後日譚
第61話 オーゼの憂鬱
「あはぁぁあっ!」
エリンの声が部屋中に響く。
ミルーシャが部屋の壁に沈黙の加護を掛けると言っていたが、それも不安になるくらいエリンの声は大きかった。体中の筋肉がうねり、男を求めていた。そんなエリンが、オレが普段抑え込んでいる全てを引き出していく。二人の体が生き物としての命を求め合っていた。
ときおりエリンの侍女のリスリが澄ました顔でワゴンを下げに来たり、汚れたシーツを取り替えたり、また新しい食事を差し入れたりしに来ていたが、その間もエリンはまるで侍女の姿が目に入らないのかと思うくらい熱狂し続けた。
オレはエリンを汚し続けた。エリンは時に気を失ったりしていたけれど、それで終わらないのが勇者の加護なのだろう。百も数えないうちに彼女は目覚める。オレはその間にエリンの体を拭いてやり、目が覚めると食事や飲み物を勧めた。
ふたつの夜、みっつの夜……尽きることのない欲情と共に昼も夜も交わり続けた。
オレにはエリンを十分満足させてやるだけの魔力が戻っていた。ただ、それでも別の限界というものは当然やって来るのだが、何故かそれが尽きない。理由はすぐに分かった。エリンだ。それに触れるエリンの手が輝きを放っていたのだ。
ななつの夜を迎えた時、エリンは
優しげな微笑みを
◇◇◇◇◇
「エリン様は身籠られたようですね」
七日後の朝、ミルーシャが告げてきた。
なるほど、確かに彼女の祝福の目的はオレからお腹の中の新しい命へと移ったのだろう、彼女は今、満足そうにお腹に手をやっている。普段と何も変わらなく見えるのだが、彼女にとってはそうではないのだろう。それが地母神の祝福というものなのか。
ただ…………嫉妬しているわけでは無いのだが、エリンは朝目覚めてからまるでオレを見ようとしない。オレが傍に居ることは分かっているようなのだが、目線を合わせてくれない。先日のように恥ずかしがっているわけでもなく、ただただお腹へと関心を注いでいた。
愛を囁いてもおざなりな答えが返って来るだけ。オレは昨日までとのあまりの落差に衝撃を受け、落ち込んでしまっていた。
そんなエリンが、午後になって女神様に会いに行くと言い始めた時には、皆が心配してつきっきりで彼女を守った。
神殿から帰って来てもエリンの様子は変わらず。
胸を痛めたオレは、エリンの部屋の傍に用意された自室へと戻って独り過ごしていた。
◇◇◇◇◇
「オーゼ? 今、よろしいですか?」
部屋へとミルーシャが訪ねてきた。ただ、オレはエリンと結婚した身。喩えミルーシャとは言え、二人きりで会うわけにもいかなかった。さらには急なことで侍従も居らず、ミルーシャを持て成すこともできなかった。
「いや、すまないが今はオレひとりなんだ。君を招き入れるわけにはいかない」
「まあ、それはエリン様のことを想ってですか?」
「そう……だが……エリンとは結婚したのだよ? 君もわかってるだろう?」
立会人となったミルーシャが何を言っているんだという思いがあった。
が、何故かミルーシャはニコと笑う。
「それでしたら問題はございません。エリン様には許可を頂きました」
「許可!? 何の許可だ」
「それはもちろん、第二夫人としてオーゼ、あなたに嫁ぐことです」
「なん…………」
「こちらの書面へのサインもございます」
ミルーシャが先程から手に持っていた丸めた羊皮紙。それを広げるとエリンのサインの入った書面で、ミルーシャを正式にオレの側室として迎え入れる旨が記載されていた……。
オレは後退り、長椅子を手探りして座り、そこで頭を抱えた。
「エリン……どうして……」
「あのぉ……」
ミルーシャとは別の声に顔を上げると、ミルーシャの後ろに隠れるようにルハカが居た。
「ルハカか……。ああ……実はエリンがミルーシャに――」
せめてルハカに、この現状について同情を求めようと、そう言いかけてオレは固まった。
ルハカが丸めた羊皮紙を持っていたのだ……。
◇◇◇◇◇
翌朝、オレは寝不足に似た酷い頭痛に見舞われた。
あのあとミルーシャとルハカには――とりあえず考えさせてくれ――と告げ、帰って貰った。
ただ、ミルーシャは――。
『仮初とはいえ、貴族の娘は婚姻歴にキズが付くと実家からの扱いも悪くなりますよ。ですからどうかお慈悲を』
――と、まるでルハカへの心配を煽るかのような言葉を告げてきた。いや、どう見てもミルーシャの入れ知恵だろうに。
ルハカからの好意は理解していた。けれど妹の親友を側室として娶るなど……しかも幼い頃から面倒を見てきたため、オレには未だに小さなルハカという印象が焼き付いていた。それにルシアに何と説明すればいいか……。
ミルーシャにしてもそうだ。聖女ともあろう彼女が側室になど……地母神ルメルカに何を言われるかわかったものではない。アラン王にも申し訳が立たない。
そうして悩んでいると、朝の早い時間からミルーシャとルハカがやって来た。
「ご了解いただけますか?」
「………………」
「沈黙は肯定と受け取りますよ?」
「す………………」
――すまないとは言い難かった。エリンのこともあって疲弊していたオレは――結局、ミルーシャに押されるまま二人を受け入れることに……。
ほんの四半月前、いくつもの障害を乗り越えてようやくエリンと夫婦になれたと思っていた所なのに、寝室から出てきた途端に三人の妻が……。しかも一人はまだ幼い――いや、ルハカはもう三年近く前に成人している。少し背が低いだけで彼女は十分大人だ。失礼な考えは改めないと……。
「では、お食事にいたしましょう。ルハカと作りました。ぜひ、召し上がってください」
廊下からワゴンを引き入れると、二人が配膳してくれた。
「食事が終わりましたら身支度を整えて参りましょう」
「ん? どこへだ?」
「今日はジルコワルの処刑日ですよ」
「ああ…………そうだったのか」
正直なところ、それどころでは無くてすっかり忘れていたが、奴もとうとう最後か。
いろいろと恨んだりはしたが、
エリンに横恋慕していたとはいえ、四年の間、あの遠征を共に戦い、少なくとも凶悪な化け物共と戦っていた時には心強い仲間であったのだ。どうしてもその感覚が奴に対する認識を狂わせる。
「わたくしはお留守番いたしますね」
「そうだな、あまり眺めて気分の良いものではない。ルハカは部屋に居た方が良い」
「いえ、エリン様の様子をみておきませんと」
「エリンは行かないのか?」
「オーゼ。エリン様はジルコワルの処刑など、どうでもいいと……」
「……そうか」
ジルコワルはエリンに憧れていたと言っていた。最後にはエリンの姿を見て、純粋な心を取り戻して逝くのかなどと思っていたのだが、どうもそうはならないようだ。そしてエリンのジルコワルに全く興味がないという言葉に少しだけ嬉しく思ってしまうオレは狭量なのだろうか……。
結局、エリンの祝福による影響は五日後に訪れた『名前の無い日』に消え失せた。オレはエリンが正気に戻ったことを何よりも喜んだのだが、エリンはというと、ミルーシャとルハカのことを聞かされて落ち込んでいたし、オレに――ごめんね――と繰り返した。本人にもちゃんと了承してサインした記憶があるらしいだけに憐れだったが、ひと晩一緒に過ごした彼女は、逞しいことに二人を認めた上、しばらく相手ができないオレとの閨事まで許可したのだった……。
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ほら、なんとかも七日目にはご休憩ってありますし?
ミルーシャの前にはオーゼとエリンの守りなど在って無いようなものですね。こわいですね。
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