第60話 解かれる封印 3

「おのれ勇者よ! このままで済むと思うな!」


 そう叫びながらロバルの元領主であり王の庶子であるガナトは退出させられていった。虚栄に踊らされていた可能性もあるが、本来の性質があのようなものだったのだろう。彼は再び領地の無い貴族へと戻る。身分を剥奪されるわけでは無いが、国王も援助を打ち切るという話だったので今までのように自前の戦士団を維持するなど不可能だろう。


 我々は会談から休憩を挟み、別の広間にて審問を行っていた。

 以前は何を提言しても後回しにされていたが、邪神に関わる事件だったこともあって国王も対応を余儀なくされていた。


 ガナトに与した二人の貴族も処分され、領地を取り上げられていた。その後は余程の武勲でも立てない限り名誉の回復は難しいだろう。アザール辺境で助け、金緑オーシェに保護させた二人の証言もあったことで、戦線での指揮を執った領主代理は身分を剥奪され平民に、私を襲った戦士長は斬首されることになった。憐れだが、国王からの私への償いだそうだ。


 そしてジルコワル。

 彼を補佐したという赤銅バーレの団長に就いたアイトラ。


 二名に関しては虚栄の軍勢を率い、邪神をノレンディルにもたらした罪を問われて地位も名誉も剥奪。斬首となった。尤も、アイトラに関してはルハカが戦場でとどめを差したそうだが、その死体は再び斬首されるという。惨いことだと思うが、この世には蘇生という奇跡が存在しているためだと聞いた。首を刎ねられれば蘇生はされないと言い伝えられている。さらに戦士たちは皆、首を刎ねられることを忌み嫌う。死後、神々の元で仕えることができなくなるからだと。


 ジルコワルの処刑の日が三日後に決まり、私とオーゼも立ち会うこととなった。

 私はあまりそういうものを見たくは無かったが、国としての体裁の問題らしい。



  ◇◇◇◇◇



「エリン様、少しお話を……」


 そう言って声をかけてきたミルーシャ様。オーゼも居る場で少し話をしたいとのことだった。


「――実は陛下ともお話したのですが……エリン様、やはり勇者という立場の方にオーゼの加護による赤い宝石があるというのは、内容に拘わらず、あまりという話になりまして……」


「それは……」


 オーゼは言葉に詰まっていた。


「オーゼ、私からもお願い。どんな呪いでもいい。早くこの憂いから解放されたいの」


「どうしてもか?」

「どうしても」


 ミルーシャ様も頷く。

 逡巡したオーゼはようやくのこと、溜息をついて――わかった――と答えた。


「ただ、数日、どこか二人だけになれる場所と見張りを確保しなければ」

「食事もですね」


 ――とミルーシャ様。


「あ……ああ」

「それでしたら城のエリン様のお部屋は如何でしょう。侍女は口が堅いですか? 私も、お手伝いさせていただきます」


「あ……いや、そう……助かる……。それからいくつか予定を先延ばしにしないといけない」

「そちらはお任せください。責任をもって陛下にお伝えいたしましょう」


 オーゼの様子がおかしかった。ミルーシャ様も。

 何となくは想像してはいたけれど、二人の様子を訝しむ。


 結局、翌日の夜に私の記憶の封印が解かれることとなった。国王を始め、表向きには魔王より受けた呪いの完全な解呪という話になった。



  ◇◇◇◇◇



 翌日、私はミルーシャ様の指示で、朝から神殿の輝く泉で身を清めていた。

 もちろん、これから解呪ということもあって建前上も大事な儀式ではあったのだけれど、その後、何故かすぐに温泉の湧く秘所へと湯浴みに連れ出され、湯浴みの後はリスリに体を磨かれて香油を擦り込まれた。


 前日の夕食から当日の朝昼に午後の軽食と、食事にまでミルーシャ様は細かい指示を出してきた。清涼感溢れる香草をふんだんに使った食事は芋や豆、野菜と魚の料理で肉が無かった。私は獣肉を好んで食べることもあって物足りなかったけれど、ミルーシャ様には禁じられた。何故かルハカも一緒について回り、結局その日は食事を摂るか湯浴みをするかで丸一日を潰した。


 最後に、ミルーシャ様とルハカ、そしてリスリが私に化粧を施し、着飾らせてくれた。ただ、不安になるくらいの薄衣で、これでは聖剣スコヴヌングでなくともひと裂きだな――なんて考えていた。体が冷えないようガウンを羽織ると、ルハカがオーゼを招き入れてくれた。


 私とオーゼは、聖女であるミルーシャ様の前でつがいとしての将来を誓い合った。

 前回の私の願い――正式な婚姻――を叶えるためでもあったけれど、今はそんなことよりも、とにかくこの記憶の封印を一刻でも早く解いて欲しかった。だから簡単にでいい、婚姻という事実さえあれば。


 私は正式にオーゼの妻となった。


「加護でひと月の間は声が漏れませんのでご安心ください」


 ひと月――が少し引っ掛かったけれど、よくしてくれたミルーシャ様に感謝の言葉をかけておいた。オーゼはその彼女には何やら物言いたげな顔。私はそんなオーゼの腕を取ると寝室へと招いた。気のせいか、彼はいつもより逞しく見えた。


 寝室にはリスリの用意した軽食とお酒、果物の載ったワゴンがあり、部屋自体にも香草の香りが満ちていた。リスリがお辞儀をし、扉を閉める。


「いい匂いがする」

「ええ、ミルーシャ様がお部屋を用意してくださって――」


「いや、エリン、君のことだよ。とてもいい匂いがする」

「そうなんだ……」


 間近で見つめられ、恥ずかしさに俯いてしまう。

 そんな私の顎に指を添え、口づけしてくるオーゼ。

 既に幾度か交わしていた口づけだけど、いつもより激しかった。


 そんな積極的なオーゼに恥ずかしくなり、思わず顔を逸らしてしまう。


「すまない、エリン……」

「ううん、ちょっとびっくりしただけ」


「――じゃあ取るね」

「ああ」


 私はガウンを脱ぐと、胸元の赤い宝石に触れる。意志を持って引っ張るとそれはスッと抜けた。宝石はさらさらと細かく砕け、塵となり、秘められていた魔力はオーゼの元へ。


 直後――。


 はぁあっ――途端に足の力が抜け、オーゼに縋りついていた。


 体中を熱くさせる感覚と記憶が甦った。


 ――なんと私は愚かなのだろう。オーゼが口篭るはずだ。そして記憶の封印もオーゼが私のために無理を承知で為してくれたこと。全て、私が望んだことだったのだ!



 あの日、地母神から受けた祝福は、私に体のうずきをもたらした。

 男であれば誰でもいい――そう体が求め続けるのを、僅かに残った理性でオーゼに縋りついたのだ。だから誰も近寄らせなかったし、誰にも見せたくなかった。オーゼはそんな私に応えてくれた。オーゼはすぐにでも篭れる場所を確保し、声が届かない高い塔へ、入り口に見張りを置いて二人で閉じこもった。


 部屋に入るや否や、私はオーゼを押し倒し、そして唇を奪ったのだ。

 お互い、初めての口づけだったのに……。


 魔王を倒した直後だった私は、汗と何だか分からない汚れにまみれていた。

 そんな身支度の整わない身にも拘らず、慌てて両の篭手ガントレットを脱いだ私は、引き千切るかのように腕鎧ヴァンブレイスを外していった。背当てバックプレイトのベルトに手を届かせるのだけは得意だった。腰当フォールドを外し、胸当てブレストプレイトを外す。


 そのまま鎧下ダブレットや、破くように下着までもを脱いだ私だったが、既に下着だけになって何かの魔法を掛けていたオーゼに興奮して覆い被さろうとした。けれど、まだ腿当てキュイスから下がそのままだったのをオーゼに咎められ、彼に手伝ってもらい脱がしてもらった。太腿から下だけに鎧を付け、その上は裸の女など、彼にはさぞ滑稽に映った事だろう。


 そうして私たちは初めてを迎えたのだ。



 ――ただ、それだけでは終わらなかった。


 痛みも、疲れも、全てが魔力で振り払われていくと、情欲だけが私を支配した。半身が別の生き物かのように動きを繰り返し、別の半身はオーゼへの愛情でいっぱいに満たされていた。彼でよかった。彼が傍に居てくれたことが幸いだった。


 我々は遠征の中、不眠不休で戦い続けねばならないこともある。オーゼは訓練兵時代、体力を魔力で補うことを教えてくれ、その訓練を大事にしていた。おかげで我々はどんな困難な状況でも戦い、生き残ることができた。


 ただ…………まさかこんな形でその人間離れした持久力が物を言うとは思ってもいなかった。三つの夜を越え、ついに私たちの情事は終わりを迎えた。私の勇者の加護の前に彼が屈したのだ。無理もない、その頃のオーゼは加護の力を使い過ぎたため、魔力が多くはなかった。しかも魔王との戦いの直後。余力を残していたとしても、私には及ばなかった。


 私は自分の姿を見て泣いた。

 こんな羞恥、とても堪えられないと。

 私は願った、オーゼに私を殺してくれと……。


 そのときオーゼは言ったんだ――嫌な思い出を忘れさせ、情欲を抑えて助けてやる――と。

 そうして私の記憶は封印された。



 脚に力が入らず、ただただ泣くだけの私をオーゼは両腕ですくい上げるように抱き上げてくれた。


「安心しろ、エリン。今度こそ君を満足させてやるから」


 私はオーゼに全てをゆだねた。







 そうして私は七日後の朝、満たされた気持ちで目覚めた。

 私の情欲はなりを潜め、代わりにお腹の中への愛情でいっぱいだった。

 理由はわからない。それに満たされていた。


 午後になると、私は――女神様に会いに行かなければ――と何故か感じた。

 オーゼが、ルシアが、ルハカが、そしてミルーシャ様が。

 皆が私を守るように神殿へと向かう。


 神の座へと辿り着いた私は女神様の前に跪いた。

 すると、女神様は私に向かって微笑みかけてくれたのだ。


 ――ねえ、言った通りでしょう?



 堕チタ勇者ハ甦ル 完







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 いやあ拙作らしい最終回でしたね!(?)

 こちらで『堕チタ勇者ハ甦ル』完結となります。


 ここまで応援し、ついてきてくださった読者の皆様、本当にありがとうございました! 本作、ファンタジー作品にもかかわらず沢山のコメントを頂きましたため、やる気に直結いたしました。ありがとうございます!


 また本作、初めてプロットを作った作品でしたが如何でしたでしょうか。普段はノープロットで駄文書きまくっているのですが、プロットがあると確かに書きやすいですね。まあ、あくまで方向性にしかならなくて、全くプロットと違った内容書いてたりしますが!


 『堕チタ勇者ハ甦ル』は所謂、やらかしてしまったヒロインの再生の物語です。過去作、『堕ちた聖女は甦る』が本来の目的通りにならず、ただの趣味のファンタジーに走ってしまったのをやり直すための作品でした。ヒロイン自体は寝取られでもよかったのですが、スッキリ終わる寝取られ復縁モノのギミックをちょうど思いつけなかったのもあって、追放からの復縁となりました。そのため少しソフトになっています。


 作者はご存じの通り寝取られ復縁が大の好物なのですが、ただの寝取られモノであってもヒロイン視点の話だけ拾い読みするくらいは瑕疵ヒロインの視点が大好きなのです。正直、初期ヒロイン捨てて余所の女に走った主人公とか割とどうでもよくなるくらいには瑕疵ヒロイン視点大好きです。


 そういう理由もあって、今回は特盛のトリプルヒロイン+1の再生の物語となりました。『堕チタ勇者ハ甦ル』の勇者にはもちろんルシアも含まれます。ルハカは早めに再生して貰い、三章から恋愛脳のおもしろ癒し枠として大活躍してもらいました。ルハカは読者様に親しみやすいよう、地の文にカタカナを多用し、台詞も現代人っぽく読みやすく書いています。


 ルシアはもっと悪そうなキャラにもする予定だったのですが、なんか可哀そうで書いているうちに変わってしまいました。この辺が物書きとしてダメなところなのかも。ルシアは成長に伴い、喋り方が変わっていきます。


 エリンは読み返すともうちょっと感情の付け方を全体を通して綺麗な流れにしたかったと思いますが、技術不足で無理でした。ちなみにエリンには喋り方が三種類あります。男と話す機会も多い仕事の上での男っぽい喋り方、それ以外での丁寧な喋り方、そして親しい相手との砕けた喋り方です。オーゼ相手でも、罪を悔いているときは2番目の丁寧な喋り方になりますし、ジルコワル相手に3番目の砕けた喋り方をしていた二章のエリンは迂闊だったわけです。


 最後はちゃんと肉体面でのカタルシス解放をやるのが拙作の特徴だと思います。精神的に繋がって元通り――てのはあまりやりません。寝取られモノのオチかというくらいにちゃんと肉体的に繋がります。ただの恋愛物とかなら――普通に元に戻って終わり――でいいのですが、やっぱり寝取られだとかそういうスパイスを作中に含む場合はちゃんと肉体面での納得というのが必要というか、作者の責任だと考えてます。


 完結後は、このあとどうなったか――という後日譚に移るのですが、もしエリンとオーゼ、二人だけの幸せな結末のお話として読みたいのであれば、四章で止めておくことをお勧めいたします。


 それでは皆様方、ここまでお読みいただきありがとうございました!

 本作に巡り合っていただき嬉しい限りです。

 皆様のweb小説ライフに幸あらんことを!



 さて次回、エピローグ(おまけ)はお待ちかねのあの人が登場します!


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