第48話 肉薄

 アザールの領境の町へ入ると、当然のようにジルコワルの息のかかった軍に占拠されていた。わざわざ青鋼ゴドカを連れて解放したはずだったが、私が体よくロバル領都から追い払われていただけで、何の意味もなかったという事だ。


 アザールの領都も心配ではあったが、領主はフクロウソワルが何とかしてくれるだろう。我々は領都へは寄らず、西の領境を目指した。


 途中、一度野宿をして西の領境の町へ入った。

 西の領境の町にも同様にジルコワルの息のかかった軍が駐留していた。ただ、金緑オーシェのタバード自体は怪しまれなかった。軍には私の情報は回っていないということだろうか? クロークを纏った私は特に調べられることもなく町へと入ることができた。



  ◇◇◇◇◇



 我々は金緑オーシェの隊と偽って、容易に峠の二つの砦を抜けることができた。西の砦は既に落とされ、焼かれていた。落とし格子の木枠部分は燃え落ち、赤く焼け錆びた鉄枠が痛々しい。木製の櫓も酷く焼失していた。どれだけの火球を叩きこんだのだろうか。


 峠から下っていくと野営地が見えてくる。ただ、その先の開けた斜面が見えてくると既に戦闘が始まっていることに気が付く。最前線では矢と魔法の応酬がされているように見える。特に赤銅バーレらしき一団からの魔法の勢いは凄まじく、壁の上の兵士を次から次へと倒していた。

 我々は一刻も早く争いを止めねばと、先を急いだ。



「ジルコワル!」


 野営地にはジルコワルが護衛も連れずに居た。尤も、彼に護衛が必要とは思わないが。


 周りには領民兵がいくらか居るだけ。

 すぐにウィカルデたちが領民兵を押さえにかかる。


「これはエリン! 無事だったか。嬉しいよ」


 あのようなことがあったのに何を考えているのか、ジルコワルは愛想よく私に話しかけてくる。


「なんだと貴様!」


 ウェブデンがジルコワルに怒鳴りつけるが、私は手を伸ばして彼を制する。


「ジルコワルには近づくな。私が相手をする。ここの確保を優先しろ」

「エリン、まさか私に勝てるとでも思っているのか?」


「何としても勝つ。そしてルシアを返してもらう」

「愚かなことを。どうやって聖戦士パラディンである私に勝つというのだ」


「貴様が聖戦士パラディンであろうはずがない」

「なに?」


 ジルコワルは何故か真剣な顔で聞き返してきた。


「貴様のような他人を貶め、金品を奪い、女を犯す者を聖戦士とは認めん」

「フッ……、エリン。エリンが認めようが認めまいが私は聖戦士なのだよ。……もうこの国は終わる。大人しく私の女になれ」


「それだけは死んでも断る」

ほうけた顔をしていた女がよくいう!」


 ジルコワルは笑いながらそう言った。愚かだったころの私が思い出される。


「そうだ。だからこそ恥を雪ぎにきたのだ!」


 私は斬りかかった。

 ルシアの元に黒剣スワルトルがあるなら私にも勝機はある。


 だが、私の考えは甘かった。

 奴の抜いた剣は黒かったのだ!


 斬られる!――そう思った……が――。


 ガン――と激しくぶつかり合う鋼の音。


「エリン……なぜそれを持っている……」


 私の左腕にはいつの間にか聖盾ゲレンヌクが握られていた。

 それがジルコワルの黒剣スワルトルを止めていたのだ。


 バッ――とジルコワルは後退する。


「エリン、加護が戻ったのか!?」

「答える必要は無い」


「そうか、加護が戻ったのか。今までのことは謝る。だから私の所へ戻って来てくれ! 共に世界を歩もうじゃないか!」


「ふざけるな! ジルコワル、来い。私の手で葬ってやる!」


 聖盾ゲレンヌクが手元にあるならばただの長剣でも戦える。


「――聖盾ゲレンヌクよ、我が身を守るブリンヤとなれ」


 盾は古来より鎧である。聖盾ゲレンヌクは鎧を覆う力に姿を変え、板金鎧プレイトアーマーを聖鎧と為す。

 左手では鎧通しを抜いた。


「そうか。勿体ない。君ほどの女は殺す前に一度抱きたかったよ」


 ジルコワルは黒剣スワルトルで斬りつけてきた。

 黒剣スワルトルは私の長剣や鎧通しでは受け止められない。


 ――一ツ目ストアヌイだ。彼女の戦い方を真似る。


 ガッ――肘から先をもがれそうな凄まじい衝撃が左の篭手から伝わる。ジルコワルの黒剣スワルトルは鎧の隙間を突くような先端の細いしなる長剣ではない。重く、叩き切るための長剣には、ジルコワルの加護による怪力がそのまま乗ってくる。そう何度も受けられるような威力では無かったが、避けるか、なすという選択肢は無かった。彼の戦い方は躱しつつも確実に芯に当てていき、相手を近寄らせない。肉薄するには免れない代償だった。


 力を振り絞って止めた黒剣スワルトルガードに鎧通しを絡め、跳ね上げる。右手は長剣を持ったまま、肉薄してジルコワルの顔を殴りつける。


「グガッ……くそっ……顔を殴りやがったなっ!」


 ジルコワルは面頬ヴァイザーを下げる。

 私も面頬ヴァイザーを下げ、武器を構えなおす。

 左手の鎧通しも右手の長剣も高い位置でジルコワルの頭を指して。


 ジルコワルは野営地に居たためか盾を持っていないのがこちらに幸いした。

 短剣を抜くこともなく、黒剣スワルトルを両手で扱っている。


 再び斬りつけてくるジルコワル。

 私は踏み込み気味にジルコワルへと肉薄する。


 左の肩当てポールドロンへと叩きつけられた黒剣スワルトルは肩が外れるかという勢いだった。それでもブリンヤのおかげで板金鎧プレイトアーマーに戦鎚で叩きつけられた程度の衝撃でしかなかった。その程度というには大きな衝撃で、おそらくあちらこちら酷いあざになっているだろうが鎧ごとその身を斬り裂かれるよりはいい。


 私は左腕で奴の右腕を叩きつけ、再び長剣を持った右手で兜を殴りつけるがこれは奴の左腕に阻まれる。さらに強引に左の鎧通しで兜の覗き穴を突いていく。


 左の突きは当然外れたものの、目の前への牽制には十分。さらには身体を黒剣スワルトルへと押し付けるように踏み込み、鎧通しのガードをガイドに長剣の先端を兜に向けて突き込む!


 兜の覗き穴こそ貫かなかったが、目の前へ激しく突き入れられる長剣の先端は恐怖だろう。なまじ魔法の付与エンチャントで視界を確保された兜なら尚のこと恐ろしいだろう。


 ――そう。ジルコワルはただ辺境で戦っていただけの戦士ではない。戦士だ。だから彼の――一ツ目ストアヌイが呼んだ――裸剣術は完成されていた。人相手でも怪物相手でも容易に斬り刻むあの黒剣スワルトルを最初から扱っていたのだ。だから彼に肉薄攻撃なんて挑む者は居ない。その前に斬り捨てられていたから。


 ジルコワルは黒剣スワルトルを振り回しながら慌てて距離を取った。


「エリン、貴様……本気で殺す気か!?」


「そう言っただろう! 私の手で葬ってやるとな! さもなくば皆の洗脳を解け! 外道め!」


「洗脳か……クックック……オーゼでもあるまいし。あのような低俗なものではないのだよ」


「黙れ! オーゼを侮辱することは許さん」


「これは虚栄ヴァニティによる祝福なのだ、エリン。君も受け入れれば毎日贅沢をして幸せに暮らせるはずだったのに、なぜ拒んだ?」


「私が拒んだ? どういうことだ」


「なぜ虚栄に囚われん? いや、確かに囚われない者もごく稀にいる。だがエリン、君はどう見ても堕ちるたぐいの女だった」


「何のことかわからないが、洗脳のことを言っているならオーゼだ」


「オーゼだと?」


「そうだ。オーゼが私を鍛え、守っていてくれたおかげだ」


「馬鹿馬鹿しい。虚栄の種は……いや、そうか。エリン、もしかすると加護は失われてなどいなかったのだな? ずっと加護が傍にあったなら説明が付く」


 神殿の泉が光っていたことを言っているのだろうか。

 加護の力の欠片が私を護ってくれていたという事だろうか。


「――惜しい。そのまま君を堕とした方が手間も省けたのかもしれんな」


「まだ言うか!」


 私が突っ込んでいくとジルコワルは正面右上から黒剣スワルトルを振り下ろしてきた。右の篭手で受けると先程までの横薙ぎよりもさらに衝撃がある。だが鎧の上で黒剣スワルトルの剣身を滑らせ右腕で抱え込む。勢いのない黒剣スワルトルには、喩え鎧の薄い部分でも斬り裂く力はなかった。


 再び鎧通しで突きにかかるが長剣から離した右手で防がれる。

 こちらが剣身を抱え込んでいるのに片手になったジルコワルは迂闊だった。私は黒剣スワルトルにさらに右腕を絡ませ、力任せに捻った。


「ぐあっ!」


 意外にもジルコワルは左手を離さなかった。しかしそのことで逆に左手はおかしな方向に曲がり、ぶらりと垂れ下がる。それでも左手を離さなかったのは大したものだろう。


「それではまともに戦えまい、ジルコワル!」

「いやいや、まだだよエリン、まだ終わらない」


 右手に黒剣スワルトルを持ち替えたジルコワルは左手を抱え込むように抱く。左手の回復に魔力を集中しようとしているのかもしれないが――。


「ジルコワル、貴様、本当に聖戦士なのか? 輝きの手レイ・オン・ハンズはどうした?」


 オーゼは幼いころ言っていた。聖戦士パラディンには瀕死の大怪我すら治す輝きの手レイ・オン・ハンズという力があると。しかし記憶にある限り、ジルコワルはそんな力を使ったことが無い。オーゼがいい加減なことを言うはずがない。


「使えるさ……エリン。見せてやろう……」


 そう言うがジルコワルは黒剣スワルトルを構えたままで一向に力を使う気配がない。こちらは高い位置から突きだすように構えた長剣と、同じく高い位置に構えた鎧通しでジルコワルの頭を狙う。


 フン!――ジルコワルの踏み込みと共に恐ろしい速さで振り抜かれる黒剣スワルトル


 私は身体を開いてわざと胸当てのいちばん硬い所を晒しつつ右の長剣で頭を突く。ジルコワルは剣先を仰け反り気味に避ける。黒剣スワルトルの一撃はブリンヤが阻み、さらに踏み込んで鎧通しを兜の隙間に突き込む。


 ジルコワルの悲鳴があがるが、同時に背中に激しい痛みが雷のように走り、仰け反ってしまう。容易に近づけたはずだ。ジルコワルは黒剣スワルトルを手放し、右手を私の背中に回して何らかの力を加えていた。


「どうだ、私の輝きの手レイ・オン・ハンズは」

「こんなものが輝きの手レイ・オン・ハンズのはずがない!」


 ジルコワルは兜に刺さった鎧通しを引き抜いて捨てる。

 背中の痛みは激痛よりも体全体の怠さの方が酷かった。まるで生命を吸われたかのように。体の中の魔力がそれを補うように消費されていく。


輝きの手レイ・オン・ハンズとは逆の力、死の手タッチオヴデスだ。尤も、これを食らって生きていられるとは思わなかったが」


「おのれ団長を!」

「やめろ! 手を出すな!」


 戦いを見守っていた金緑オーシェが手を出そうとするが、それを制する。

 ジルコワルは黒剣スワルトルが通じないと見て右手の接触によるあの力で戦うつもりのようだ。私は長剣の剣身を肩に乗せ、両手で振りかぶるように構える。


 じりじりと近づくジルコワルは右手での接触を試みるが、私は左足を引きつつ大上段から長剣を振り下ろした。


 ガン――とジルコワルの篭手に長剣の先端が叩きつけられ、ジルコワルの右腕は弾かれる。


「クソッ! クソッ! この馬鹿力がっ、聖戦士の加護があってこれかっ!」


 ジルコワルは左手だけでなく篭手の凹んだ右手も抱え込むようにして悪態をつく。

 ジルコワルも加護により怪力を得ているのにそんなことを言われる筋合いはない。

 さらに私の水平の薙ぎを慌てて転がって躱すと、手には黒剣スワルトルが握られていた。


「忙しいことだな。黒剣スワルトル無しなら白銀ソワールの戦士の方がずっと強いぞ!」


「黙れエリン! 私に剣技を教わった弟子の分際で!」


「そのことには感謝している。だが貴様に気を許したことは間違いだった」


 いくらか回復したのか、ジルコワルは右手で黒剣スワルトルを持ち、左手を添えて構える。


 正面左上から打ちかかる黒剣スワルトルを篭手で受け、剣を並行させるように高い位置から長剣を兜に突きこむ。ジルコワルは長剣を左の篭手で逸らし、さらには踏み込んできた。私はジルコワルの踏み込みを不審に感じ、身を引くとジルコワルは左手で私に触れてこようとしていた。


 ――なるほど、黒剣スワルトルでの打ち掛かりの隙を死の手タッチオヴデスで補うのか。対人の剣技を知らないジルコワルにとっては良い手かもしれない。


 ただ、次の黒剣スワルトルの一撃は私の篭手を躱し、右から切り返された。切り返した先には私の長剣があり、勢いの乗らない剣筋でも容易に剣身を半分に斬られてしまう。ジルコワルは、さらに黒剣スワルトルの一撃を加えようとした。


 私は長剣を逆手に持ち替えつつ踏み込んで黒剣スワルトルの一撃を左腕で受ける。腕鎧ヴァンブレイスひしゃげ、衝撃と、痺れるような痛みが走るが強引に肉薄し、ジルコワルの左手は逆手に持った折れた長剣のガードで抑え込む。篭手で受けなかった分、左手はその分奥に居た。私は左手で肩当てポールドロンの襟回しを掴むと力任せに引いた。


 ゴッ――激しくヘルムヘルムが打ち合わされる。


 ジルコワルの面頬ヴァイザーは歪んでしまっていた。

 さらに一ツ目ストアヌイよろしく膝蹴りをジルコワルの股間に入れ――。


「ごあっ……」


 男性用の鎧のいわゆるカップコッドピースは見事に潰れていた。

 私が体を離すと、ジルコワルは前のめりに崩れ落ちる。


 そういえばジルコワルは対人戦闘もしないのにやたら目立つカップコッドピースを付けていて、ルシアがよくゴミを見るような目で見ていたなと今さら思い出した。







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 こう、地味な戦闘で女にねじ伏せられていく、男の強敵って趣がありません?w


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