第7話 絶品の朝食

「お前は人として転生することになった」

「ヒト?」

「人という脆弱な存在として生きろ、ということだろう」

「……」


 ……また、あの夢だ。


「この円陣が光った瞬間、お前は人として転生することになる」

「分かった……ウッド、お前はここから離れていろ」

 

 もう見飽きた夢だ。

 分かったからこれ以上俺の夢に出てくるな。

 そんなことを思いながら俺はウッドの頭を撫でた。

 足下の円陣が輝きだしたその時。


「待って!!!」



 一人の女性が光る円陣の中に飛び込み、俺に抱きついた。

 え……!?

 いつもの夢と違う。

 一体誰だ、この女性は。

 彼女は顔を上げ、俺の目を見詰めてきた。

 綺麗なブルーパープルの瞳が俺の姿を映す。


 ユーリ!?


 ◇・◇・◇


「………………」


 目を覚ますと見慣れたベッドの上だった。

 いつもなら、何ともいえない疲労感が襲ってくるのに、今日は妙に頭がすっきりしている。

 俺はゆっくりと起き上がりながら、今日見た夢の内容を思い返していた。

 もう飽きるほど見た前世の夢に、ユーリが登場してきた。

 夢と現実がごっちゃになっているな。

 彼女と一つ屋根の下で暮らすことになった事が、俺にとってはそれだけ衝撃だったのだろう。


 俺の自宅は商都エトから徒歩だと一日以上かかる場所にある名も無い山の中。

 山ごと俺が買い取っているので一応私有地だ。

 近くには小川が流れ、家の裏手には温泉もある。

 家は木造の一軒家で、魔石により室温も調整できるから快適そのものだ。

 

 今日も平穏な朝。

 外から聞こえる山鳩の声。

 自宅近くある河のせせらぎ。

 窓を開けると爽やかな風。


 前世の時は寝覚めから世界が殺伐としてたからなぁ。

 平和な世界っていいよな。

 二階の寝室から一階に降りると何だか良い匂いがする。


「ロイ、おはよう」


 窓に差し込む朝日を浴び、今日も後光全開のユーリ君。

 彼女は今、朝食を作っている。

 エプロン姿、よく似合っているな。

 白い無地のシンプルなエプロンは俺が今まで使っていたものだけど、やっぱおっさんがするよりは可愛い女子の方がよく似合う。


「ロイ、コーヒーにする? 紅茶にする?」


 ユーリは小首を傾げて尋ねてくる……お前は俺の奥さんかよ!? 

 内心動揺しつつも、平静を装って「コーヒーを頼む」と答える。

 ユーリは頷いてから、キッチンへ向かった。

 いつもと違う雰囲気に、俺はぐるりと周囲を見回す。

 よくよく見ると、ダイニングが綺麗になっている。清浄魔法クリーンでもかけたのだろうか?

 何だか部屋がキラキラしているような気がする。

 そして席につくと、テーブルの上に置いてあるあるバラエティー豊かなメニューに目を見張った。

 見るからにふわふわそうなオムレツ、柔らかそうなパン、それに野菜がたっぷり入った鶏のスープは湯気がたっている。

 胡桃のサラダ、果物もこの山で取れる新鮮な山ぶどうだ。

 どれも美味そうで、思わず涎が出そうになる。


「冷めない内に食べようか」

「あ……ああ」


 ユーリに勧められ、俺はドキドキしながらも手を合わす。

 そしてスプーンを手に取り、さっそくスープを一口頂く。

 

「!?」


 傍から見たら大袈裟な反応かもしれない。

 だけど、衝撃的なくらいに美味い。

 一体どこをどうしたら、こんな美味いスープが出来るんだ?


「あ……あの、口に合わなかった、かな?」

「まさか! こんな美味いスープ初めてで驚いたくらいだ」

「お世辞を言わなくてもいいよ。仲間からも色々文句を言われてきたし」

「は!? この激うまスープに文句を言う奴がいるのか!? 相当な贅沢をしてきたんだな。こいつはSS級の料理人並のスープだぞ!?」

「そ、そんな、褒めすぎだよ!!」


 照れているのか顔が赤い。

 そんなに褒められたことがないのか? 

 スープはじっくり煮込んだ野菜と鶏の出汁と旨みがよく出ている。鶏肉も柔らかく、程よい弾力感がある。オムレツも極上のふんわりとろとろ感。口に入れた瞬間、バターと卵の味が同時に広がり夢見心地になる。大袈裟かもしれないが、本当に夢に出てくるような食べ物なのだ。

 パンは焼きたてで香ばしく、柔らかすぎでもなく、硬すぎでもない。スープに浸しても美味しく食べられる。


「こんなに美味しいのは、ユーリの気持ちが込められているのもあるかもな。自分の料理が皆の力になって欲しい……そんな気持ちで作っていたんだろ?」

「……ロイ」

「ありがとな。この料理食べたら一日中元気でいられる」


 俺は素直な気持ちをユーリに伝えた。

 すると彼女のブルーパープルの目からぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。

 え!? 褒めたつもりなのに……泣かせてしまった!? 

 焦る俺に対し、ユーリは指で涙を拭いながら言った。


「料理……こんなに喜んで貰えたの初めてで」

「勇者たちは喜んでいなかったのか? 美味いもん食べたら自然と笑顔が出てくるもんだろう?」

「僕の味付けが至らなくて……皆にはなかなか満足して貰えなくて……」



 はぁ!? こんな美味い料理のどこに不満があるんだ!?

 あいつら救いようがないぐらい馬鹿舌なんじゃないのか? そうとしか思えない。


「だから、お世辞でも、嬉しい……」

「だからお世辞じゃねぇって。勇者達以外の奴らも美味しいって言う筈だ」

「そうかな?」

「それとも俺の言うことが信じられないか?」

「ち、違うよ!! 信じていないわけじゃない!! でも……その実感が沸かなくて」


 ユーリの言葉に、俺は拳を握りしめた。

 あいつら彼女が心をこめて作った料理に、どんだけ不満を言っていたんだ!? 

 絶対これ以上の料理作れる奴なんかなかなかいねぇぞ!?

 俺からすれば金を出してでも食べたいくらいに美味い。あっという間に胃袋を掴まれちまったのに。 

 どう考えても勇者とその仲間がそろいもそろって味音痴だったとしか思えない。


「毎日ユーリのスープ、飲んでいたいぐらいだ」

「毎日……?」


 目をぱちくりさせて首を傾げるユーリに、俺も無意識に言ってしまった自分の言葉が恥ずかしくなって顔が熱くなった。

 今の台詞、まるで結婚の申し込みみたいじゃないか?


「い、いや、それだけ美味しいってことだ」

「あ、う、うん……喜んで貰えて良かった!」

「メシは前にも言ったが当番制だから、毎日じゃなくていいんだけど、また、このスープ作ってくれないか」

「もちろん。ロイに美味しく食べて貰えたら僕も凄く嬉しいから」


 本当に嬉しそうなユーリの笑顔、そしてその言葉に俺もまた嬉しくなる。

 いいだよな……優しいし、思いやりもあって。

 黙々と食事をする今の時間もなんだか心地が良い。

 パンをちぎって食べるユーリの顔を見ながら俺は複雑な表情になる。

 思い出すのはあのすかした勇者の顔だ。

 あいつは彼女のことを役立ずだと罵っていたが、こんな美味い飯を作ってくれる仲間に対し良くそんな事が言えたな。勇者の仲間も彼女のことを小馬鹿にしていた。

 あいつら食の大切さを分かってないんじゃないのか?

 

 ユーリはもっと称えられてもいい存在だ。

 勇者たちに馬鹿にされていい存在じゃない。

 まずはユーリを自立させることから始めないとな。

 E級じゃ、ろくな依頼が来ないから、昇級試験を受けさせて、より条件のいい仕事にありつけるようにしないといけない。


「ユーリ、朝食を食べ終わったらギルドの館に行くぞ」

「新しい仕事?」

「いや、昇級試験を受けに行くんだ、お前のな」

「……!?」


 頬を紅潮させ、目を輝かせるユーリ。

 本当はずっと自分の可能性を試したかったんだろうな。

 しかしすぐに不安な表情になる。


「でも、本当にいいの? 僕が昇級試験を受けても」

「昇級試験は誰でも受ける資格がある。勇者の言葉は忘れろ」

「うん……」


 追放された時の事を思い出したのか、やや暗い表情になるユーリの肩を俺はトントンと叩いた。

 試験を受けたら、彼女は分かるだろう。

 自分の実力が本当はどの位なのか。

 勇者やその仲間に植え付けられた認識が間違っている事に気づかせるのが一番の目的だ。

 

「試験も難しくはないから、気構えずにやればいい」

「う、うん……頑張るよ」


 やや緊張した面持ちになるユーリは頷いた。

 そんなに緊張しなくても、彼女なら余裕だと思うんだけどな……でも、俺がそれを言うことで余計に緊張してもいけないので、取りあえず黙っておくことにした。




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