第20話 証言

フクロウソワルの者たちだな。抵抗せず、オーゼ・ルトレックを差し出せ」


 ウィカルデは彼らにそう告げた。


 金緑オーシェは漸く王都から動くことができた。できたというのに、その対峙する相手はかつての白銀ソワール。辛酸を舐める思いで私は戦士団を率いてきた。


 私には――特に軍部から――オーゼからの洗脳の疑いが掛かっていた。それらを払拭するため、そして暗に陛下への忠誠を示すため、オーゼを捕らえに来たのだ。ジルコワルを含む、軍部の監視役たちが同行している。


 ウィカルデ以下、金緑オーシェの戦士たちには迷いは無かった。――いや、表向きには無かった。もしここでオーゼが道理を示したのなら、私の率いる金緑オーシェはオーゼのために翻ったかもしれない。勇者一行として行動した私たちには、それほどの信頼があったはず。



 包囲されたフクロウソワルの者たちは、馬車二台を含む三十人ほどの一団だった。魔王領から辺境へ戻ったところを領境の砦から一報を受け、三倍以上の数の金緑オーシェで囲った。オーゼの指示だろうか? 彼らは鷹のような目を衰えさせてはいなかったものの、武器は抜いておらず、魔術師たちも言葉を発していなかった。


「どういうつもりですか姉さん!」

「ルシア、やめろ」


 一団の中にオーゼとルシアが居た。

 私が前に出ると、オーゼとルシアも出てくる。

 突っかかろうとするルシアをオーゼが止める。


「オーゼ……」

「久しぶりだな、エリン」



 しばしの沈黙が周囲を包む。


「勇者様と呼べ、オーゼ・ルトレック!」


 沈黙を破ったのはウィカルデだった。彼女は苛ついたようにオーゼにそう言った。

 ウィカルデは最近少しおかしい。アシスと上手く行っていないこともあるだろうが、以前の鷹揚な彼女からは想像もできないほど、言動に棘があった。


「勇者様、申し訳ありません。私にどのような御用でしょう」


 へりくだったオーゼの言葉が胸を突く。

 唇を噛み、涙を抑え、ひと呼吸して気を取り直す。


「……オーゼ・ルトレック、陛下はお前を危険だと判断した。命により束縛する」


「なんですって!」


 私を睨みつけてくるルシア。


「ルシア。――それで、勇者様は私をどう思われます? 危険だと思われますか?」


 オーゼのこの問いかけは私への洗脳の確認なのだろうか。

 私はこんなにも思い悩んでいると言うのに、以前と変わらぬ落ち着いたオーゼ。

 恋人と言ってくれたのに、彼には私とは別の女まで居る。


「自分には非が無いと言いたいのか?」


 ――その言葉を私は私個人の理由で問うたかもしれない。

 本当はオーゼに今すぐ聞きたかった。私を洗脳したのか。

 そして違うと言って欲しかった。


「私はこれまで国のために戦ってまいりました。幼い頃より研鑽を積み、半生を国に捧げてまいりました。戦場でも勇者様の勝利のため尽力を尽くしました」


 知っている。よく知っているよ、オーゼ。でも――。


「では何故裏切ったのだ! 最後の最後であんな……」


「勇者様、わたくしめのことは犬に嚙まれたとでも思ってお忘れください。そして自らの力で女神様の高潔さを取り戻してください」


 バンッ――私は思わず彼の頬を叩いてしまった。


 篭手の付いた硬い掌は彼の頬を傷つけ、血を流させた。

 ハッと息を飲むルシアにオーゼは手のひらを差し出し、彼女を制する。


「――わかりました。従いましょう」

「兄さん!」


 オーゼはそう言うと、ウィカルデに腕を縛られる。

 まただ、またこんなこと。そんな姿を見るだけで辛い。

 彼への感情がぐちゃぐちゃになっているのに責めるような言葉しか口にできない。


「ガネフ、ルシアたちを頼むぞ。後は任せた」

「ああ、団長」

「私も兄さんと行きます! 兄さんが不当な扱いを受けないように!」


 ルシアがオーゼの傍についた。



「ミルーシャという女は居るか!」


 それまで口を挟まず、私たちの動向を監視していた一団から、ジルコワルが出てきてそう言った。彼は青鋼ゴドカの者ではない従者を連れていた。――どれだ?――あの女です――そういうやり取りがなされる。


「そこのお前か。前に出ろ」

「ミルーシャ!――ミルーシャは関係ないでしょ!」


 ルシアが抗議するが、ジルコワルが彼女から事情を聞く必要があると言う。

 クロークのフードを目深に被った黒髪の背の高い女がジルコワルの声に応えて前に出てくる。


「――ん? お前どこかで……」


 ジルコワルが女の腕を取り、持ち上げて引き止める。普段見せないような荒っぽい仕草。


「ジルコワル」


 私が眉を顰めると、意図を理解したのかジルコワルが手を離した。

 すかさずルシアが間に入って来てミルーシャと呼ばれた彼女を庇った。


「――彼女は?」


 問うと、ジルコワルは私の耳元に顔を寄せ――。


「オーゼの女だ。洗脳の疑いがある」


 私ははっとなり、息苦しくなる。

 私と違って女らしい、そして艶っぽい女性に見えた。

 彼女を憐れむと同時に強い嫉妬を覚える。


 オーゼはあんな女がいいの?

 洗脳までして手に入れたい女だったの?

 あの女はルシアまで手懐けて!……いや、洗脳されているから?……誰が?

 不可解なことばかりで混乱する私をよそに金緑オーシェは捕縛したオーゼを連れて近くの領都まで引き上げていった。



  ◇◇◇◇◇



 領都の砦、かつて我々が激戦を繰り広げたあの場所で、再び一夜を明かすことに。

 この場所で大勢の仲間を失った。それももう四年前。


 今の領主は利便性からか、町の豪勢な屋敷を手に入れて使っているらしく、こちらの砦は赤銅バーレと王都から派遣された兵士たちが詰めていた。


 我々を迎え入れてくれたのはルハカだった。先触れが届いていたはずだが、捕らえられたオーゼを見た彼女はいい顔をしなかった。オーゼの追放の時もそうだったが、彼女はあまり自分の想いを口にしない。


 オーゼは再び牢に捕らえられ、ルシアは同じ牢に入ると言って譲らなかった。ミルーシャという女まで同じ牢に入ろうとしたため、それだけは阻止し部屋を用意させた。



  ◇◇◇◇◇



 翌日、朝から砦の広間でオーゼに対する審問が開かれた。

 重鎮や審問官のための高い壇上の席が組まれる。

 審問を取り仕切るのはグレムデンを始めとした軍部の重鎮。そしてジルコワル。

 私はその重鎮たちの並ぶ席に座る。


「ではこれより、オーゼ・ルトレックの危険性について判断するための審問を執り行う」


 軍部の武官がそのように告げるとオーゼが束縛されたまま連れてこられ、壇上から見下ろされるような場所に跪かせられる。


 オーゼはまた、無抵抗のまま。

 傍にはルシア。ルシアは苛立ちを隠そうともしない。

 そしてミルーシャという女性も連れてこられた。



 審問を執り行うのはジルコワル。

 彼は立ち上がると我々の前に進み出る。

 ルシアは嫌悪感をあらわにした。


「オーゼ・ルトレックよ。貴様に陛下への反逆の容疑が掛かっている。理由はわかるな?」


「いいや、わからないなジルコワル」


「オーゼ・ルトレック、口の利き方には気をつけよ。お前が何かしでかすのを警戒して、軍部は弩をいくつも番えさせてある。勘違いさせて撃たれないようにしたまえ」


 ジルコワルの言う通り、彼の前には構えてこそいないものの、兵士が弩を手に並んでいた。しかしこれはいくら何でもやり過ぎではないだろうか。そう思ったものの、私は立場もあって口を挟めないでいた。


「お前こそ思うところはないのか、ジルコワル」


 顔をしかめるジルコワル。ただ、私もオーゼの言葉の意図が分からない。


「まあいい。口の利き方は後々教えてやろう」


「――ではまず、そのミルーシャという女だが、お前はどうやって手に入れた?」

「手に入れたってどういう意味よ! 失礼ね、ジルコワル!」


「ルシア殿は黙っていてもらおうか。それからそれは言葉通りの意味だ」

「彼女から勝手にやってきて、傍に居ついているだけだ」


 ――どういうこと?


 周囲からは嘲笑の声が上がるが、確かにそんなおかしな話だった。

 オーゼとは思えないようなあいまいな発言。


 そしてジルコワルも口元をニヤつかせていた。

 こちらもあまり見ることのない顔。


「ククッ……都合のいい女が勝手にやってきて体を捧げてくれたと言うのか」

「彼女とはそういう間柄じゃない」


「調べた限りでは、お前はその女と同じ部屋で寝泊まりしていたと聞いているぞ」

「彼女は長旅の末、路銀が尽きた。そしてオレはだれかさんが着の身着のままで放り出してくれたからな。屋根のある場所で別々に寝ていただけだ」


 その言葉にどうしてかホッとする自分が居た。

 私も含め、この場では誰もが――彼の言葉は信用できない――そう考えているというのに。


「なんでもいい。そんな口上はこの場の誰も信用しはしない」

「雑な審問だな」


「何だと?」

「証言の裏付けの確認もせず、貴様の気分でどうとでもなる雑な審問だと言ったのだ」


「オーゼ様の言ったことは本当です。私の体をどうこうなどと、彼にはできませんし、決していたしませんでした」

「兄さんは絶対にそんなことしない!」


「残念だがその女の証言は信用ができない。とある事情でな」

「どういうことだ?」


 オーゼが訝し気にジルコワルを見据えた。


「そう……ここは勇者様に確認をいただこう。我々が女性相手に直接確認するわけにもいくまい。なに、少しだけ胸元を勇者様に見てもらうだけだ」


 ジルコワル!――彼はあの結晶を見たことがあるのだ。その上であんなことを言ったのか。私をベッドに誘って体を見たいなどと!


 私はジルコワルへの嫌悪に思わず彼を睨みつけてしまったが、ジルコワルは私の表情を読めていないのか、ギラギラした目を向けたまま私を急かす。

 怒りを抑え、確認のため彼女の傍まで行く。


「よろしいですか?」

「もちろんです」


 毅然とした態度のミルーシャと呼ばれた彼女。

 壁の方を向かせ、胸元をはだけさせた。

 そこには赤い結晶が、私と同じものがあった…………。

 何ということを…………オーゼは彼女を洗脳している。

 私の心を暗い闇が覆う……オーゼへの失望という名の。


「あなた……オーゼに……」


 私は涙を零れさせながら彼女だけに聞こえるよう呟いた。


「エリン様、オーゼ様を信じてあげてください。オーゼ様はエリン様と共にあります」


 彼女も私だけに聞こえるよう返した。

 けれど私には、偽りの言葉にしか聞こえない。



「赤い……結晶のようなものが……」


 涙声にならないよう、ジルコワルに告げる。

 オーゼは目を瞑ったまま大人しくしていた。


「聞いたか! 私の言っていた通りだろう!」


 ジルコワルは軍部の重鎮たちの方へ振り向き、そう告げた。


「――オーゼよ! どうやら貴様が領民を誑かした罪が証明されたな!」

「どういうことよ! いい加減なことを言わないで!」


 ルシアの叫びにニヤリと笑うジルコワル。


「いつにも増して苛立ちを抑えられないようだな、ルシア殿は」

「何ですって?」


「教えてやろうではないか、どういうことかを。その女はオーゼ・ルトレックに洗脳されておるのだ」

「馬鹿馬鹿しい、何を――」


「今、エリンが確認しただろう。胸元に赤い結晶があると。オーゼが寝返らせた領主の娘にも同じものがあった。おそらく領主たちにもある。あれはオーゼが洗脳した証なのだ。記憶を消し、そして書き換えた!」

「そ、そんなわけ……」


「本当なの。ルシア……。私にもあるの……」


 私は堪えられず、とうとうそのことを打ち明けてしまった。







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 次回、二章最終回です!



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