第2話 追放された少年(!?)
この世界の名はゼノリク・エネリスと呼ばれている。
創造神ゼノリクが作った世界、という意味だ。
今住んでいるルメリオ大陸は四方海に囲まれていて、東海には魔族が住むネルドシス大陸、西海にはエルフ族が住むフェリアナ大陸、 北海と南海は、ルメリオ大陸同様人間をはじめ、様々な種族が住んでいる大陸や島国がある。
他にも小さな島国から大きな無人島まで色々あったりするが、全部説明すると長くなるので、今はその説明は省くことにする。
俺が今住んでいる所はルメリオ大陸の西南にあるエトワース王国。
商都エトは海に面した都なので貿易が盛んだ。多くの冒険者も出入りしているので、冒険者ギルドの館も大規模だ。
館の敷地内が小さな町のようになっていて、武器屋、防具屋、道具屋から、銀行、魔物取引所、薬草取引所、飛空生物貸出所、宿泊施設などがある。
すぐにでも少年を冒険者として登録したいところだが、今日の受付窓口は終了してしまっているからな。
明日の朝、登録しようと思う。
今日はもう遅いので少年と共に冒険者ギルドの館の敷地内に建てられた宿泊施設に泊まることになった。
とりあえず風呂だな。風呂。
魔物を倒した後は、服を含めた全身に
ギルドの宿泊施設は風呂がいいんだよな。部屋付きの露天風呂。それに湯は源泉掛け流しだ。お肌もつるつるになるってもんよ。
風呂から上がると、俺の方を見て少年が顔を赤くしている。
うん?
ああ、タオル一枚しか巻いてないからな。
俺の肉体美に見惚れたか? 外見は冴えないおっさんかもしれんが、脱いだらすごいぞ? 魔物狩りが日常だからな、体はある程度鍛えておかないとな。
少年よ、お前もこれくらいは鍛えておけ……と言うのも余計なお世話か。
「お前も風呂に入って来いよ」
「……そこまで世話になるわけには」
「そんなボロボロでうろつかれる方が迷惑だ。早く入れよ」
「……はい」
俺に促され、少年はのろのろと立ち上がり、ふらふらした足取りで風呂場に向かう。
なんか、疲れた老人みたいだな。若いのに。
それにしてもボロボロの服はもう着られたもんじゃないな。下の店で新しい服を調達しとくか。
オーソドックスな冒険者の服が売っていた筈。
一階の売店に行って尋ねてみると、冒険者の服は今在庫を切らせているらしく、魔法使いのマント、チュニックならあるのだそう。
まぁ仕方がない。何も着ないよりはマシだろう。
俺は青いチュニックと紺のマントを購入し、ついでにヘアピンも買っておいた。あの前髪じゃ前が見えないからな。後で散髪するとして、とりあえず前髪をヘアピンで留めるようにした方がいいだろ。
それらを脱衣所の前に置いておいた。
「お風呂、出たよ。本当にありがとう……お風呂に浸かるって、気持ちがいいな」
今まで満足に湯も浸かることが出来ていなかったんだな。
魔法使いの服を着た少年はほっこりした表情を浮かべ、濡れた髪をタオルで拭いていた……あれ? 少年??
男じゃ絶対に有り得ない胸の膨らみがある。
――――え!? まさか女子!?
さっきの服はだぼついた麻の服だったから気がつかなかったけど、少年じゃなくて少女だったのか?
最初は十五、六歳の印象だったが、もう少し年上なのかもしれない。
ヘアピンで前髪をとめているので、顔もはっきりと見える。
か……可愛い。
さらさらの黒い髪の毛に、長いまつげに覆われたブルーパープルの目。ややぼさついたボブカットが野暮ったいものの、どこからどう見ても可愛い。
「す、すまない……君がその男だと思って、男物の服を用意してしまった」
「あ、気にしないで。僕……いえ私自身、女であることを隠していたから。バレないよう胸もずっと布を巻いていたし」
さっきよりも声のトーンも高い。女であることを隠していた程だ。声のトーンもわざ低くして喋っていたのだろう。
「隠して? じゃあ、君が女性だってこと、勇者たちは知らないのか?」
「バレていないと思う……幼い頃、勇者の守護を村長から命じられた時、女であることは捨てるように育てられたから」
聞くところによると、彼女は勇者と同じ村出身で、幼い頃、勇者の守護者になるよう村長に命じられたとか。
だけど勇者のパーティーを追放された今、男装の必要もなくなったので、本来の姿に戻ったらしい。
まぁ、村長が性別を隠せと言いたい気持ちも分かる。こんな可愛い娘と一緒に旅をしていたら、勇者が恋にかまけて魔王退治も怠りそうだ。
でも勇者と共にいたローザも美人だし、魔法使いの女の子も可愛かったし。結局女を侍らせながら旅をしているんだよな。村長の気遣い、無駄に終わっているじゃねぇか。
あ、宿の部屋別々にしないとな。女子と同じ部屋に泊まるわけにはいかないからな。
「服まで用意してくれてありがとう……宿代と一緒に後で必ず返すから」
「返すって、見たところ一文無しみたいだが?」
「う……いや、働いて返すから」
「働いてねぇ。君、冒険者ランクはいくつなんだ?」
「……E級」
E級!?
勇者のパーティーの一員なのに最下級ってか!?
……ああ、まぁ、そりゃ解雇されるか。E級の冒険者が請け負える仕事ってなかなかないんだよな。普通に食えるくらいになるにはせめてC級にならないとな。
しかし剣も持ってなさそうだし、どうやって魔物と立ち向かうんだ?
体つきを見た限りじゃ、それなりに鍛えてそうだけど、素手で戦う格闘家ではなさそうだし。魔法でも使うのかな?
そうだとしても、武器を持たずに冒険をするのは無謀というもの。
「今使ってない剣があるからやるわ」
この前購入したものの、俺には使い勝手が悪かった代物だ。
剣の柄の真ん中には赤い魔石がはめ込まれている。
通常攻撃魔法を使う時、杖を持っているのが原則だ。そうじゃないと攻撃力が半減するからな。
魔石がはめ込まれた剣は魔法使いの杖と同じ役割を果たす。
俺も一応魔法が使えるから買ってみたのだが、剣として使うには小さく、短剣として使うには中途半端な長さだったので、全然使っていなかった。
女子なら丁度いいサイズだろう。
俺は鋼の剣を彼女に渡した。
「い、いいの!?」
「ああ、剣代もその内返してくれればいいから」
「……何で僕……いえ、私のためにここまで? 今日出会ったばかりなのに」
うーん、確かに。自分でも気がつかなかったが、俺はけっこう世話好きだったのか?
しかし、あのぼろ姿を見たら、普通は放っておけないだろう?
ただ、剣まで渡すのは、ちょっと入れ込みすぎたかもしれない。
とりあえず素直な気持ちを言葉にしてみる。
「うーん、君が可愛いからかな?」
「え……?」
「おじさんは、可愛い娘には弱いんだよ」
「か、からかわないでよ!! ぼ、僕……いえ私は、ちょっと前まで男として生きてきたんだ。全然可愛くなんかない!!」
「無理に、一人称を私に直さなくてもいいぞ」
「い……いや、で、でも」
「僕という一人称の女の子も可愛いと思うけどな」
「だから、可愛くないって!!」
俺の言葉を聞いて、彼女は焦ったように否定する。
思った以上に初々しい反応だ。あまり可愛いって言われたことがないのかな? 男装して今まで生活をしていたのだから無理もないか。
照れているのか、恥ずかしそうに俯く彼女の顔は、お世辞抜きで可愛い。
地味な生活を続けるのであれば、これ以上勇者の元仲間とは関わらない方がいいのは分かっちゃいるんだけどな。
パーティーから追放されて、突然独りぼっちになってしまったこの
もう一緒の宿に泊まっているし、剣まで貸しちまったし。ここまでしておいて、名前も知らないってのも変だろう。
俺は彼女に名前を尋ねた。
「名前、何て言うんだ?」
「ユーリ……ユーリ=クロードベル」
……ドクンッ!
な、何だ?
名前を聞いただけだ。
なのに何故か胸を突かれるような衝撃を覚えた。
特にユーリという名が引き金のように感じた。
まさか俺の前世に関係しているのだろうか?
何しろ前世の記憶を全部覚えているわけじゃないからな。
前世アレだったことは覚えているし、訳あってこの世界に転生したことも覚えているけど、一番大事なことを忘れているような気がする。
ユーリ……。
心の中でその名前を呟いてみる。
何か一瞬思い出せそうだったんだけどな。
自分でも訳が分からない動揺を巧みに隠し、俺もまた自己紹介をした。
「俺はロイロット=ブレイク。ロイって呼んでくれ」
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