第21話 帰還
旧魔王領へと入った私たち
魔王領は彼らのような離反した領主の他は、隣国に土地を明け渡した領主が僅かに居るだけで、その旧領の半数ほどは未だに魔王領の頃と状態が変わっていなかった。
どういうことかというと、その領主たちはそれぞれに自治権と自衛権を行使し、それぞれが小さな国のように振舞っていた。おまけにどの領地も何故か好戦的。平気で他領に攻め入り、食料や民を奪ったりしていたのだ。
それを見た離反した領地の領主たちは声を揃えてこう言う。
――
自惚れナホバレクという虚栄の神が居る。彼は竜を殺せるほどの実力がなかったため、領地も領民も持たなかった。だけどその神は、人々の心の中に自らの領地を見つけ、心を奪って虚栄心を自らの信仰にしたという。身の丈に合わない物を望み続ける――それは自惚れナホバレクに支配されるという戒めの話だ。
◇◇◇◇◇
私はあれからミルーシャと行動を共にするようになった。
彼女はすごい。私のように強力な魔術が使えるわけではない。もちろん、聖女の力もすごかったけれど、ミルーシャは誰よりも愛情深い。私のように関わった人だけ助けて悦に入っているような惨めな愛情ではない。ミルーシャは抱えきれないほどの人々へ愛情を向け、せいいっぱい頑張っていた。
例えば関わるのも嫌な相手が居たとして、そんな人に関わっている暇があったら他の何人かを救えばいいと思うところを、彼女はさらりと根本的な原因を読み当て、その相手が本当に必要としているものを見つけ出してしまう。
荒れた領地では揉め事が起こることも多い。しかし彼女は双方の言い分を聞き、戒めるべき部分は戒め、折り合いが付けられるように相談に乗るのだ。そんなことをして何になる――とも思える行為が、翌日には心の余裕のできた当事者らが別の問題を解決してくれることもある。
そしてどうしても救えないような人、彼女の祈りも奇跡も及ばない人が居れば、そんな人が安心して神さまの元へ逝けるよう説き伏せていた。何しろ彼女は神さまと会話する聖女なのだ。神さまのことを誰よりも知っている。
私の魔術でできることなんて、この世のほんの上辺だけのことなのかもしれない。
◇◇◇◇◇
最近どうしてか、ほんの少しだけ兄が疎ましく思えてきた。
何故だろう、少し前までは兄に対して素直になろうと思っていたはずなのに。
兄に対してちょっとだけ苛つく。
――私が素直に言ってるんですから優しくしてください!
――ミルーシャはすごいんですよ? 兄さんも見習って!
――誰も見てないからってだらだらしないでください、恥ずかしい。
――ミルーシャのことをもっと見てあげてください!
――ミルーシャは兄さんが好きなんですよ!?
ミルーシャに兄のことを相談すると、彼女はとても困った顔をしていた。
「私は今以上を望みません。オーゼの傍に居られるだけで幸せなのですよ」
そんなミルーシャにもどうしてか、私はちょっとだけ苛ついた。
魔王領からの帰路、辺境の峠を越えたところで私たちは
◇◇◇◇◇
「本当なの。ルシア……。私にもあるの……」
兄への審問の中で信じられない言葉をエリン姉さまが発した。
ジルコワルの突然の『洗脳』などという言葉は馬鹿馬鹿しく思えた。
けれど、確かに姉さまには記憶が無い。そしてミルーシャもそんなことを言っていた。
――嘘でしょ!?
「オーゼ・ルトレック、貴様の加護を答えろ」
言葉に詰まってしまった私はジルコワルの視線の先、兄の姿を見た。
兄は何も答えない。
「――答えないなら私がその二人に教えてやろう。お前の加護の力こそが
――嘘だ!
兄はこれまで自分の加護のことについては答えてくれていない。
――嘘だ!
私と真逆の相性を持っていることは知っていた。
――嘘だ!
だからあの日の言葉の通り
――嘘だ!
兄は何も答えなかった。
――嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!
ミルーシャが洗脳されてるなんて嘘だ!!!!!!!!
「兄さん……何とか言って……兄さん……違うって……」
「ルシア、すまない。オレには罪深い加護があるんだ」
――!!!!!!!!!!!!
私の、私の自慢の兄なのに、どうして!
どうして、どうして、どうしてそんな!
ドン!――大きな音と共に広間が白煙で包まれる。
「何事だ!」――誰かが白煙の中、そう叫んだ。
途端に広間は混乱に陥る。
「捕まえよ! 襲撃だ! 反逆者を逃すな!」
私の位置から出口の方を見るとそこにゲインヴと兄の姿が。兄が逃げようとしていた。
逃げるな! ミルーシャを洗脳したくせに、逃げるな!
私の押さえきれない怒りは
ハッと我に返り赤い槍を掴もうとするも、加速する槍は私の手をすり抜けていく。
火球は不意を打たれた兄たちに直撃した。
紅蓮の炎は白煙も焼き、晴れた場所の中心には体中を焼かれ、倒れ込んだ兄とゲインヴ。
「うそっ、そんな、ごめっ……」
私は自分がしてしまったことに恐れおののき、へたり込んでしまった。
その倒れた二人に駆け寄る影。
その影は私をちらりと見やり、両膝と両手を床につく。
「
ミルーシャのその言葉と共に、三人は姿を消した。
「オーゼ……」
声の主を見ると隣にエリン姉さまがいた。
狼狽と、どこにもぶつけられない怒り、それが全て姉さまに向かった。
「あんたが! あんたのせいよ! なにもかもあんたのせい!」
エリン姉さまは酷く怯えた顔を私に向けてきたのだった。
◇◇◇◇◇
混乱ののち、気力を使い果たした私はベッドに寝かされていた。
傍に居たのはルハカだった。
「……気が付いた?」
ルハカは青い顔をしていた。
「――目を開けたままだったから死んでるのかと思った」
またそんな悪い冗談――以前ならそう言っていたかもしれないが、彼女も私もそんな状態ではなかった。私は染みる目を閉じる。
「お兄さんを撃ったんだってね、ルシア……」
ハッとした私は彼女を再び見た。
彼女が責めるように私を見る。
「やだ、そんなつもりじゃなかったの、抑えきれなくて、わからなくて……」
「うん、そうだね。ルシアは悪くない」
もう少し寝てて――とルハカは部屋を出た。
以前、泊まらせてもらった宿舎だろう。
体が動かないから寝ていられるのは助かった。
出て行くルハカは誰となく呟いた。
「(悪いのは一緒に居てあげられなかった――)」
◇◇◇◇◇
「どうかね、体調は」
そう言ってやってきたのはジルコワル、それからアイトラという
「別に。罪人の妹だから捕まえに来たのね」
「まさか! あの反逆者にあの状況で一矢報いたんだ! ルシアはとても評価されている」
「そう。別にどうでもいい」
「褒章と好待遇を約束しようじゃないか。ルシアはそれだけのことを為したんだ」
「褒章……」
なんだろう。以前はどうでもよかったものが、少しだけ魅力的に聞こえた。
そうしてその日の夜、ルハカが
第二章 完
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ここまでついてきてくださっている皆様、ありがとうございます!
エリンはこのまま堕ちていってしまうのか。ルハカはどこへ行くのか。
そしてルシアに忍び寄る影。
次回、三章プロローグです。
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