第43話 呪い

 ――兄さま! だっこ!


 ――兄さま! ママハハがひどいの!


 ――兄さま! あたしにも魔法をおしえて!


 ――兄さま! ほらみて、できた!


 ヒュッ――と息を飲む。


 真っ黒になった兄さま。

 私は悲鳴をあげる。

 なのに声にならない。

 声にならない悲鳴を上げ続け、疲れて眠る。




 ――兄さまは大きくなったら姉さまと結婚するの?


 ――あたしも兄さまと結婚したい!


 ――じゃあ誰とすればいいの?


 ――あなたはだあれ?


 ヒュッ――と息を飲む。


 真っ黒になった私の恋人。

 私は悲鳴をあげる。

 なのに声にならない。

 声にならない悲鳴を上げ続け、また疲れて眠る。




 ――姉さまは素敵です。あたしも姉さまみたいになりたい。


 ――姉さま? しゅくじょたるものもっとおしとやかにいたしませんと!


 ――姉さま? 兄さまとは結婚までねやをともにしてはいけません!

 

 ――姉さま? 姉さま!? 姉さま!!


 姉さまが鎧ごと真っ二つになる。


 私が斬りつけた。

 私がやった。

 私がやったの。

 私が………………。





 馬の蹄の音が響く。

 ふらふらと揺れる私を、後ろに乗っている誰かが支える。


 ジルコワル?

 ジルコワルは嫌。気持ち悪い。


「ゴミめ、近寄るな……」


 ようやく口が動いてくれて呟く。こんな言葉にだけは動いてくれる。


「ジルコワル様、勇者様にはえらく嫌われておられるのですね」


 後ろに乗っている誰か。誰かはわからないけれど女の声だ。

 ジルコワルじゃないならいいや。


「ルシアには毛嫌いされていてね。残念なことにそこは変わってくれないみたいだ。口など前にも増して悪くなっている」

「それでは勇者様を娶れないのではないですか?」


「国が堕ちれば何もかも私のものだ。こんなガキ、飾りに過ぎん。だが、エリンは惜しかった」

「そんなにロージフに横取りされたのが悔しかったのですね」


「バカを言うな。オーゼが悔しがるかと思っただけだ。それにロージフのお陰で手っ取り早くここまで堕ちてくれた。もう少しだ。もう少し……」


 ジルコワルの話声が聞こえる。耳障りだ。聞きたくない……。

 私は眠りに落ちた。



  ◇◇◇◇◇



 ロージフ……。


 ふらふらになりながらも辺境まで駆け、夜の遅い時間、彼の部屋に案内された。


 ロージフは女とベッドに居た。

 私は深呼吸し、どういうことなのかと聞いた。

 だけどロージフは知らん顔。何も言わない。


『どうして何も言ってくれないの!?』


『――守ってくれるって言ったじゃない!!』


 バカな女だ――ロージフはそれだけ言った。微動だにせずに。


『あんたなんて! あんたなんてっ!』


 次の瞬間、部屋は炎に包まれた。


『えっ……』


 まただ、またやってしまった? 兄さんの時と同じ。思わず炎を避けて顔を覆ってしまう。どうしてだろう、ここはだ。なのに……何かおかしい。


 そして次に見た時には既にロージフは――。



  ◇◇◇◇◇



 地響きと大勢の声が聞こえる。

 また眠っていた。

 狭い山道……領境?

 砦が燃えている。


 私はぼぉっと燃える砦を眺めている。


「思ったよりも手こずったな」

「熱狂させたところで赤銅バーレの真価は発揮できません。虚栄ヴァニティの欠点です」


「まあ、そう言うな」



  ◇◇◇◇◇



「レハン領からの援軍です! 数はロハラ領軍と合わせて二千を超えていると思われます!」


「ご苦労。あの領主、この状況で揃えてきたな。娘はいい女だったが、父親もやり手だったというわけか」

「手を打っておかないからです」


「だが、を広げるには悪くない。――ルシアよ、準備しておけ。お前の勇者としての真価を見せるときだ」

「黙れゴミめ……」


「ああ、その意気だ」


 青鋼ゴドカ金緑オーシェ赤銅バーレを伴い両翼に分かれて突撃していくのをぼぉっと眺める。

 中央の我々は遅れて進むが、中央は手薄だった。



  ◇◇◇◇◇



 戦場を眺めている。


 両翼は押していたが、数の差でそれぞれが各個に囲まれる可能性もあるだろう。

 さらに我々の三戦士団の旗を掲げるこの中央へと、挟撃を恐れず突撃してきた勇敢な者どもが居る。タバードが違う。精鋭の戦士団か?


 私の頭は何故か、私自身が朦朧としているのに考え続けていた。


 厄介だがの加護ならば造作もない。

 この娘の加護は喚起魔術エヴォケーションだけではない。召喚魔術サモニング喚起召喚エヴォークにまで及んでいる。愚かなことに理解していない。


 ――そうなんだ?


 私は兜を脱ぎ、詠唱を始めた。知らない呪文。初めて聞いた。

 詠唱が長い。長いけれど…………興味深い。


千の剣の怪物よスコラハス!」


 詠唱が完了すると、そこにはあの恐ろしい怪物が居た。

 ぞっとする姿はあまり変わりがないが、黒ずんではいない。千の剣は日の光をキラキラと反射していた。腕は骨と皮の集合体だった。その怪物は背を向けていたためか恐怖はいくらか抑えられていた。


 よ、せっかくだ。特等席で見せてやろう。


 私の頭がそう考えると、私の意識は千の剣の怪物スコラハスと同調した。

 溢れ出る力はこの世界の物では無かった。

 無駄に振り下ろされる魔剣は、地上の何もかもを砕いていった。


 戦士の一団が慌てている。

 その中に突っ込んでいく千の剣の怪物スコラハス

 斬る、刻む、斬る、刻む、斬る、刻む、斬る、刻む、斬る、…………。

 いくつもの命を飲み込んでいく千の剣の怪物スコラハス


 ――やめて……。


 そう考えるも体は止まらない。

 何人も、何十人も飲み込んでいく。


 ――やめて!


 戦士を二百か三百、丸々を飲み込んだ千の剣の怪物スコラハスは、さらに領兵の一団の側面を蹂躙する。


 ――やめて! とまって!


 念じても念じても止まらない千の剣の怪物スコラハスだったが、突然、音もなく千の剣の怪物スコラハスはその歩みを止めた。


 ――とまった……よかった……よかった。


 視界が晴れていく。千の剣の怪物スコラハスの目の前には女性の姿。

 黒髪の、背の高い見知った女性の姿があった。


「ルシア。あなたにこれ以上、悲しい思いは……後悔はさせません」


 千の剣の怪物スコラハスを通してその声が聞こえてきた。


 ――どうして? あたしはもうダメなの。後悔でいっぱいなの。


 ミルーシャは両手、両膝を地面について祈りを捧げた。


共感治癒コンティジャスヒール


 奇跡の発動と共に大地より湧き出た力が千の剣の怪物スコラハスに大いなる癒しを与える。千の剣の怪物スコラハスの千の魔剣を通し、共感治癒コンティジャスヒールは千の魔剣で斬りつけた負傷を全てにした。


 同時に千の剣の怪物スコラハスとどめていた聖域サンクチュアリは失われ――。


「ダメっ!! 追放を命ずバニッシュメント!」


 私の詠唱が届いた! 私の追放の呪文は完成され、千の剣の怪物スコラハスは元の世界へ送還された。


「ミルーシャ!? ミルーシャ!!」


 私は駆け出した。

 走る――走る――転びそうになりながらも走る。

 ミルーシャの居る場所までは千の剣の怪物スコラハスがなぎ倒した戦士たちが倒れていたけれど、いずれもがで身を起こしてきた。


 私はかまわずミルーシャの元まで駆け寄る。

 ミルーシャは千の剣の怪物スコラハスのほんの一撃を受けていた。

 しかし、そのほんの一撃はミルーシャの肩口に食い込んでいた。


「誰かっ! 誰か助けて! 誰かっ!」


 しかし、千の剣の怪物スコラハスの蹂躙から復活した戦士たちは恐怖に混乱し、逃げ出し始めていた。誰も私の声を聞いてくれない。


「魔法が……なにか魔法が……」


 願いウィッシュの魔法――だめだ、あれは触媒マテリアルが特殊過ぎる。

 他には!?……他には!?……。

 私には魔法が無かった……得意なのは誰かを傷つける魔法ばかり。

 ミルーシャを助けられる魔法がない。


 何か……何か……。


 ミルーシャは……ミルーシャは何かを呟いていた。


 ――これは……祈り? そうよ。ミルーシャ、自分を癒して。自分の体を――。


 だけど彼女の祈りで得られた力は、ミルーシャではなく私に及んだ。

 すぅ――と、頭の中が晴れていく。


「ぁ……」


 思いついた私は詠唱キャストを開始した。使うのは初めての魔法。

 だけど……この魔法――いや、呪いは解除の条件が難しい。安易なものではあっては呪いの効果が薄まる。だから――。


「愛する者からの口づけを……」


 私が触れるとミルーシャの体はみるみるうちに石へと変わっていった。

 傷口はそのまま見えるようにしておこう。


 石化の呪いストーンカースは無事に発動し、安心した私は…………再び眠りに落ちたのだった。




 第三章 完







--

 ここまでお付き合いいただいている読者の皆さま、ありがとうございます!

 第二のヒロイン、ルシアにとっては困難な道ですが、彼女にとっての希望の光も垣間見えました。その運命や如何に。そして力なきエリンはどう進み、どう戦うのか。


 次回、四章プロローグです。


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