。

 な、何を言いだすんだよ、この男は。


「一昨日が初対面だ。そんなわけがないだろう?」

「ほう……初対面か? 前からの知り合いじゃないのか?」

「そんな訳がないだろう」

「なんとなく昔からの知り合いみたいな匂いがしたぞ?」

「俺に女の知り合いがいないのはお前が一番よく知っているだろ。揶揄うのも大概にしてくれよ」


 そもそも昔からの知り合いみたいな匂いって何だよ。獣人族ならではの感覚なのかな。

 訳が分からん奴だ。

 ウォルクは受験者たちの前に立つと、端的に説明をした。


「ルールは至極単純だ。C級に昇級したい場合はマッドラビットを。B級に昇級したい場合は、サーベルホワイトウルフを。A級に昇級したい場合はサンダースネイクを、S級に昇級したい場合はウィンドウッドドラゴンを一人で倒すことだ。アイテムは使用しても良いが、沢山使いすぎるとマイナスになるからな」

 

 ……そういやアイテム持たせてなかったな。

 俺はポケットから体力回復薬と魔力回復薬を取り出す。豆粒ほど小さな丸薬で冒険者必須のアイテムだ。


「ユーリ、あんまり必要ないと思うけど一応持っておけ」

「あ、ありがとう!」


 俺たちのやりとりを聞いて、他の連中たちはニヤニヤ。

 馬鹿にしたような目でユーリを見る。


「もっと貰っておいた方がいいんじゃねぇの?」

「そうそう。薬も強力な奴にしとけよ? あ、強力な奴使うまでもなく、そこまで体力ねぇかっ!!」


 可笑しそうに笑う連中。

 あーあ、完全に見た目だけで判断しているな。

 そんな連中の頭をバンバンバンと平手で軽く叩くウォルク。


「いだぁぁい!」

「ぬおっ!?」

「いたたたた」


 軽く叩いたつもりなのだが、奴らは痛みのあまり頭を押さえて、蹲っている。

 

「お前等静かにしろ。とっとと現場に向かうぞ」


 C級試験の魔物はマッドラビット。

 人里に下りては村の畑にある農作物を盗むのだという。

 テオール山の麓にあるマッドラビットの住処までくると、既に人の気配を感じているのか、二頭の魔物が身構えてこっちを睨んでいた。

 マッドラビットは小柄な大人程の大きさで、中型の魔物だ。目は赤く光り体毛は茶色。

「ちょうど二頭いるな。じゃあ、C級受験者の二人、試験を開始する」


 C級の受験者であろう青い髪の毛の男と大柄な男が前に出て魔物と対峙する。

 二匹は同時に冒険者の男達に襲いかかってきた。

 青い髪を後ろに縛った男は剣を振り上げ斬りかかる。

 あーあ、闇雲に立ち向かうもんじゃないぞ?

 マッドラビットは青髪男の頭上をジャンプする。

 数メートル先まで飛んだマッドラビットはUターンをして男に向かって突進する。

 

「わ、わ、わっ!ひぃっっ」


 青髪男は驚き戦きながらも、剣を振り下ろす。

 剣は見事にマッドラビットの頭にヒットした。


「……ま、多少のまぐれ感は否めないが合格」


 目を回して倒れるマッドラビットを見てウォルクは判断する。

 後は実戦で頑張れってことだな。びびる気持ちがなくなれば、倒せると考えたのだろう。

 もう一人は一際大柄な男だ。恐らく拳士なのだろう。素手で魔物の眉間に拳を入れ、気絶させた。

 もちろん大柄の男もC級は合格だ。

 次はB級のサーベルホワイトウルフだ。

 この前トワイの森で相手にした魔物で、奴らは洞窟や洞穴の中に巣を構える。

 今回は洞穴の中に住んでいるサーベルホワイトウルフが一頭……一頭だけか。

 仲間で行動することが多いのだが、群れから逸れたか。あるいはボス争いで群れを追われることもあるようだからな。

 サーベルホワイトウルフは洞穴から出てきて威嚇をする。

   

火炎弾ファイアボール!!」

 

 B級受験者である紫のフードマントを纏った魔法使いの男が呪文を唱えた。

 握り拳サイズの小さな炎の玉が一発。この魔法は込められた魔力によって、何発もの炎の玉を放つことができるのだが、彼は一発が精一杯のようだ。

 サーベルホワイトウルフは炎の弾丸をぶつけられ、苦痛に顔をゆがめるがすぐに牙を剥いて飛びかかってくる。

 込められた魔力がかなり弱いな。

 鶏の丸焼きでも半焼け程度の威力だ。

 魔法使いの男は剣を抜きサーベルホワイトウルフに斬りかかる。剣術も使えるということは魔法剣士か。


 キィィン!!


 しかし剣は牙によって受け止められてしまう。

 サーベルホワイトウルフはそのまま突進する。

 その勢いに男の身体は吹っ飛んだ。


「はい、そこまで。まだB級まではいかないな。おい、C級合格者、お前等はこのままB級うけるか?」


 毛を逆立てて唸っているサーベルホワイトウルフを見た青髪男と大柄な男は顔を蒼白にして首を横に振る。


「む、無理です」

「俺等、こいつ程強くないんで」


 こいつと指差すのはサーベルホワイトウルフに突き飛ばされ、尻餅をついた魔法剣士だ。

 ウォルクは溜息をついてから、今にも飛びかかりそうなサーベルホワイトウルフの方を見る。


「……!?」


 ウォルクがジロッと睨んだだけでサーベルホワイトウルフはビクッと身体を硬直させる。

 獣人族は格下の獣系統の魔物を視線だけで屈服させることが出来るのだ。

 それにしても、あれだけユーリを笑っていた奴らなのに、大したことがないな。

 ウォルクはサーベルホワイトウルフを睨んだままユーリに尋ねる。

 

 

「ユーリ=クロードベル。君はB級の試験から受けるつもりのようだが、アレを一人で倒せるかな?」

「大丈夫です。この前の仕事の時も仕留めましたので」

「……それはロイがいたからじゃないのか?」


 ウォルクはちらっと俺の方を見る。

 ま、普通は信じられないよな。

 E級の冒険者が一人で倒せるような魔物じゃないからな。

 

「問題ないよ」

 

 ユーリは頷いて前へ出た。

 受験者の男達はぎょっとしていた。

 自分たちよりも小柄な人間がB級の魔物を倒せるわけがない。

 あっさり突き飛ばされるのがオチだ。下手をしたら死んでしまうかも……と顔を真っ青にする者もいた。

 ウォルクが視線を逸らすと、サーベルホワイトウルフが赤い眼を光らせ、威勢のよい声を上げ、ユーリに突進する。

 


 ウォォォォォッッッ!!


 今にも身体を引き裂かんといわんばかりに飛びかかる魔物。

 サーベルのような牙がユーリの頭上にきた時、彼女は既に動いていた。

 

 「――――っ!!」


 牙が到達するよりも先に、サーベルホワイトウルフの懐に飛び込んだユーリは一文字を描くように、剣を横に薙いだ。

 魔物は声を上げる事もなく倒れる。

 首を跳ねられたからだ。


 その場にいた男達は目を丸くし、顎が外れるのではないかというくらい、あんぐりと口を開ける。

 ユーリはウォルクの方を見た。


「これで良い?」

「あ…………ああ、合格だ。その分ならA級もいけそうだが、どうする?」

「もちろん挑戦する」

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