第9話 飾剣

「これは…………今代のラヴィーリヤ様は魔王を討ち滅ぼしただけではなく、このようにお美しいとは……」


 言葉を無くしたようにため息をついた一団の一人がようやく口を開く。

 王国の贅を尽くして着飾られた私は女神のような微笑みで応えなくてはならない。

 そう、何度も練習した。


「さぞや多くの求婚の申し出が押し寄せていることでしょうな」

「いやはや、夫となろう方はどれほどの栄誉が必要でしょうや」

「並の甲斐性ではこの勇者様は落とせまいな」


 堰を切ったように次々と話しかけ、讃えてくる隣国の使節。


「私はただ、女神様のお言葉のままに仕えただけ。心は女神様と共にあります」



 ――嘘だ。


 私は汚れてしまった。もう女神様と共に居ることはできない。

 煌びやかな衣装とは裏腹に、その惨めな思いが心を沈ませる。


 彼らはその後も私を褒めたたえる言葉を連ねたが、私は逃げ出したい気分だった。


「どうか皆さま、その辺で。勇者様もお困りです。宴の席を用意させております、どうぞこちらへ」


 そう言って彼らの意識を逸らしてくれるのはジルコワル。

 彼はこういった場での私のつたない受け答えを補い、助けてくれていた。


 私は連日のように国内外の王族や貴族たちとの宴に時間を費やしていた。

 私が勇者の加護を失ったことは王陛下の名の元、秘匿されていた。


 もともと礼儀作法など、オーゼから教わったこと以外は全くもって身についていなかった私だったが、勇者という立場には助けられていた。何しろ、少々無礼なことがあろうとも私の方が立場は上だから何の問題にもならないのだ。向こうが勝手に遜って配慮してくれる。


 まだ成人したばかりのころなら無邪気に喜んでいたかもしれないけれど、魔王を倒し、戦場から離れた身には、この勇者の立場というものはただただ重いだけだった。



  ◇◇◇◇◇



「勇者様、次の接見の準備が整いました」


 私付きの侍女のリスリが伝えてくる。今日は朝から三度もの接見の予定が入っている。昼の接見ではかなり豪勢な食事が出ていた。昔はルトレック家の屋敷では質素な物しか食べていなかった。私だけ質素だったわけではない。オーゼの父親の方針で普段からそうだったわけだが、たまに祝い事で食べるご馳走よりも豪勢なものを日に三度も食べている。


「わかった。向かおう」


 私は飾剣かざたちを腰に佩く。聖剣は今、私を拒み、神殿へと帰っていた。聖盾も同じく。

 惨めな飾剣を見ると心がささくれ立つ。


「エリン、気分が優れないのか? 顔に出ている」


 声をかけてきたのはジルコワル。私は表情を取り繕う。


「ありがとう。気を付ける」

「ああ、その方が素敵だ」



  ◇◇◇◇◇



 通された謁見の間は私のためにあつらえられた部屋。

 本来であれば王陛下の謁見の間を代わりに使うらしいが、離宮の広間を使っていた。

 これも加護が失われた影響だった。


「勇者様に在らせられましてはご機嫌麗しゅう」


 顔を見せてきたのは我々が魔王領で攻め落とした領地の領主たち一行だった。

 いや、正確にはオーゼが寝返らせた領主たちか……。

 表情を見た限りでは王陛下への謁見の結果はかんばしくなかったようだ。


「ああ、皆には魔王討伐の際は世話になったな。臣下領民、みな息災か?」


 その言葉に僅かに眉をひそめる者も。


 理由はわかる。

 ひとつは魔王とは言えど、屠ったのは彼らの地母神だということ。彼らにも思うところはあるだろう。だが、この応対はジルコワルに徹底されていた。魔王はあくまで降臨したものであって地母神ということは伏せられている。彼らにも従ってもらっている。


 ひとつは彼らの領地は決して安全ではないということだ。四年もの魔王の支配で農地は荒れ、食料は不足し、化け物が跋扈ばっこする土地へと成り代わっている。息災などと皮肉かと問われよう。だが、交渉で最初から譲歩してはならないとジルコワルからきつく言い解かれていた。


「お聞き及んでおられないかもしれませんが、実のところ、我らの領地は現在、多くの危機に見舞われておりまして……勇者様になんとかお手をお貸し頂けないかと……」


「なるほど。だが国王は何と言ったのだ。私もまず国が動いてもらわぬことには動けない」


 国が動こうと私は動けない。勇者としての力は失ったのだから……。

 けれどそのことを他国に悟られてはならない。そう厳命されている。


「陛下は国内のことを収めるのに手一杯で支援はできぬと……」

「ならば――」


「ですが!……ですが白銀ソワールのオーゼ殿は魔王を倒した暁には、領地の復興に尽くそうと仰ってくださったのです」


「オーゼは罷免された。廃嫡もされて白銀ソワールも解体。今では何の権限も無い」


 ジルコワルが代わりに応えると、領主たちは顔を青くする。


「そんな……」

「何故オーゼ殿がそのような扱いを……」

「オーゼ殿は約束してくださったのです!」

「せめて領内の化け物だけでも勇者様のお力で!」


 領主たち一行が騒ぎ立てる。彼らのオーゼへの信頼が見て取れて誇らしくなると同時に、そのオーゼを追放した自分たちがまるで責められているかのように思えてくる。


「話はこれで終わりだ! 無理なものは無理だ。領地の戦力でなんとかせよ!」


 私は立ち上がり、謁見の間から下がった。無礼もいいところだ。私はいつまで経っても小さな子供のままなのだと思い知る。オーゼのようには振舞えない。



  ◇◇◇◇◇



「エリン、大丈夫か?」


 リスリが通し、ジルコワルが部屋までやってきた。

 おそらくあの場はジルコワルが収めてきたのだろう。

 長椅子に腰かけ、頭を抱えていた私に彼が寄り添う。


「もうやだ……」


 王国のために自分を偽り続ける。

 机の上に投げ出したこの惨めな飾剣のような自分に、怒りと悲しみがぐちゃぐちゃになっていた。魔王討伐の遠征の時でさえここまで酷い気分になったことはなかった。お飾りの勇者で居続ける今の自分。もう何もかも投げ出したい……。


 私は嗚咽と共に頭を掻きむしる。

 そんな私をジルコワルは肩に手を回して抱き寄せてきた。


「悪いが少し外してくれないか」


 ジルコワルはリスリに告げた。

 顔を上げると、リスリは頷いて部屋を出ようとする。


「待って!」


 リスリは驚いて手を止め――。


「ですが……」

「構わない、任せてくれ」――とジルコワルが告げる。が――。


「やだ、ここに居て」


 私はリスリを引き止めた。

 あんなことがあったにもかかわらず、私は未だオーゼの恋人のつもりで居た。



 オーゼ――彼はいま何をしているのだろう……。


 王都に居るのは間違いない。

 財産を全て没収されたとはいえ、彼の頭の良さだ。きっとうまく生活している。彼なら少し頭を働かせるだけで三日もすれば先行きを見据えて、半月もあればちょっとした成功をおさめ、ひと月、ふた月のちには大金持ちになっているかもしれない。


 そんな彼のことを想うと少しだけ嬉しくなり、元気が出てきた。


 ――そうだ、オーゼなら今の私に何か助言をし、助けてくれるかもしれない。


「オーゼを、オーゼを探してもらえないでしょうか……」

「なぜ今更あのような者を……」


 ジルコワルは嫌悪感をあらわにする。


「やはり私には彼が必要なのです。大事なことです、お願いジルコワル……」

「はぁ……そうですか……承知いたしました。探してみましょう」


 ジルコワルは笑顔を向けると、部屋から去っていった。


 きっと元通りになる。何もかも上手く行く。







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 高慢と後悔、苛立ちと未練が同居するヒロインはかわいいです!


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