エピローグ

「クックック……これはむしろ処刑の日が待ち遠しい」


 私は城の牢に閉じ込められ、常に見張られていた。

 斬首は既に覚悟していた。オーゼが私の手足を完全に封じてしまったからだ。これでは黒剣スワルトルを呼び出そうともまともに扱うことはできない。おまけに常につけられている見張りは魔術を使える者ばかりという徹底ぶり。



 審問で私はエリンたちに好きなように汚名を着せられた。それも当然だろう。エリンは勇者の加護を取り戻したのだ。こうなれば国王でさえ文句を付けられない。


 エリンは加護の力なのか、あの馬鹿力の割には筋肉達磨などではなく、程よく締まった体に柔らかな女らしさのある脂肪がのっている。そしてあれだけ剣を使う癖に手の皮は薄く柔らかい。度々醜い傷を付けているのに翌日にはしっとりとした柔肌に戻っている。かつては触れる度に欲情したものだ。なのに調子に乗って紳士の皮を被り過ぎた。エリンが弱っていた時期に無理にでも屈服させておくべきだった。


 ただ、その審問で思わぬ幸運を目にした。


 ロージフだ。


 あの大男を見かけたときは目を疑った。

 私が間違いなく刎ね飛ばし、残った腕も繋げられないよう領都の水堀に捨てたはずの左腕がそこにあったからだ。狼狽えた私はロージフに聞いた――その腕はどうしたのだ――と。すると奴は――エリン様の加護の力だ――と言ったのだ! どういうことだ!? エリンの治癒の祈りはそこまで力がない上に、今はルシアがその力を奪ったはず。


 理由はわからなかったが、この事実は私に幸運をもたらしたのだ。


『オーゼ、お前にはすまなかったと思っている。ただ私は、エリンに憧れていただけだったのだ。だからできれば、処刑される前にエリンと少しだけ話をさせてくれないか……』


 そう、申し訳なさそうな顔で奴に話しかけると、甘っちょろいオーゼは易々と了承してくれた。


 牢に連れて行かれる直前、私はエリンと話すことができた。

 ただ、あのオーゼの女であるミルーシャという女も同席していた。

 何故この二人の関係がこじれていないのか、或いは装っているだけなのかはわからなかった。



 私は物思いにふけるように、エリンに話しかけた。


「エリン、私は間違っていたのだろうか。……いや、間違っていたのだろうな。だからこうしてここにいる」


 エリンは何も言わなかったが、私は続けた。


「――斬首は受け入れているつもりだ。ただ、ひとつだけ心残りがある。私はきっと神々の元へは行けないだろう。闇の底へ落ちるのも構わない。……ただな、できれば体だけは不能のままでは逝きたくないのだよエリン」


 エリンには何のことか分からないのだろうか。

 少々苛立つが、表向きは抑えたままで話を続ける。


「――エリン、君に潰されたその――股間の話をしているんだ。わかるかい? 君の最後の膝蹴りで失われてしまったままなのだ」


「そう……だったのか……」


 ようやく口を開くエリン。


「ああ、すまない。別に君を責める気はないんだ。あれは命を賭けた決闘だったからな。そういうつもりではない。ただ、君には失われた体の一部さえ取り戻せる加護があるのだろう? 私にはもう何かの願いを叶えられるだけの命は残されていない。それは分かっている。ただその……もし最後に願いが叶うのなら、私の不能を治してはくれまいか?」


 そう言うとエリンは逡巡し――。


「わかった、治してやろう」


 ――私は心の中でほくそ笑んだ。エリンはオーゼと同じく甘い。優しいと言えば聞こえはいいが、紳士的に話しかければ容易に付け込ませてくれる甘ちゃんだ。そしてエリンの罪の意識をほんの少しだけ刺激してやれば、こうやって無茶な願いも聞く。


「その話ですが、処刑の直前でもよろしいかしら?」


 そこに口を挟んできたのはオーゼの女だった。


「どういうことだ?」


「信用ならないわけではございませんが、もし、逃げ出すようなことでもあればエリン様はきっと後悔なされるでしょう」


「ふむ……そういうことならば、処刑の直前で構わない。いや、私にはありがたい限りだ」


 そうして、処刑の直前に私の不能は癒されることとなった。



 ――アホめ! オーゼよ、お前の大事なエリンには、初めて見る処刑はきっと受け入れ難いものとして記憶に焼き付くだろう! エリンは戦いの場では強いが、それ以外の場で人が死ぬのをのうのうと眺めていられるほど強くはない。私は最後までエリンを睨みながら、恨みながら逝ってやろう! そしてエリンは思い出すのだ。私を処刑してしまったことを! その直前に目にした私の股間のモノを!



 ◇◇◇◇◇



 処刑の日、私はあまりに待ち遠しくて一睡もできなかった。死を間際にした興奮というやつだろうか、或いはエリンという特別な女に見せつけてやることができるからだろうか。最後の食事だったが、相変わらず貧しいパンと塩のスープが出され、労役が課された囚人の手により口に運ばれる。


「お前、やけに嬉しそうだな。気でも触れたのか?」


 見張りの兵士が言う。


「ああ、これで最後だからな。食えるだけでありがたい」


 幼いころは空腹が当たり前だったが、今は当然そう言うつもりで喜んでいるわけではない。


「ああ! 前の当番兵に聞かされてなかったんだな。処刑は延期だそうだ。よかったな、命が繋がって」

「なんだと!? どういうことだ!」


「詳しくは知らんのだがなあ、勇者様が魔王との戦いで受けた呪いがぶり返したとかで、オーゼ殿が解呪を行っているとか。確か一昨日の夜から篭っていると言っていたな」

「な、なんだと!?!? 何故今になって……」


 今行う理由が分からない。何を考えているんだあの二人は!


「そういうわけで処刑は延期だ。悪運の強いやつだ」

「違う! そうではない! 奴らはただ閨事ねやごとで篭っているだけだ!」


「何を馬鹿な。討伐遠征で手柄を立て、領地まで頂いたオーゼ殿だぞ。ありえん」

「本当だ! あの呪いはただ男とヤりたくなるだけの呪いだ。ヤりまくってるだけだと言ってるんだ! 二人で篭っているのが証拠だ!」


「くだらない。だいたい二人は婚約されてる。仮にそうだとしても何の問題もないだろ」

「処刑を放置して何日もヤりまくっている方がおかしいだろう!」


「そんな何日も持つわけない。頭でもいかれたのか?」


 ――話にならん!


 私は男との会話をやめた。

 ただオーゼのことだ。一昨日篭ったというなら明日か明後日には疲れ果て、エリンに愛想をつかされ出てくるだろう。その方が笑えるかもしれんな。むしろ私がエリンに閨事の自慢話のひとつでも聞かせてやれば、私の死を惜しむだろうか――などと考えると笑いが止まらなかった。



 ◇◇◇◇◇



「遅い! どういうことだ! 処刑はまだか!」


 あれから三日が経ったが未だに処刑は延期されたままだった。


「どうしてこの囚人はこんなに処刑されたがってるんだ?」

「いや、わからんのだ。命が伸びて良かったなと声を掛けるとキレやがる」


 見張り達がそう話していた。


「――まだ呪いの解呪が終わっていないんだとよ。篭られたままだそうだ。ありがたく思え」


 おかしい、オーゼのくせに長すぎやしないか? そもそも昼の間は休んでいるのだろう? その間に処刑でも何でもすればいいだけの話だ。おかしい、なぜ出てこない。



 結局、翌日もその翌日も処刑は行われなかった。

 そしてエリンとオーゼが篭ったという日から八日目の朝――。



 私は兵士に連れられて処刑台へと向かった。


 ――ようやくだ。ようやくエリンの目に私自身を焼き付けてやることができる。


 期待で私の頬はつり上がり、おかしな笑いが止まらなかった。

 大勢の貴族たちの前、私はまるで愛しい恋人でも探すかのように顔を見回していった。



 ――居ない??


 オーゼの憎らしい顔は見つかった。

 余程エリンに搾り取られたのか、やつれた顔をしており、自信なさげに見えた。そもそもオーゼでは役不足だったのだ。エリンの相手をできるのは最初からこの私だけだったのだ。


 オーゼの隣にはオーゼの女が居た。

 そうか! なるほど、エリンには呆れられて逃げられでもしたのか! オーゼよ、お前はこの場にエリンを連れてくることさえできない甲斐性無しなのだ!


「どういうことだ! 勇者は居ないのか! 約束を果たせ!」


 そう叫ぶと、ミルーシャという女が進み出てくる。


「申し訳ございません皆さま、エリン様は地母神様のお告げにより、お子を宿されたとありました。よってこの場には地母神の聖女の加護を頂きました、わたくしミルーシャが代理で参りました」


 目を見開いたままの私に、その聖女を名乗った女が近づいてくる。そして囁く。


「(エリン様は貴方の処刑には一寸の興味も無いそうです)」


「な、なんだと!? 約束はどうした!」


「(どうでもいい――と仰られました)」


「ふ、ふざけるな!!」


 噛みつかん勢いで女に怒鳴りつけたが、女はひるがえって国王へと歩み寄る。

 そして何やら小声でやり取りすると、国王は顔を真っ赤にし、髪を逆立てん勢いで怒り始めた。


「こ、こやつを奥まで引っ立てよ!」


 国王は他にも重鎮たちを連れ、処刑場から一旦下がっていった。

 私も連れていかれるが、そこではあの女が重鎮たちに悲痛な表情で話しかけていた。


「わたくしの赤い宝石のことはご存じの方も居られると存じます。実はオーゼ様にごく最近まで記憶を封じて頂いておりました。ただ、その封印を解いた時、はっきりと思い出したのです。この男に暴行され、凌辱されたことを」


「貴様! 隣国の聖女にまで手を出していたのか!」

「何という……邪神に仕えるだけのことはあったのか」

「愚かしいことだ。よくもこんな男を聖戦士などと……」


 口々に罵ってくる重鎮たち。


「しかしこの男は斬首が決まっておる。それ以上の報いは難しいぞ、聖女ミルーシャ」


 国王が女に問いかける。それはそうだろう。斬首が決まっている相手に何ができる。


「はい、ただそれではどうしても私の溜飲が下がりません。――その、ひと振りで良いのです。この男を……恥ずかしながら聖女の身ではありますが、殴らせていただいても……よろしいでしょうか?」


「それだけで良いのか?」


「ええ、女の私でも、急所など殴れば悶絶させられるやもしれません――」


「あっはっはっはっは! 何かと思えば! 好きにしろ! 女のお前にどこを殴られようが私は気にもしない。なんならひと振りと言わず何度でもな!」


 私は申し訳なさそうに話す聖女様とやらをあざ笑ってやった。


「泣き言は聞き入れませんよ?」


「無論だ」



 女は逃げぬよう私を縛り付けさせると、私の前に立った。が――。


聖鎚よスカルス!」


 呼び声と共に女の手には輝く戦鎚ウォーハンマーが!

 そして当の女はというと、先程までのとはまるで違う、不敵な笑顔を私にだけ見せていた。


「この女、今笑っ――」

十五尺沈黙サイレンスフィフティーンフィートラディアス!」


 悲痛な叫びと懇願は、声になることは無かった。







--

 とんだへんたいさんでしたね。


 好きな女性が自分以外の男と二人だけ、尽きない性欲と体力で延々と交わり続けるというのは寝取られモノでもよくあるシチュエーションだと思うのですが、それをある意味、意趣返し的な見せつけでザマァしました(ていうかこれがやりたくてこの物語を始めましたw)。つまりは全てミルーシャの謀です。エリンを再び陥れようとしたのに気づいたミルーシャが企てました。聖鎚なんてオマケもオマケです。ミルーシャはいい人の印象が強すぎたみたいなので、ちょっと悪い子の面も出しました。


 ちなみに同様のネタは『僕の彼女は押しに弱い』でもやりましたが、あちらはざまぁとかではなく、七虹香の独り芝居のコメディになってます。当初はざまぁとして使う予定だったんですけどねあれ。


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