第2話
切った指先で何をするのか。見た目的にソーセージに似てるから、焼き目をつけて机に飾っておくのがいいんじゃないかなと思う。まだちゃんとは決めていない、見切り発車の思いつき。私はネクタイを結びながら、自分の指の配置を考えていた。せっかく切り離されたんだし、親指から小指の順番とか右とか左とか、関係なく置いてもいい気がする。
師匠の家から帰るとすごくふわふわとしていた。人形のくぅちゃんと話すと、普段うまく言えないことまで喋れた。跳ねたり叫んだり全身を使ったのに身体の中に元気が溜まっている。この最高の身体の状態で寝ると、朝までぐっすり眠れる。制服のままですぐに布団に入って寝てしまったから、朝起きたらスカートがしわくちゃになっていた。手で伸ばしても直りそうにないから、私はそのまま家を出ることにした。
学校はいつもギリギリに行って、自分の席で静かにしている。じっとしていると、クラスの中では空気みたいな存在になる。くぅちゃんみたいに一から十まできちんと訊いてくれる人ばかりではないから、学校では基本的に喋らないようにしている。だから昨日、貯めれるぐらい喋った。けれど喋らないということは、身体の中で考えるということで、沢山ある思考の中から一つだけを取り出して考えるのは難しい。だから、いつまでだっても私の中の指先論争は答えが出なかった。
私は人の目に留まらないように、そっとスマホを開けた。
『師匠、昨日はありがとうでした。たくさん吠えてすっきりしました。今日はちゃんと学校に行けました。授業もなんとか頑張ります』
本当は手紙の方が交換してる感じがあって好きなんだけど、字が汚くて師匠には読めなくて私が読み上げなきゃいけないから、メールしている。師匠は私の字は味があるだけなんだと力を入れすぎてボコボコしている紙を触りながら慰めてくれたけど、手紙は伝わらなきゃ意味がない。
私のメールアドレスはキーボードをバンって叩いて作ったからパスワードみたいで、よく怪しいメールと間違われる。師匠にも届いたり届かなかったりする。でもこういうのは礼儀が大事だから、師匠のところに行った時は絶対に送っている。
「何してるの?」
頭上から
首を縦横に振るだけでできる会話は、かなり限られている。私は紙に書いて答えようとした。筆談だと、まず一度頭で考えてから書くことができるから変なこと言わなくていい。
「わざわざ紙に書かなくてもいいよ。面倒でしょ」
私は大きく首を横に振った。杏沙乃は勝手に私のスマホを覗き込む。
「師匠って誰? 吠えるってなんのこと?」
このやりとりを毎朝してるから私が喋らないことなんて百も承知のくせに、メッセージの内容も絶対に訊かれる。とはいえ大して興味はないのか、私が何も答えないと話題はどんどん変わっていった。
「もうすぐテストあるじゃん? 私全然勉強してないや。最近先生たちテスト前でピリピリしてるからあんまり話しかけられないし、聞きづらいよね。でもいい動画見つけたから、最近勉強法をちょこちょこ変えてるの。でも今変えちゃうと合ってるのか分かるのがテスト後だから怖いんだよね。どうしよう、赤点だったら。菜連ちゃんは頭いいからいろんな心配しなくていいんだろうなぁ。うちの親から聞いたよ。学年トップ十なんでしょ? うらやましい。あ、動画といえば、こないだおすすめした動画みてくれた? 同じ人のやつで新しい動画があったんだけど、もうそれがすっごい面白くって、何回も見た! それでね、もう一回最初から全部見返しちゃうの。怖いよねー」
話はどこまでも続いていって、目が回りそうになった。杏沙乃の体内で考えが弾けて身体を打ち付けているんだろう。そう思うと杏沙乃の方が忙しない気がする。私の体の中は今飛び交っている考えは、数は多いけど、流れはとても穏やかだった。杏沙乃の話はいつまでもグルグル回っているだけで始まらない動画みたいに、最初の「もうすぐテストがある」でつまづいていた。
「聞いてる?」
杏沙乃が視線を合わせるように覗き込んでくる。杏沙乃の目は、黒目が大きくて、私のちょこんとした黒目ではとうてい太刀打ちできない。くぅちゃんのビー玉みたいな目ならいつまででも見ていられるのに、杏沙乃はだめだ。なんかあんまりにも生っぽくて、下手なことできないと思ってしまう。首を横に振ると、杏沙乃がつっぱっているような笑みを浮かべた。
「私、前になんかした?」
首を掠めるヒヤリとした感覚があった。傷ついたという目をして訴えるのは反則な気がする。勝手にやってきて勝手に苛立ちを覚えられても困る。それを首で表現するために、私は何度も大きく頷いた。首の骨がザリザリと変な音を立てたけど、気にせずに続けていく。作業にしていくということで、私は杏沙乃からぶつけられた感情からなんとかもがいて脱出しようとしている。
落ち着くまで続けていたら、頭がクラクラした。杏沙乃はとっくに自分の席に戻っていて、他の人と喋っている。一時間目のチャイムが鳴っていたけど、私は教室の外に出た。
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