第28話 占領
「申し訳ない、このようなことになり……」
私は砦の牢でひとり、アザール領の領主と面会していた。
彼は辺境の領主ガナトの代理から尋問と暴行を受け、服は乱れて顔を腫らしていた。
「いえ、家族の安全を確保してくださった勇者様には感謝いたしております」
「感謝など……私は無力です。顔をこちらへ」
彼の家族はいち早く
私は覚えたての他者への魔力による治癒を直接触れずに試す。
「痛みが引いてまいりました。ありがとうございます」
「礼など私には受ける資格が無いのです……」
私からの抗議にも耳を貸さず、辺境からの軍勢はアザール領の領都まで進軍した。包囲された砦を見てかつての攻城戦を思い出すが、軍が町を焼き始めるとすぐ、砦の領軍は降伏してきた。そもそも彼らにはそれだけの貯えも、戦力も無いのだ。領民の食糧にも困窮している領地がまともに戦争などできるはずもない。
「――かつての王都での無礼、申し訳ありませんでした」
「勇者様、気を高くお持ちください。勇者様は隣国だけではない、我が国の希望でもあるのですよ。そのような方が俯いていてはいけない。気高く、前を向くのです。ヴィーリヤ様のように」
「……わかりました。心がけます」
「ええ、オーゼ殿もきっとそう望まれるでしょう」
「オーゼが……。その、つかぬことを伺いますが領主殿はオーゼにより、その……洗脳を受けたのでしょうか」
「……誰にも話すなとは言われておりましたが……勇者様であればオーゼ殿も信頼されておられましたし問題ないでしょう。あの領主代理も知りたがっておりました。どうかご内密に」
領主は声を潜めてそう話してきた。
「誓って。それで?」
「洗脳とは語弊があるかもしれません。私の感情を抑えて頂きました。」
「感情ですか? 記憶ではなく?」
「記憶ではなく感情です。……衝動的な怒りや高慢さのようなものの高ぶりを封じていただきました。オーゼ殿にはその感情が色で見えるそうです。私は……自分では抑えられない衝動で常に苛々していたのです。気が大きくなり、好戦的と言いましょうか……万能感に支配され、それが全て領地の者に伝播して……」
「胸に赤い結晶が?」
「ええ、そうです」
「私にもあるのです。ですが記憶を失くしていて……」
「そうでしたか。オーゼ殿のことです。勇者様の記憶も何か理由があって封じられているのでは」
確かにそう、その通りだ。
オーゼが意味も無く私の記憶を消したりするはずがない――今更ながらそこに思い至る。私はなんて愚かなのか……。
「……貴方も記憶を消されたり、書き換えられたりしている可能性は無いのですか?」
「まさか。書き換えができるなどとは聞いておりませんし、そもそもこれは自身の力で取り外せると仰っておられました」
「取り外せるのですか!? それに今、書き換えはできないと?」
「ええ、自分でなら取り外して消せるそうです。外すつもりはありませんがね。書き換えは初耳ですな」
自分で取ることができる。何となくそんな気はしていた。ただ、どうしてもこれを外す気にはなれなかった。もしかしたら私は心の底ではわかっていたのかもしれない。オーゼがこれを私のために付けてくれたということを。
◇◇◇◇◇
「ようやくまともな食事にありつけましたわい。どうも軍隊というのは性に合わん」
そう言って豪華な食事に舌鼓を打っているのは領主代理。同席するのは領主の館に出入りしている貴族が二名。それから供の者。そこに私とウェブデンが同席していた。
「さすがに今年の収穫は悪かったようだが、酒は悪くないな」
「ええ、それに隣の領地も含め、本来であれば王都周辺以上の穀倉地ですからな」
「来年以降が楽しみですな」
三人は妙なことを話し始めた。
「待て、どういう意味だ。この砦の占拠もそうだが、オーゼ探索が目的では無いのか」
「勇者様、何も変わりません。大逆人、オーゼを捕らえる事が目的です」
「完全に侵略ではないか!」
「勇者様は頭が硬い。国として成り立っていない弱小領地を掠め取って何が悪い」
領主代理は訝し気に言う。
そうやって昔から貴族たちは領地を奪い合ってきたのは確かだ。
盤上で繰り広げられる領地取りのゲーム。あれと同じだ。
ただ、私には納得がいかない。
「ゆ、勇者様、せっかくの席です。食事を楽しみましょう」
ウェブデンが気を使って声を掛けてくる。
部下に悪いと思った私はこの場では口を閉じておいた。
それに、何かするにしても今のままでは状況が悪い。
「うまいですね、このスープは。やはりお貴族様が口にされるものは違う」
「ん…………これは、もしかしてジルコワルが齎した香辛料か?」
金の細粒のようなその種子は、白い小麦のスープを見た目にも鮮やかにしている。
「ああ! 流石は勇者様、お目が高い! タニラは少々値が張りますが領主様が気に入られて、この遠征にもいくらか持ち込んでおりますよ。持て成しのために」
領主代理はそれまでの私への態度とは打って変わって嬉々として話す。
あの領地でこのようなものに金をかけている場合ではあるまいに……。
「王都の貴族たちの間ではもうこれが常識となっておりますからな」
「なるほど、領主殿には感謝せねば。戦場は華が無い」
そう言って私をねめつける貴族たち。
彼らは後方で命令を出して報告を受けるだけだ。
まともな戦闘が起こっていないとはいえ、少しは前に立って指揮を取ろうとは思わないのか。
領内に蔓延っていた魔王の産み堕とした化け物共はオーゼたちが排除したらしい。これではオーゼがようやく整えた道を私が踏み荒らしているようなものだ……。
◇◇◇◇◇
「ウェブデン、貴様は領主の家族を領内の匿える場所まで護送しろ。
食事を終え、宛がわれた部屋でウェブデンに密かに指示を出す。
「承知。団長は如何されます?」
「私はここに残って奴らに引くよう説得してみる。だが護送が先だ。領主もなんとかしてやりたいが、家族に手を出される方がマズい」
「では今すぐにでも」
その後、ウェブデンらは彼らを連れて夜の間に砦を出て行った。
◇◇◇◇◇
「領主代理、やはりこれは道理に外れた行いだ。軍を引きなさい」
翌日、私は軍の本部が置かれた砦の一室でそう告げる。
「はあ、またですか勇者様。これは領主様の指示なのですよ。可能な限り領地を奪うのが我々の役目です」
「それが間違っていると言うのだ。彼らは魔王軍から離反して我々を助けてくれたのだぞ。それを裏切るなどと」
領主代理も、貴族たちも怪訝そうに私を見やる。
「勇者様はお疲れのご様子だ。退出していただけますか」
その声に合わせて戦士団の団員が私を取り囲む。
「こちらの領民兵とて元は同じ国の民だ。いつまでも無茶ができると思うなよ」
「ご冗談を。やつらは領主が変わろうとも気にも留めませんよ」
◇◇◇◇◇
数日後、領境の町まで掌握した彼らは再び領民兵の隊を整えていた。
その間にウェブデンが戻ってきた。領主の家族を安全な場所まで逃がしたことを告げると、領主も安心していた。そしてさらに三日後には、隣の領地より伝令とアシス、それから
「アシス、ウィカルデと一緒のところを来てもらい、悪い」
「いえ、団長殿に覚えておいていただき光栄です」
「殿は要らない。アシスは以前、オーゼに
「それでしたらオーゼ殿に隊を率いるだけの実力を認めて頂きました」
「そうか……士気の低い……雑兵の集団を負傷させることなく引かせるか逃走させる良い方法がないか?」
傍で聞いていたウェブデンが目を丸くする。
「はあ、そうですね。平時ではなく、敵と対峙した状況でなら
「平時では無理か?」
「幻影とはいえ、あまりにも突拍子の無いものは
「なるほど」
アシスは賢い。こちらの意図を理解している。
「平時の説得だけであれば勇者様なら
「
「声の届く範囲の者に、演説者へ意識を向け集中させる簡単な魔法です。平時ならまずかかります。音を届ける
「なるほど、分かった。頼りにしている」
今すぐにでもこの軍勢を追い払ってやりたいが、今はタイミングが悪かった。
そして
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このノレンディルの人間は、オーゼがエリンに教えたように戦士としての資質がある者は自身の体のコントロールを、魔術師の資質がある者は魔術の力のコントロールを得意とします。神職はまた違って、魔力を異世界からの力を呼び出す扉を開くために使います。魔力で開いた扉を大きく開くほど強大な力を行使できます。扉を開く力は神様との契約であったり、寵愛であったりそれぞれです。
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