四章 封印

四章 プロローグ

 地母神ルメルカは地上に顕現した。

 それはつまり、長く放置されていたこの元魔王領の、国としての再興を意味していた。


 神託を直接、人の言葉で伝える神など誰も経験したことが無い。


 ルメルカの前に、オレたち三人と神殿にひとり残った神官に加え、王都で文官の経験者をかき集められるだけかき集めた。さらには戦場に赴けない武官、権力のある商人、そして何より次代の若者たちを。



  ◇◇◇◇◇



 ルメルカは加護のある若者の名をひとりひとり告げていった。加護に大小があるとは知られるところだったが、その多くは市井での才能ある若者への賛辞のひとつに過ぎないと思われていた。つまりは、――この子は女神様に祝福されている――そういう言い回しに過ぎないと思われていたわけだ。だがルメルカは言う、全ての民は祝福されているのだと。その中で時代に必要とされている者を加護のある身として、神託を通じて伝えるのだと。


 ただ、世の中には偽りの加護というものがある。

 それは自惚れナホバレクによるまやかしで、虚栄ヴァニティという名の忌々しい加護だとルメルカは語る。他の神の加護を簒奪し、その力を我が物とする。


 ジルコワル――すぐにあの男の名が浮かんだ。


 ジルコワルは聖戦士パラディンにあるまじき行為を繰り返し、犯し続ける。それなのにあの男は加護を失わない。その理由がずっとわからなかった。だからこそ、オレはあの男の罪を断言しきれていなかった。女神に許されているのには、冤罪、あるいは許されるだけの何か理由でもあるのではないかと。


 思えばジルコワルが治癒の力を使っているのを見たことがなかった。慈悲に溢れた聖戦士であれば負傷した戦士をまず最初に助けようものが、それを行っていたのはエリンだった。

 ルメルカは言う、簒奪できる力は限られているのだと。



  ◇◇◇◇◇



 神殿にひとり残っていた老いた神官には、仮初めの神巫かんなぎの座が与えられた。

 そして次代の巫の加護も示されたが、それはようやく七つになろうかという娘だった。


 先の神巫は退治されたとだけは聞いていたが、ルメルカが語るには女神よりも先に神巫が堕ちたのだという。先代のルメルカが堕ちかけたとき、最も強く影響を受けたのが先の神巫だったそうだ。さらに彼はとある商人によって陥れられたのだとルメルカは語る。


 おかしいとは思っていた。堕ちた神巫を誰が討伐したのかと。皆が一度に堕ちたのであれば誰も神巫を討てはしないだろう。そしてそれを為したのが王だ。先の王が命を賭して化け物と化した神巫を討ったのだ。


 だが死に際の神巫は、最後にこの世を呪う言葉を吐き、女神を堕とした。

 王と共に神巫を討伐した誉れ高い戦士たちは、呪いと堕ちた女神の影響で狂ったように争い合い、共倒れになったという。王都の守りがどこよりも弱かった理由だ。



 後日、神巫を陥れたという商人の屋敷を調べさせたが、豪邸だったであろうその屋敷は既に荒らされていた。ただ、その荒らされようが尋常では無かった。おそらくは隠し部屋だったであろう部屋の中まで荒され、中の物が持ち出されていた。さらには屋敷中に残る死体と血痕。屋敷の主人と思しき者も亡くなっていた。そして若い女はみな、裸に剥かれていた。



  ◇◇◇◇◇



 最後にルメルカは南西の方角を眺め、何らかの力を示した。


「これでいくらか争いも収まろう」


 ルメルカは南西部の領主たちの、領主としての盟約を解いたそうだ。ただ、それだけでは争いを収めることはできない。神巫には王都の統制と共に、南西部への文官の派遣を指示した。そしてまた、虚栄ヴァニティを払う方法を流布せよと命じた。



  ◇◇◇◇◇



 オレはゲインヴと、そしてルハカと共に東へと向かう。

 ジルコワルの企みを止めなければならない。

 ジルコワルはただバラまけばいいだけの虚栄の種を高額で売りさばいていた。


 奴は欲に目がくらんだだけの馬鹿ではない。

 人の心を利用し、時には欲に、時には良心に付け込む。

 柔らかい物腰で語りかけ、絡めとる。


 いくらでも生み出せるものでは価値がない。

 つまりは希少で高額と触れ込み、多くの支配者層に求めさせたのだ。

 支配者層が虚栄に囚われれば女神も堕ちかねない。



 エリン。

 ……できればエリンには理解して欲しかった。


 確かに嫉妬はあった。


 けれど、最初にオレがジルコワルに感じた不審、それが正しかったと今なら証明できる。喩え手遅れであったとしても、彼女が今、ジルコワルとどのような関係であったとしても…………それだけは伝えたかった……。



 ルシア。

 オレが臆病だったために誤解させてしまった。

 辛い思いをさせてしまった。


 ルハカの言葉は間違っていない。

 この愚かな兄に、妹の親友は道を示してくれた。

 そしてできれば二人の仲を元に戻してやりたい。



  ◇◇◇◇◇



 途中、レハン領都に寄り、虚栄を払う方法を伝えた。

 確かに領都の地位の高い者たちには、虚栄の花を咲かせていた者が居た。

 彼らは皆、感情を封じた者たちばかりだった。


 そしてまた、レハン公の娘の忌々しい記憶を封じてやった。

 これでいったい何人になるのか。

 ジルコワルの毒牙にかかった娘は大勢居た。


 その上、エリンまで……。



 エリンの話はフクロウソワルを通じて道中で耳にした。

 フクロウソワルを救い、地母神の民を救うため、ギードラと二人で二十名の戦士団を相手に戦ったそうだ。


 彼女は高潔さを取り戻そうと足掻いている。

 オレはエリンの勇者としての復活を祈った。



  ◇◇◇◇◇



 ロハラ領に入る。

 レハン公率いる軍はロハラの東、領境の町の東で侵略者たちを迎え撃つと言う。


 既に峠の砦は封鎖されて情報が入ってきていないそうだが、最後の情報ではエリン率いる青鋼ゴドカがアザール領を解放、ただその五日後に金緑オーシェ赤銅バーレがアザール領に入った途端、領境の町の青鋼ゴドカが町を占拠したという。


 レハン公が周辺の領から掻き集めた兵はロハラと合わせても2500。決して多い数ではない。

 そしてもし、三戦士団が全てジルコワルの手に落ちているというのならば、対するのは精鋭850といったところだろう。レハン公は数の有利を最大限利用するため、町の東側の広い斜面で戦うことを考えている。



 ロハラ領都に入ると、町は慌ただしかった。

 砦に寄ると、前線からの情報で既に峠の砦が落ちたのだと言う。

 我々はルメルカの言葉だけを伝え、すぐに領都を立った。



  ◇◇◇◇◇



 領境の町近くでは多くの馬車や徒歩の領民とすれ違った。

 レハン公の軍の一部が敗走し、撤退を余儀なくされたらしい。

 戦場には恐ろしい怪物まで現れたと言う話まで伝えられてきた。


 そしてオレたちは知ることとなる。

 ミルーシャが命に代えて大勢の戦士を救ったと言うことを。







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 クラスのひとつである虚栄ヴァニティは『伝説のオウガバトル』が元ネタですね! 魔法も使える前衛クラス。超優秀ですね。敵専用なのが欠点ですけど。


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