第63話 ルハカは見た 2

 その日は結局、湯浴みと休憩、獣肉を除いた食事だけでのんびりと過ごした。心なしか、私の肌も柔らかく、しっとりとしてきた気がする。連日大変だったもの。秘所を後にするとき、何となくミルーシャ様に聞いてみると、ここ、王族が使う場所だったみたい。ひぇっ……。どおりで誰も居ないくせに綺麗に管理されてると思った。


 城に戻るとエリン様のお化粧。ミルーシャ様が提案しながらリスリさんが化粧を施していく。私もリスリさんの指示の元、爪の手入れなんかもお手伝いする。自分でも知りたかったしちょうどよかった。


 それにしてもエリン様、たった一日ですごくいい匂いになった。ミルーシャ様が策を弄した結果とはいえ、もともと体臭が少ないのか、それとも勇者の加護なのか。――ぐぬぬ。常に勝利しか見えない勇者の加護、ちょっと羨ましい。


 閨事に赴くための薄衣をエリン様が着る。初めて見た。布の折りやレースで大事な所を隠してるけど、すごく薄いし透け透け! それなのに丈夫で熱もあまり通さないんだって。これも西から入ってくる輸入物らしい。ここしばらく入ってきていないものだからお金に余裕が無いとこんなもの買えない。魔王討伐後すぐにリスリさんが手に入れたみたい。エリン様は綺麗だけど自分で着るのは無理無理の無理。


 暖かそうな毛皮のガウンを羽織ると準備完了。――あっ、エリン様、帯剣しなくていいから。聖剣スコヴヌングは置いといてくださいね。



  ◇◇◇◇◇



 エリン様のすぐ傍に用意されたお兄さんの部屋。私はミルーシャ様からお迎えを任された。


 返事があって戸を開けるとそこには鎧下とよく似た様式だけど、より洗練された貴族の衣装を纏ったお兄さんが居た。今の貴族の衣服の流行は鎧のデザインを意識した、鎧下ダブレットを基にしたものが多い。普段の鎧下とは全然違う。――ほぁ――なんて声を思わず漏らしてしまって恥ずかしい。


「ルハカ、お迎えありがとう」


 そう言ったお兄さん。私のことは妹みたいなものなのだろうか。着飾っても恥ずかしがりもしない。そしてもうすぐ、お兄さんはエリン様と結婚してしまう。


「――よし。もうひとつ。最後の仕上げだ」


 そう言ったお兄さんは呪文を詠唱キャスト


「――戦士化ヴァリアント


 お兄さんが戦士化ヴァリアントの魔法を使う。戦士化ヴァリアントは魔術が使えなくなる代わりに同格の戦士と渡り合えるくらいの体力と強靭さを得られる魔法。だけど、魔術師には普段、そんな魔法は必要ない。なるほど、こんな時のために使うんだ。


 ――なんて思っていたら――バチン――と弾けたお兄さんのボタンが飛んで、私の胸元へ。


「「あっ」」


 ボタンを受け止めた私は慌ててお兄さんの服の胸に手をやる。


「すぐに治します」


 ただ、はち切れんばかりに引っ張られた胸元の併せは、治したところで引っ張ってもボタンを留められそうにない。私は髪をまとめた先に付けていたリボンを解き、中ほどを小魔法キャントリップで服に留め、リボンでボタン穴を結び付けた。


「――ちょっと変ですけど、これでダメでしょうか?」

「いや、ありがとうルハカ。助かった」


「せめて体に合った服を用意してください」

「他に持ってないし、先に魔法を使うと着られなかったんだ」


 じゃあ――と部屋を出ようとするお兄さん。ただ――。


 ガバッ――とお兄さんに抱き着いてしまった……。


「…………お兄さん、わたくし、お兄さんのこと…………大好きなんです……。ずっとずっと、大好きだったんです。こんな時にこんなこと言うとお兄さんを困らせるのはわかってます。でも今日、言えないままは嫌だったんです……」


 お兄さんは私の目線の高さまで腰をかがめてくれ、抱いて背中をぽんぽんと叩いてくれる。


 ――そこはぎゅっとして欲しかった。


「ありがとうルハカ。オレがこうやってエリンと一緒になれるのも、ルハカがオレの尻を叩いてくれたおかげだ。ルハカが居なければオレは加護に囚われたままだっだはずだ。ルハカには感謝してもしきれない。ありがとう、オレを好きでいてくれて」


 お兄さんにとっては、やっぱり私は妹みたいなもの、ルシアみたいなものだったんだ。そうじゃなきゃ、結婚前なのに異性を抱いてくれたりはしない。ちょっと悲しかった。


「わ、わたくしはっ、ちゅーしてくれるまでは諦めませんからっ! お兄さんが加護に負い目を感じてたらそうするって言いましたよね! お尻を叩いただけじゃ済みませんから!」


 私はいつまでも浸ってたいお兄さんの胸元を押して離れ、扉を開けて先を進む。

 涙を拭いながら。



  ◇◇◇◇◇



 お兄さんとエリン様の簡単な結婚式が終わると、エリン様が腕を引いてお兄さんは扉の向こうへ行ってしまった……。


 残された私たちは、リスリさん一人では番ができないので三人で協力して部屋の番をすることに。ただ――。


「うぁぁぁあ……」


 リスリさんには夜はちゃんと寝てもらい、魔力の扱いに慣れた私とミルーシャ様が寝ずの番をしていた。


「どうしてまたやってしまうのかしらね、ルハカは。前回で懲りたと思ってましたのに」

「声が聞こえないように甲虫カブトムシにしたら、今度は目が閉じられないんです!」


 私はまた使い魔ファミリアを部屋に忍び込ませてしまっていたのだ。

 ――だって、気になるもの!


「ベッドの下に潜り込ませてはどうかしら?」

「あんまり賢くないし、甲虫カブトムシって初めてで慣れてなくて……」


「それでそれで? いまどんな感じ?」


 ミルーシャ様が子供の様な顔で聞いてくる。


「え、えとですね、お、お兄さんがエリン様を持ち上げるようにして……」

「あら、オーゼ意外と行動的なのですね。力もあるのかしら」


「お兄さん、戦士化ヴァリアントの魔法で強化してますので……」

「オーゼ、そんなズルしてるのですね」


「魔術師としては手段の多さは力です。お兄さんの今回のこの選択も悪くないとわたくしは思います」

「ルハカはオーゼがほんとうに大好きなのですね」


 そういうミルーシャ様だって、成人したときから神託ゆめに見た憧れの人だと言っていた。その想いがもう七年近く。そんな相手が他の女性を抱いているって……どんな気持ちなんだろう。


「――ルハカ?」


 ミルーシャ様がそっと涙を拭ってくれる。


「いえ、違うんです。ミルーシャ様だってお兄さんのこと、ずっとずっと大好きだったんですよね?」

「そうですね……」


「だったら辛いと思うんです。だってお兄さんは一途だし、振り向いてくれることは無いってわかってるんですから。……ミルーシャ様はどうしてそんなに強く居られるんですか?」


「強くないと生きていけませんでしたから……」

「ミルーシャ様……」


 ミルーシャ様はご自分の過去を語ってくれ――――くれようとしたのだけれど、寝室の方がすごいことになってきたので思わず声を上げてしまい、とりあえず今晩だけは二人で秘密の覗きの時間を分かち合うことにした。



 翌朝、リスリさんがワゴンとシーツの入れ替えに寝室に入るとき、こっそりと使い魔を抜け出させることに成功した。ただ、戸を開けている間にエリン様の声が漏れ出し、聞こえてきた。


 ――朝までずっとってどんだけ! 体力……というか魔力があるのよ!


 私は二人の尽きない性欲に、ちょっとキレ気味に地団太を踏んだ。







--

 ルハカの脳がピンチです。

 次回、ミルーシャ回?


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る