第4話 職業は雑用係でした

 俺はロイロット=ブレイク。

 前世は……だった男だ。

 今、俺は夢を見ている。もう、何度も何度も見ているから分かっている。

 これが夢だって事くらい。

 白い天井

 白い床

 足元に描かれた円陣には神紋や神文字が描かれている。

 魔法使いが使う魔法陣のようなものだな。

 あーあ、何度同じ夢を見たら気が済むんだろ、俺って



「お前は人として転生することになった」

「ヒト?」

「人という脆弱な存在として生きろ、ということだろう」

「……」


 人として生まれ変わるのか……それも悪くないな。

 もう争いの絶えない日々に疲れ切っていた所だ。

 その時、一匹の子犬がトコトコと俺に歩み寄ってきた。

 俺はその子犬の頭をよしよしと撫でる。

 

「この円陣が光った瞬間、お前は人として転生することになる」

「分かった……ウッド、お前はここから離れていろ」


 俺は言うが、子犬のウッドは首をぶんぶん横に振る。

 馬鹿だな……お前も一緒に行くってか?

 あくまで離れようとしないウッドの頭を俺はもう一度撫でる。


 俺は覚悟を決め目を閉じた。

 円陣が光り始める。

 もし生まれ変わることが出来るのなら、今度はもっとのんびりした生活を送りたい。

 地味でささやかな生活を……。



 ◇・◇・◇

  


 朝。

 目を覚ました俺は、何ともいえない疲労感に息をつく。

 時々見る前世の夢。

 前世アレだった俺の有罪が決まった時だ。


 あの夢を見た朝は、何ともいえないくらい気が重い。

 

 顔を洗うべくのろのろベッドから立ち上がる。

 洗面台の前に立った俺は鏡に映る自分の顔を見る……見てくれは、まぁ、悪くはないと思う。可もなく不可もない容姿だ。

 やや垂れ目がちな目、反対に眉は細くつり上がっている。三白眼なせいもあって、目つきが悪いと言われることもある。

 少し無精ひげが目立ってきたな。明日こそは剃るか。

 猫っ毛だがサラサラだと評判の髪の毛は金髪だ。

 背は高い方だと思う。

 三年前に計測した時には百八十五センチあったか。

 ちなみに、センチとは長さの単位の一つで、細かい単位だとミリ、もっと長い単位だとメートル、キロメートルで表す。何故、この単位が使われるようになったか知らんが、ゼノリク神がどこかの世界で使われている単位を参考にしたという説がある。

 


 百八十五センチという身長は平均よりやや高めではあるが、巨漢な人間や長身な人間が多い冒険者達の中にいると全く目立たない。

 年は多分三十代半ばから後半くらい。

 幼い頃の記憶がないんでね。正確な年齢は分からない。

 孤児院に拾われた時が二、三歳ぐらいの頃だったらしい


 慎ましい生活を満喫している俺を見た他の冒険者達からは、年齢にしては覇気がない、野心がない、達観した老人のようだと言われることがある。

 前世の記憶が俺を老成させ

 そんな俺にもまだ、ときめきというものが残っていたらしい。


「ロイ、おはよう」


 既に身支度を調えたユーリが宿の隣の部屋から出てきて、挨拶をしてくる。

 朝日の光が後光に見えるのは気のせいか。

 眩しいほど綺麗な笑顔だ。

 

「あ、ああ……おはよう」


 笑顔に見蕩れながら、俺は上ずった声で挨拶。

 俺は自分の気持ちを落ち着かせるために一度咳ばらいをし、今日の予定を彼女に告げることにする。


「朝食が終わったら受付に行くぞ。冒険者の登録をしておかないといけない」

「あ……う、うん」


 首都や王都などをはじめ大きな町には必ずギルドの館がある。

 勇者のパーティーから追放されたユーリは、働くために冒険者としてギルドの館で名前を登録しないといけない。


 

「剣の代金と洋服の代金、あと宿代もなるべく早く返すね」

「別にそんなに急がなくてもいいぞ」


 真面目なユーリの言葉に俺は肩をすくめた。

 実際、金に困っているわけでもないので、そんなに急いで返してもらわなくても構わないんだよな。

 無理のない範囲で返済してほしいところだ。 


 ◇・◇・◇


 冒険者ギルドの館 エト支部。

 俺たちはさっそく受付へ行って、ユーリの名前を登録してもらうことに。

 ここに登録しておけば、魔物討伐の依頼を貰うこともできるし、討伐した魔物の賞金や魔物を買い取ったお金も手に入れることが出来る。

 受付嬢であるエリンちゃんは、まだ十二歳だが、しっかりした娘だ。

 登録が初めてのユーリにも、書類の書き方や手続きの仕方なども親切に教えてくれる。

 ふと名簿のリストに目を通していたエリンちゃんはユーリに尋ねる。


「ユーリさん、もしかして以前、パーティーにいませんでした? 勇者様の」


 ギルドの名簿には、勇者の名前も登録されている。

 全世界のギルドの名簿に勇者の名前は書かれているのだそう。旅の先々で、勇者をサポートできるようにするためだ。

 当然ユーリの名前も入っているのだ。

 

「僕は役立たずだと言われて、パーティーを追われたので」


 エリンちゃんは何とも言えない複雑な顔になる。

 ユーリは話を続けた。

 

 

「幼なじみが勇者で。村を出る時、彼を護衛する為に僕もついて行ったんだ。でもだんだん戦いの役には立たなくなって」

「……」


 最初は勇者の守護者として彼を守ってきたのだろうが、勇者のレベルが上がり、凡人だった彼女はそれについていけなくなった……ということか。

 だからパーティーを追われることになったのか。

 エリンちゃんは気遣うようにユーリに言った。


「元気出してください。ユーリさんが請け負えそうな仕事が出来たら、真っ先に回しますから」

「あ、ありがとう」

「ちなみにユーリさんはどの職業で登録されていましたか? こちらには名前は登録されているのですが、職業の欄は何も書かれていないので」

「……前は雑用係として登録してました」


 ユーリの答えにエリンちゃんは戸惑いの表情を見せる。

 雑用係って……そんな名称で登録する奴いないぞ?

 俺は何ともいえない嫌な気分になりつつ、ユーリに尋ねる。


「まさか、勇者にそう登録しろ、と言われたのか?」

「はい。僕は剣も、魔法も際立って得意なものがなかったもので」


 だからといって、雑用係はないだろう? 

 そいつは職業の名前じゃない。

 それで登録するギルドの館も問題だな。エト支部は恐らく職業名じゃなかったから空欄にしておいたのだろう。


「でも剣も魔法も使えるってことだろ?」

「はい、一応」

「エリンちゃん、ユーリには魔法剣士として登録しておいてくれ」


 エリンちゃんは大きく頷いて概要欄に魔法剣士と書いた。

「勇者様、最低……」と小声で呟きながら。

 

「ちなみにユーリさん、治癒魔法は使えますか?」

「あ、はい。少しでしたら」

「では診療所や病院の依頼も入ったら知らせますね」

「あ、ありがとうございます」


 こうして無事に登録はすんだわけだが、ロビーの壁に貼ってある求人や募集、依頼書を見た限り、E級が出来そうな仕事依頼はなさそうだな。

 これじゃいつ仕事がくるか分かったもんじゃない。依頼が来たとしても、弱い魔物退治の仕事はあまり金にならないしな。

 俺はユーリの肩を叩いて言った。


「ユーリ、とりあえず俺を手伝ってくれないか? パートナーとしてお前を雇うことにする」

「え……でも」


 戸惑うユーリに俺はニッと笑う。


「その方が手っ取り早く宿代や服代も回収できる」

「だ、だけど、僕は役立たずなので……」

「心配するな。無理そうなら遠くから補助呪文を唱えてくれときゃいい。E級でもそれくらいのことは出来るだろ」

「それくらいなら。足を引っ張らないように頑張る」


 頬を上気させ、両手の拳を握りしめるユーリ。

 よしよし、張り切っているな。

 可愛い娘はやっぱり明るい顔がよく似合う。

 勇者一行といた時は目が死んでいたもんな。

 いくら役立たずだからといって、こんな可愛い娘を、あんな見せしめのように解雇するなんて、勇者は何を考えているんだか。 

 登録を済ませた俺たちはその脚で、宿屋の隣に建つ散髪屋に行くことに。

 ユーリのぼさついた髪を整えてもらうことにしたのだ。


「あ……あの、どう?」


 髪を整えたユーリが散髪屋から出てきた。

 恥ずかしそうに頬を染め、上目遣いでこっちを見てくる。

 俺は極力クールな態度で「いいんじゃないか」と答えてみせた。前髪を切りそろえ、短く整えて貰った彼女は、少し少年の面影を残した凜々しい美少女に。


 やばい……とんでもなく可愛い……。


 思わず壁をバンバン叩きたくなっちまうくらいに可愛い。

 もちろんいい大人なのでそんなことはしないが。

 俺があと十年……いや二十年若かったら、本当に壁を叩いていただろうな。

 こっちを見て首を傾げてくるユーリに、俺はドキッとする。


 ――……何、浮かれているんだ、俺は。

 

 俺はあくまでユーリの保護者のようなものだ。

 彼女の自立を手助けしているに過ぎない。

 あまり情を抱かないようにしないといけない……そうしなきゃ別れが辛くなる。

 心の中でそう言い聞かせるものの、ユーリと目が合うと自然と頬が緩んでしまう。


「髪、すっきりして良かったな」

「うん、何か世界が明るくなったような気がするよ」


 今まで視界が前髪に覆われていたもんな。

 心なしか表情も明るくなったような気がする。

 

 まぁ、いいか。一緒にいられる間は素直に浮かれたって。

 まずは彼女が明るく楽しく生きていけるようにしないといけない。

 だったら一緒にいる俺がまず、明るく楽しく過ごさないとな。

 


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