雪の結晶が織りなす、「京都花街の恋物語」

神崎 小太郎

最初の冬

第1章 新たな期待

 

 千二百年の歴史を刻む京都は、息をのむほどの美しさに満ちあふれる街だ。かつて「平安京」として繁栄した時代から源氏物語の舞台となり、訪れるたびに四季の移ろいに魅了される。

 

 春はさくらが咲き乱れ、夏はまつりが賑やかに、秋はもみじが目を楽しませ、冬は雪帽子が街をやさしく包む。僕はその変化に心惹かれ、カメラを手に街を歩いた。


 京都の街には、僕自身の心を癒してくれるものがあるようだ。それは「悠久の時」が紡ぐ、古都ならではの美意識や哲学なのだろうか……。


 縁結びの神が棲む海や山里、そしておやしろには、誰も気づかない秘密の魅力がある。そこには、古代の伝説や神話が数多く息づいており、恋人たちに幸せをもたらしてくれる。

 若者たちの純粋な愛を見守り、ときには羅針盤として道案内してもらえる。そんな神々が好むのは、冬の白銀の世界だという。


 僕はずっとそう信じている。


 冬の季節は、恋するふたりにとって特別なひとときだ。木枯らしに抱かれる源氏物語の聖地で、彼らの心にぬくもりが広がり、想いが重なり合う。

 雪に覆われた大地は、シャクシャクと音を立てて足元に沈み込み、空気は冷たく澄んでいる。寒さに耐える生き物たちは、春を待つ命の息吹と希望に満ちている。


 六角形の天使の囁きは、放置された線路に白い絨毯を敷き詰めながら、淡雪の華を咲かせてゆく。張り詰める清らかな空気に一層キラキラと光り輝き、風花かざはなのように悠久の時を刻むそらへと舞い上がる。


 空を見上げて耳を澄ませば、しんしんと迫る音色すら聴こえてきそうだ。凍てつく寒さにもかかわらず、自分を忘れて立ち尽くしてゆく。

 やがて、空から降り注ぐ光が、雪の結晶を照らし出す。それはまるで、天使たちが鳴らす鈴のように、心に響く。その音色に耳を傾けながら、自分の存在を確かめる。


 人々は、雪の中で一瞬だけ光る儚き冬蛍。でも、僕はここに生きている。この鼓動と刹那を愛していく。空に消えてゆく雪の模様に思わず独り言を漏らしてしまう。


「なんと美しいのだろうか……」


 美しいという言葉だけでは、なんとも形容しがたい景色だった。自然の壮大さに比べれば、僕などちっぽけな存在だ。この景色をひとり占めできるなんて、神様からの幻想的で儚くも美しい贈り物だと感謝している。忘れないように写真に残していた。


 欲を言えば、メインとなるモデルさんのいないのが、心残りだった。本当なら大学時代の彼女、はるかと一緒にこのかけがえのない景色を見たかった。

 彼女は僕の写真のモデルをずっとしてくれた。でも、僕たちは別れてしまった。今ごろは、きっと実家に帰ってもう結婚していることだろう。


 目のあたりにするのは、先人たちが創り上げた名所の「蹴上けあげインクライン」だ。明治から昭和にかけて京都市内へ舟を運ぶために造られた鉄道だった。

 変わりつつある時代の中でレールだけが取り残され、長く煙を棚引かせる蒸気機関車は通っていなかった。


 白く染まりつつある世界に足跡をつけないように歩きながら、儚げな景色にレンズを向けた。ファインダーを覗き込み、一瞬静寂を破る如くシャッターを切っていく。なぜかしら、自分の行く末を物語っているように感じてきた。

 僕はこの景色を見て、かつて自分で描いた恋愛小説を思い出した。残念ながら、途中で筆を折ってしまったが最後まで書いてみたくなった。



 僕の名前は、神崎 悠斗かんざきゆうと


 名乗るほど、際立つ写真のスキルや文学の素養があるわけではない。けれど、磨ぎ澄まされた感性の持ち主だと自負している。

 一方では優しすぎると見られ、変わった奴だとからかわれてきた。自分の力で心の奥底まで覗き込めるならば、繊細に光り輝く星の欠片に目が留まったことだろう。

 苛められるたびに、「今に見ておれ」と固い決意を感じ取り、迷いや恐れを振り払い、新しい未来を掴もうとしてくる。


 僕は写真に夢中になっていた。カメラは僕の感性を伝える魔法の道具だった。そのレンズに映る世界は、いつも色彩に溢れていた。画像に映し出せば、失恋の傷跡も癒されると信じていた。


 高校を卒業して、大学に進んだけれど、プロカメラマンになる夢は諦めきれなかった。だから、大学を中退して、京都の造形芸術専門学校に転入した。



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