第44話 確証

 私はクロークで身を隠し、ウィカルデたちと共にルシアを追う。


 ルシアは今、金緑オーシェ赤銅バーレ、そしてジルコワルと共に青鋼ゴドカの三戦士団を率いている。それが西へ向かったという。つまりは西への進軍、それしか考えられない。ただ、何を目的としているのかが分からない。仮にジルコワルがルシアをそそのかしているにしても、なぜ今さら領地を得ることに拘る?


 ジルコワルは十分な戦功を残した。なんならガナトの代わりに辺境のロバルの中領地を望めばよかったのだ。他の報酬を諦めれば十分に可能だったろう。


 いずれにせよ、ルシアはあのままにしておけない。

 暴走すればきっと私のように後悔することになる。

 

 ただ、私が行ってどうなるという迷いはあった。

 地位も、そして力も失った私では同じことの繰り返しではないだろうか。


 寒空には雪が舞い始めた。この時期にこれだけ雪が舞うのは珍しい。

 もしや女神様になにか……私は不吉なものを感じた。



  ◇◇◇◇◇



 再び領境の町でアシスと合流する。


「勇者様……」


 アシスが案内した宿に向かうと、二階から姿を現した巨躯はロージフだった。

 その左腕は肘の下あたりから先が無かった。


「もう勇者ではないよ。今はルシアが勇者だそうだ……」

「ええ、聞きました……」


「知っていることを教えて欲しい」


 私は商談用の部屋を借り、そこで話を聞いた。


「その、団長のことなのですが……」


 逡巡しながら口を開くロージフ。

 かつて遠征ではどんな過酷な戦闘であっても軽口を叩けるほど勢いのあった彼は、今では思いつめたような表情と、遠慮がちな語り口へと変わってしまっていた。ジルコワルのことにしろ、ルシアのことにしろ、それだけ彼は追い詰められていたのだろう。


「ああ、そうだな。すまない、以前ロージフをたしなめたのは間違いだった。私の頭が固すぎた。あのとき、ジルコワルの愚行を伝えようとしてくれていたのだな」


「ええ……他に告発できる相手が居りませんでした」

「そうか、すまなかった。私の至らなさだ」


「いえ、エリン様もあの頃は……余裕がなかったでしょう」

「あの頃は未熟だったのだ」


「ジルコワルは遠征で犯罪に手を染めておりました。明確な証拠こそ残しませんでしたが」

「そうだったのか……」


 後悔に唇を噛みつつ、ロージフの言葉を聞いた。


「ジルコワルは外部の怪しげな連中と接触しておりました。調べた限り、その連中は戦地の貴族や商人の屋敷を襲撃し、金品を強奪しておりました。青鋼ゴドカを治安の維持に回すわけにもいかず、私は軍部に相談を持ち掛けましたが、戦地での略奪は兵士たちも行っておりますためあまりいい顔をされず……」


 ただでさえ占領地が増え、それらの領地では略奪や暴行が普通に行われていただろう。我々勇者一行が手を下すわけにもいかず、後方は軍部に任せていた。ただそれでも、国と国との戦争の割にはそういった地域は少なかったと聞く。オーゼがいくつもの領地を寝返らせていたからだ。


「――そしてルメルカ王都では……王都ではジルコワル本人が何人もの女を手籠めに……」

「なんだと!?」


「エリン様が呪われ、塔に篭られている間、ジルコワルたちはいくつかの屋敷を襲撃していたのです。私は女たちを逃がしはしました。が、助けられたのは一部で……」


「いや、ロージフはよくやってくれた。ただ、よくそれで無事だったな」


「いえ、ジルコワルには見つかりました。ですので奴に金品を要求し、金で繋がった味方の振りをしておりました。副団長という地位もあって、奴らの情報は入ってきました。ただ、相談できる相手はおらず……」


 オーゼを追及したあの当時、私は自分のことに手一杯で余裕がなかった。

 ジルコワルの悪事を聞いたとしても耳を貸さなかったかもしれない。


「なるほど、ロージフを苦しませてしまったのか……」


「……そのジルコワルですが、どこかの屋敷の襲撃の直後から神の啓示を得たなどと言い始め、エリン様の篭られた塔へと押し入ったのです。妙なことにその後、王都での一切の略奪を行わなくなりました。連絡を取っていた外部の連中もその頃から身を潜め、それどころかヴィーリヤ王都では商人紛いのことを始めておりました」


「商人? 何故そんなことを」


「わかりません。まっとうに生きるならまだマシかとその頃は考えておりましたが……。香辛料を売って、かなり羽振りは良かったようです」


「香辛料か。確かに私もジルコワルに南方の香辛料を味わわせてもらったが」


「それからオーゼ殿の件で辺境に出向いたことがあったでしょう。ジルコワルがエリン様やルシアと共に王都へ戻ってきた後、私はルシアに接触しました。ジルコワルがエリン様からルシアに狙いを変えた気がしたからです。奴はルシアを何故か勇者に仕立て上げようとしていました。ですからその……私は……」


 ジルコワルは異常なまでに勇者に執着していた。最初は崇拝のようだった態度が、オーゼが私の傍に居なくなった途端、常に私の傍に居て擦り寄るようになった。私も愚かしいことにジルコワルを頼っていた。そして後のルシアを思い返すと、傍から見れば自分はあのような体であったのだなと恥ずかしく思う。


「……そうか、ルシアが大事だったのだな」


「はい、オーゼ殿には断りも入れず。――ですがそれがジルコワルの機嫌を損ない、私は彼から離されました。――そしてジルコワルはどのようにしてか洗脳の力を使います。青鋼ゴドカは王都を立つ頃には奴の手の内でした」

「そうか、やはりか……オーゼをあれほどまでに追及しておきながら……」


 金緑オーシェ赤銅バーレもその力に囚われたのだ。


「ロバルに入ったところでジルコワルに腕を落とされたのです。私はなんとか逃げ切りましたが……ルシアはおそらく、左の篭手の印を手紙の封蝋にでも押され、おびき寄せられ、洗脳されたのでしょう。ですから……きっとエリン様を斬りつけたのは本心からのものではないはず!」


「ああ、もちろんだ。それが確かめられただけでも心強い」

「ロージフは近隣の村で助けられたそうです。その後、フクロウソワルが接触を」


 アシスがそう付け加えた。


「なるほど。ご苦労だったなロージフ。あとは任せろ。何としてもルシアを止める」

「いえ、私も同行させてください。怪我も半月前のものです」


 ようやく確証に至った。オーゼは正しかったのだ。

 ジルコワルには気を付けろ――オーゼが何の考えもなくそんな言葉を告げるわけがない。『嫉妬』などという言葉を返したあの頃のバカな自分を殴ってやりたい。


 ただひとつ気になることはあった、ジルコワルは何故私を洗脳しなかったのか。もしかするとオーゼに鍛えられた魔法への抵抗力があったからなのだろうか。


「ジルコワルが接触していたその怪しげな連中ですが、ある程度目ぼしはついております。ルシア様の件、どのみち強行されるのであれば、そちらはフクロウソワルにお任せください」

「そうなのか。フクロウソワルは徹底しているな。少しくらい情報を回してくれても良いものを」


 アシスはにこりと微笑んでいる。


「――では行こうか。ルシアを救いに」

「「「承知」」」


 喩え何を引き換えにしてもジルコワルを止め、ルシアを救う。

 ルシアを救わなければオーゼに申し開きが立たない。








--

 次回、ルハカ回。徐々に争いへと突入していきます。


 集団戦の予備知識としてですが、ノレンディルでは魔法を使える者が多く戦闘に参加するため、エリンが語ってたように騎兵が居ません。魔法の射程が比較的長めに設定されていることもあり、騎馬突撃しても馬がまず制圧されて使い物にならないどころか落馬で全滅しかねないためです。


 そのため騎士団ではなく戦士団であり、聖騎士ではなく聖戦士なのです。

 魔術師の使うスティードだけは影響を受けにくいですが、それでも弱点はありますので油断はできません。


 あと、ファンタジーなのに相変わらず治癒魔法の制限が厳しいです。加護持ちの聖女や勇者の祈りか、聖戦士のレイオンハンズか、あるいはかなり格下の治癒魔術を使うことになります。ゲームで何が強力って治癒魔法ですからね。序盤クレリック最強ですよ。


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