第40話 黒剣

「エリン様、貴女は既に勇者ではない。ルシア様が勇者様として代替わりされたのです」


 私は領都に着くなり、金緑オーシェの本隊に会わせろと詰め寄った。アシスからの情報では間違いなく金緑オーシェは砦に居るというのだ。しかも、砦の外へは出させてもらえず、軟禁されているような状態だという。だが、目の前の軍の高官は私を砦へ入れようとはしない。


「――加えて、金緑オーシェは勇者様直属の戦士団です。団長は貴女ではなく、ルシア様となりました」

「ではそのルシアに会わせろ!」


「無茶を仰いますな! 勇者様たる方の地位はご存じでしょう!」

「抗議いたします! どのような理でエリン様の地位を剥奪するのか!」


 何ということだろう。仮初の勇者の地位さえ失くしてしまったのか。

 ウィカルデが訴えるが高官は動じない。


「理ならございます。神殿の巫女は、エリン様ではなくルシア様に加護を示したのです」

「なんだと……」


 私の加護の喪失は既に公にされてしまったということか……。


「エリン様は王都へお帰りください。今回の件で所属が確定しているわけではありませんので命令ではございませんが、領主としての地位もございますし新たな縁談も入っておられるそうですよ」


 ニコリとしながら高官は言うが、とても嬉しい知らせなどではなかった。



  ◇◇◇◇◇



「よかったのか? ウィカルデたちだけでも金緑オーシェに戻れるだろう」


 ウィカルデやアシス、ウェブデンたち40名ほどの金緑オーシェは私と共に野営地に居た。野営地には他に常設軍の隊も居た。


「冗談ではありません! あのような理屈、認められるわけが――」

「ウィカルデ、落ち着いて」


 アシスがウィカルデを宥める。


「団長、何をおっしゃいますか! かくなる上は力を以て乗り込み――」

「ウェブデン、貴様も落ち着け。金緑オーシェに復帰するならともかく、無茶は良くない」


 ウェブデンも突然の話に、普段に無く苛ついている様子。


「幸いと言うか我々は今、自由に動ける。手分けしよう。アシスとウィカルデにはロージフの行方を探ってもらいたい。ルシアのことと言い、ロージフは何かカギを握っている」

「「承知」」


「それからジルコワルについては信用するな。理由は……私が未熟な故に示せないが、何か気に入らない」

「……意外ですが、団長の勘を信じます」


「ああ、ウィカルデの思った通り、私も彼が剣の師匠だからと言って気を許しすぎていた。取るべき態度では無かったと今では思っている」

「団長はどうされます?」


「私は何としてもルシアに接触してみる。残すのは数名でいい。あとはロージフを捜索してくれ」



  ◇◇◇◇◇



 砦の門には常にある程度の地位の軍部の者を置き、厳重な警備で人の出入りを大きく制限していた。フクロウソワルがどうやって潜入しているのかとも思ったが、意外と金緑オーシェの中の元白銀ソワールと連絡を付けられたのかもしれない。


 何度かルシア、或いはジルコワルでもいい、話をさせて欲しいと頼み込んだが、取り次いでは貰えなかった。そうしてようやく、ジルコワルとルシアの姿を目にした時、彼らは遠征の準備を終えた金緑オーシェ赤銅バーレを従えていた。


「ルシア!」


 目の前に立ち塞がっていたはずが、私の声にようやくこちらを見るルシア。

 ただ、いつものルシアではない。彼女の無邪気さも、遠征でいくらか扱いにくくはなったが可愛げのある澄まし顔もそこには無かった。亡霊のような暗い顔の彼女は鎧に身を包み、直剣を佩いていた。


「……」

「ルシア!? いったいどうしたの!?」


 ぼぉっと立っているだけで、私の問いかけには答えない。

 傍に居るジルコワルは何も言ってこない。ただ、冷ややかな目を私に送るのみ。


「勇者様と呼べ!」


 そう叫んだのは赤銅バーレの団長のタバードを纏った、アイトラという女の魔術師。ルハカの後任だった。


「いいえ、そうは呼ばないわ」

「なんだと!?」


「ルシア、ロージフはどうしたの?」

「ロージフは勇者様を裏切ったため処刑されたのだ」


「貴女は黙って」


 私はアイトラを睨みつける。

 さらにジルコワルに制されたアイトラはそれ以上言わず、私は再びルシアに目を向ける。


「――逆上して恋人をあやめるなんて、勇者とはとても言えないわ」


 ぴくり――とルシアの眉が動く。ただ、伝えたいことはこれじゃない。


「――よく考えなさい、ルシア。ロージフは貴女を裏切るようなことをする男かしら? 彼は思慮深い。貴女のお兄さんのように。オーゼも貴女を裏切ったりはしていないわ。そんなことをする人じゃないでしょう?」


 やがてルシアは私の方へと歩み寄る。


「――ルシア、ロージフは生きているわ。きっと――」


 ようやく答える気になったかと思ったのも束の間だった。

 彼女は腰の剣に手を掛けた。


 それほど速い抜剣では無かった。

 相手はルシアなのだ。彼女は剣技の訓練は積んでいない。

 私はとっさに長剣を抜いてその刃を止めた。


 止めたはずだった――。



 ルシアの抜いた黒い剣は止まらず振り切られた。

 ギン――と耳障りな音と衝撃。

 次の瞬間には私は地面に仰向けで倒れていた。


「団長!?」


 私について傍に居た金緑オーシェ団員が叫び駆け寄る。


「ふむ、両断できなかったか。やはり剣技はまだまだだな、ルシア」


 そう言うと、ジルコワルたちは倒れた私を避けるように通り過ぎていく。

 金緑オーシェ赤銅バーレも、そしてもちろんルシアも……。


 ジルコワルの言葉よりも裂けた腹の痛みよりも、ルシアの行動が胸を抉り、私は自失していた。











  ◇◇◇◇◇



 ――ルシアが、ルシアが変わっちゃったよ……。


 ――オーゼ。ねぇ、助けてよオーゼ。あたしもう堪えられない……。


 ――オーゼ、どこでどうしてるの?


 ――生きてるのよね? オーゼが死んだなんて……。



 気が付いたのは地面の上では無かった。独特の薬草の類の匂い……施療院だろうか。

 私はあのまま気を失ってしまったのだろうか?

 情けない、本当に情けないな……。


 体を起こそうとすると胸の下あたりに激しい痛みがあった。

 これまで、大きな負傷があっても少し休めば回復していたから思わぬ痛みだった。


 ようやく半身を起こすと包帯が巻かれているのに気が付く。ただ、未だに鮮血が見え隠れしていた。


 部屋を見渡すと一角に私が身に着けていた防具と二つに折れた長剣が置いてあった。

 ベッドから降りて立ち上がり、傍まで寄って屈んでみると胸当てが斬り裂かれているのが目に入った。


「団長!?」


 入ってきたのはウィカルデ。


「――いけません、まだ休んでいてください!」

「今日は何日ですか? 私はどれだけ眠っていましたか?」


「十二の月の九日です。斬られてから二日です」

「そうですか。――侍女に甲冑を用意させてください。ルシアを追います」


「お待ちください! まだ出血が止まらないのですよ!?」

「おそらく……ルシアが手にしていたのは黒剣スワルトルです。でなければこんなに簡単に剣や鎧を斬り裂けない。出血もその影響でしょう」


 私は切創に手を当てる。


「ジルコワルが黒剣スワルトルをルシア様に与えたと?」

「おそらくは……ですが」


 ただ、黒剣スワルトルにしてはおかしい。

 ジルコワルの言う通り、両断されていても不思議ではない。

 ルシアの腕が足りなかったからだろうか?


 すう――と痛みが引いていく。魔力による治癒が効いた。


「――よし、こちらは問題ありません」


 包帯を解いていくとウィカルデが目を見張る。

 血の跡はあったが傷は塞がっていた。


「…………いや、いけません! まずは食事をお取りください」

「ウィカルデ、貴女はルシアを見ていないからわからないのです。彼女を助けないと」


「いえ、それでもいけません。オーゼ殿ならきっとまず食事を取らせるはずです」

「オーゼが……」


 そう呟いた私はウィカルデの言葉に従った。







--

 第5話で解説した通り、1年は13月まであります。

 感覚としては11月初めくらいでしょうか。

 冬至が名前の無い日になります。


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