第48話 肉薄
アザールの領境の町へ入ると、当然のようにジルコワルの息のかかった軍に占拠されていた。わざわざ
アザールの領都も心配ではあったが、領主は
途中、一度野宿をして西の領境の町へ入った。
西の領境の町にも同様にジルコワルの息のかかった軍が駐留していた。ただ、
◇◇◇◇◇
我々は
峠から下っていくと野営地が見えてくる。ただ、その先の開けた斜面が見えてくると既に戦闘が始まっていることに気が付く。最前線では矢と魔法の応酬がされているように見える。特に
我々は一刻も早く争いを止めねばと、先を急いだ。
「ジルコワル!」
野営地にはジルコワルが護衛も連れずに居た。尤も、彼に護衛が必要とは思わないが。
周りには領民兵がいくらか居るだけ。
すぐにウィカルデたちが領民兵を押さえにかかる。
「これはエリン! 無事だったか。嬉しいよ」
あのようなことがあったのに何を考えているのか、ジルコワルは愛想よく私に話しかけてくる。
「なんだと貴様!」
ウェブデンがジルコワルに怒鳴りつけるが、私は手を伸ばして彼を制する。
「ジルコワルには近づくな。私が相手をする。ここの確保を優先しろ」
「エリン、まさか私に勝てるとでも思っているのか?」
「何としても勝つ。そしてルシアを返してもらう」
「愚かなことを。どうやって
「貴様が
「なに?」
ジルコワルは何故か真剣な顔で聞き返してきた。
「貴様のような他人を貶め、金品を奪い、女を犯す者を聖戦士とは認めん」
「フッ……、エリン。エリンが認めようが認めまいが私は聖戦士なのだよ。……もうこの国は終わる。大人しく私の女になれ」
「それだけは死んでも断る」
「
ジルコワルは笑いながらそう言った。愚かだったころの私が思い出される。
「そうだ。だからこそ恥を雪ぎにきたのだ!」
私は斬りかかった。
ルシアの元に
だが、私の考えは甘かった。
奴の抜いた剣は黒かったのだ!
斬られる!――そう思った……が――。
ガン――と激しくぶつかり合う鋼の音。
「エリン……なぜそれを持っている……」
私の左腕にはいつの間にか
それがジルコワルの
バッ――とジルコワルは後退する。
「エリン、加護が戻ったのか!?」
「答える必要は無い」
「そうか、加護が戻ったのか。今までのことは謝る。だから私の所へ戻って来てくれ! 共に世界を歩もうじゃないか!」
「ふざけるな! ジルコワル、来い。私の手で葬ってやる!」
「――
盾は古来より鎧である。
左手では鎧通しを抜いた。
「そうか。勿体ない。君ほどの女は殺す前に一度抱きたかったよ」
ジルコワルは
――
ガッ――肘から先をもがれそうな凄まじい衝撃が左の篭手から伝わる。ジルコワルの
力を振り絞って止めた
「グガッ……くそっ……顔を殴りやがったなっ!」
ジルコワルは
私も
左手の鎧通しも右手の長剣も高い位置でジルコワルの頭を指して。
ジルコワルは野営地に居たためか盾を持っていないのがこちらに幸いした。
短剣を抜くこともなく、
再び斬りつけてくるジルコワル。
私は踏み込み気味にジルコワルへと肉薄する。
左の
私は左腕で奴の右腕を叩きつけ、再び長剣を持った右手で兜を殴りつけるがこれは奴の左腕に阻まれる。さらに強引に左の鎧通しで兜の覗き穴を突いていく。
左の突きは当然外れたものの、目の前への牽制には十分。さらには身体を
兜の覗き穴こそ貫かなかったが、目の前へ激しく突き入れられる長剣の先端は
――そう。ジルコワルはただ辺境で戦っていただけの戦士ではない。
ジルコワルは
「エリン、貴様……本気で殺す気か!?」
「そう言っただろう! 私の手で葬ってやるとな! さもなくば皆の洗脳を解け! 外道め!」
「洗脳か……クックック……オーゼでもあるまいし。あのような低俗なものではないのだよ」
「黙れ! オーゼを侮辱することは許さん」
「これは
「私が拒んだ? どういうことだ」
「なぜ虚栄に囚われん? いや、確かに囚われない者もごく稀にいる。だがエリン、君はどう見ても堕ちる
「何のことかわからないが、洗脳のことを言っているならオーゼだ」
「オーゼだと?」
「そうだ。オーゼが私を鍛え、守っていてくれたおかげだ」
「馬鹿馬鹿しい。虚栄の種は……いや、そうか。エリン、もしかすると加護は失われてなどいなかったのだな? ずっと加護が傍にあったなら説明が付く」
神殿の泉が光っていたことを言っているのだろうか。
加護の力の欠片が私を護ってくれていたという事だろうか。
「――惜しい。そのまま君を堕とした方が手間も省けたのかもしれんな」
「まだ言うか!」
私が突っ込んでいくとジルコワルは正面右上から
再び鎧通しで突きにかかるが長剣から離した右手で防がれる。
こちらが剣身を抱え込んでいるのに片手になったジルコワルは迂闊だった。私は
「ぐあっ!」
意外にもジルコワルは左手を離さなかった。しかしそのことで逆に左手はおかしな方向に曲がり、ぶらりと垂れ下がる。それでも左手を離さなかったのは大したものだろう。
「それではまともに戦えまい、ジルコワル!」
「いやいや、まだだよエリン、まだ終わらない」
右手に
「ジルコワル、貴様、本当に聖戦士なのか?
オーゼは幼いころ言っていた。
「使えるさ……エリン。見せてやろう……」
そう言うがジルコワルは
フン!――ジルコワルの踏み込みと共に恐ろしい速さで振り抜かれる
私は身体を開いてわざと胸当てのいちばん硬い所を晒しつつ右の長剣で頭を突く。ジルコワルは剣先を仰け反り気味に避ける。
ジルコワルの悲鳴があがるが、同時に背中に激しい痛みが雷のように走り、仰け反ってしまう。容易に近づけたはずだ。ジルコワルは
「どうだ、私の
「こんなものが
ジルコワルは兜に刺さった鎧通しを引き抜いて捨てる。
背中の痛みは激痛よりも体全体の怠さの方が酷かった。まるで生命を吸われたかのように。体の中の魔力がそれを補うように消費されていく。
「
「おのれ団長を!」
「やめろ! 手を出すな!」
戦いを見守っていた
ジルコワルは
じりじりと近づくジルコワルは右手での接触を試みるが、私は左足を引きつつ大上段から長剣を振り下ろした。
ガン――とジルコワルの篭手に長剣の先端が叩きつけられ、ジルコワルの右腕は弾かれる。
「クソッ! クソッ! この馬鹿力がっ、聖戦士の加護があってこれかっ!」
ジルコワルは左手だけでなく篭手の凹んだ右手も抱え込むようにして悪態をつく。
ジルコワルも加護により怪力を得ているのにそんなことを言われる筋合いはない。
さらに私の水平の薙ぎを慌てて転がって躱すと、手には
「忙しいことだな。
「黙れエリン! 私に剣技を教わった弟子の分際で!」
「そのことには感謝している。だが貴様に気を許したことは間違いだった」
いくらか回復したのか、ジルコワルは右手で
正面左上から打ちかかる
――なるほど、
ただ、次の
私は長剣を逆手に持ち替えつつ踏み込んで
ゴッ――激しく
ジルコワルの
さらに
「ごあっ……」
男性用の鎧のいわゆる
私が体を離すと、ジルコワルは前のめりに崩れ落ちる。
そういえばジルコワルは対人戦闘もしないのにやたら目立つ
--
こう、地味な戦闘で女にねじ伏せられていく、男の強敵って趣がありません?w
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