第62話 ルハカは見た 1

「ルハカ……ごめんね。皆にいっぱい迷惑かけちゃった……」


 ミルーシャ様とロージフのお陰でルシアはずいぶんと元気になり、王都に着くころには私とも話をしてくれるまでに回復していた。


「ルシア、わたくし、すごく怒ってます」

「うん……」


「お兄さんに酷いことを言って、魔法を撃って、皆にも迷惑をかけて。ルシアをひっぱたいてやろうってずっと思ってました」

「ごめんね……。ひっぱたいていいよ」


「じゃあ、いきますよ」

「どうぞ」


 ルシアはぎゅっと目を瞑る。

 私は右手を振り上げ――。


 ペチペチペチペチペチペチペチペチ――。


 ルシアは目を開ききょとんとした顔を見せる。


「ん~~~~~~~! やわやわ!」


 私は両手でルシアの両の頬を挟むように柔らかさを愉しんでいた。


 ――ずるい! なんでこんなにかわいいの! ほっぺやわやわだし!


 そのまま感情が昂った私は、ルシアにぎゅっと抱きつく。

 細いルシアが前よりもさらに細くなっていて弱弱しいのが胸に痛い。


「もう二度と、あんな風にならないで。どこにもいかないで」

「うん……」


 しばらくの間、そのままでいた私たちだった。



  ◇◇◇◇◇



「じゃあルシア、ミルーシャ様を借りていきますけど大丈夫?」

「うん、ロージフも来てくれるし、リーシアもよくしてくれるから」


 王都に戻ってすぐに忙しく過ごしていたところだけれど、エリン様の封印を解くという話になって、ルシアの部屋で寝泊まりしていたミルーシャ様がしばらくエリン様のところへ移ることになり、ついでに私もルシアに会いに来ていたのだ。



「ロージフさんも城で寝泊まりできればよかったですね」


 廊下を歩きながら、先程のやり取りを見たミルーシャ様が話しかけてきた。


「ロージフは――平民出の傭兵ごときが――などと言われ、城には部屋を持たせてくれないのです。それこそ加護でもない限り無理でしょう。同じ勇者一行の仲間でしたのに」


「では、早めにルシアも婚姻した方がいいですね」

「その場合はルシアのところにロージフが婿入りするだけで、男性の貴族に嫁入りした女性よりも扱いが悪いです。あなどられますから」


「そうでしたか。ままなりませんね」


 ルシアが以前の調子を取り戻したらそうでもなくなるだろうけれど……。



  ◇◇◇◇◇



「まずはエリン様の体を何とかしましょう。エリン様はあまりに匂いに無頓着すぎます」


 その日の夕食の準備の場で既にミルーシャ様はいろいろと指示を出し、張り切っていた。


 エリン様は鎧姿で居るのが大好きだ。訓練兵時代から、重量に慣れるためかいつも訓練用の鎖鎧チェインメイルを身に着けていた。当然、鎧下はまともに洗えない。ルシアに言われ、下に着るリネンこそ毎日洗濯していたけれど、鎧下の匂いはどうしても移る。そして女の子のクセに自分用の板金鎧プレイトアーマーなんかに憧れていた。討伐遠征では板金鎧をほぼ着っぱなしだった。これではお兄さんが変な匂いに嵌るのも仕方がない……。


「――丸一日しか時間がありませんから、せめて今晩の夕食からでも改善しましょう。獣肉を断って、野菜と芋と豆を多くとらせ、体から追い出しましょう。後は魚なら体に匂いが出ません」

「ああ、エリン様、お肉大好きですよね。あれも体から匂うんですね……」


 私も参考にしようとミルーシャ様のお話をメモしていった。

 夕食はエリン様がちょっと物足りなそうだったけれど、お兄さんのためと諭されていた。



 翌日は早朝から神殿に向かい、その後はどこから情報を仕入れてきたのか、ミルーシャ様の案内で貴族たちの訪れる温泉にやってきた。私も実家が温泉地だったので懐かしかったけど、王都の秘所ということもあってか同じ温泉でも――私の小さい頃の記憶が間違ってなければ――ごく小さな温泉でしかなかった。


 一糸まとわぬエリン様は相変わらずの溜息がつくようなプロポーションだった。少し前、ルメルカ王都で一緒に寝た時、夜中にちょっと触ったり揉んだりしたのだけれど、なんだかすごかった。これが男を惹きつける体か――などと妙に納得してしまったけれど、見た目もすごい。


「あっ、えっ? エリン様、どうして? 肌すごく綺麗……」


 ――いや、だっておかしい。鎧をあれだけ一日中着けているのに、体のどこにも痣や擦れで黒ずんだりしてるところがない。私なんか神殿で一日二日、鎧を着ただけで体のあちこちに痣ができていたし、擦り切れたりもしていた。同じ赤銅バーレの皆も鎧は好きではなかった。


「今の板金鎧は体に合ってるからそんなことはないかな。鎖鎧の頃は酷かったけれど」

「いや……いやいや、そんなの問題では無いと思うんです」


「あ、あと実は昔、手がボロボロに荒れてたのをオーゼが治してくれて、それから自分でも治したりしてるの。成人するまでは手の皮が薄くなるから大変だったけれど、成人してからは平気になったんだ」


 赤くなるエリン様。


「えっ、それって……」


 ――魔力をスキンケアに使う戦士初めて見たぁ。勇者の加護でさらに強化されてるんだこれ……。


「エリン様はいつもこうですよ。羨ましい限りです」


 湯浴みの手伝いに居た侍女のリスリさんが言う。


「オーゼのためなのですね、全部」

「そ、そういうわけでは………………いえ、確かにそうだったかもしれません……」


 ミルーシャ様に言われて照れるエリン様。

 ただ、そのミルーシャ様もすごい。大・地・母・神!――って感じ。

 ぼーん!――っていうか、どーん!――って感じ。

 なんで? 普段ゆったりした服だからわからないの?

 ただ、ほんの一瞬、震えているようにも見えた。気のせい?


 いいなあ。しかも背が高いから太っては見えない。男の人は、こういうのを好むんだろうなあ。それに比べると私は背が低くて、細いルシアと違ってどちらかというとぽっちゃりに近い。侍女のリスリさんは薄衣を着ているけれど、それでも私よりほっそりしてる。背もエリン様と同じくらい高いし。


 はぁ――と思わずため息が漏れてしまう。


 湯から出て、温かい石の台の上でエリン様がリスリさんによって体を磨かれる。磨かなくても十分綺麗な肌だったし、香油を擦りこまれていくと私もやってみたくなった――いえ、擦りこむ方を。ツンとしてるところなんて触れるとどんな感じだろうなんてドキドキして観ていた。ただ、今晩それをするのはお兄さんだと考えると一気に思考が曇る。


「ルハカ、大丈夫? 顔が赤いからそろそろ出ましょうか」

「ぁ…………はい……」


 しばらく汗が引くまで、リスリさんが用意してくれてたふわふわの衣に包まって温かい部屋でエリン様を待つ。王都暮らしはこういうところがいい。何でもあるし、清潔と言うだけで生活が楽。エリン様には赤銅バーレの団長に誘われているけれど、どうしよう。お兄さんの傍に居たいけれど、私なんかまるで相手にしてくれないし……。


「悩み事?」

「えっ…………そう……ですね」


「オーゼのことだけど、彼、領主になるでしょう?」

「はい、ですね」


「ルハカは側室でもいい?」

「えっ!」


 私はエリン様の方を見る。聞こえてはいないみたい。


「――正妻なんて絶対無理ですけど、お二人の間に入るのも無理そうなので……」


 私は諦めの言葉を返した。

 するとミルーシャ様が顔を近づけて囁きかける。


「ルハカが側室でもいいなら、機会が来たら何とかしてみせます」

「い、いいです! 全然側室でも構いません!」


「ご領地の方々は問題ありませんか?」

「小さい頃、疎まれて訓練兵に差し出されました。死んだも同じです。未練はありません!」


「そう。じゃあ任せて」


 ミルーシャ様がどうするつもりなのか全くわからなかったけれど、何か、いろんなものを諦めようとしていた自分が昔に戻ったみたいで嫌だったのを吹き飛ばしてくれた。


 ――私はもう自由になったんだものね。







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 次回もルハカ回です!


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