第8話 妹君
「まったく! 放り出すなら予め言って欲しいよね!」
私はいつもの癖でつい傍に相棒が居るつもりで喋ってしまった。
変な顔をしてこちらを見ている通りを行く人。
ルハカとは長年連れ添って来たけれど、彼女が
一人はもちろん、エリン姉さま。
姉さまは兄を長年思い続けてきたはず。勇者という
そしてもう一人はルハカ。
ルハカは淡い恋心を小さなころから大切にしていた。いちばん近くに居た男性が兄だったこともあったかもしれない。それでも彼女は幾多の男性から兄を選んだ。きっと! たぶん! そのはず!――なのに追放される兄に一言も声を掛けていないと言う。今だってせめて一言、兄に言いたいこともあるはずだ。なのに一緒に来なかった!
私は窮屈な城から飛び出し、街にやってきていた。
街なんて出歩いたことがなかったし、訓練で砦に居たころは丘から眺めて楽しむものだった。時折、兄が土産を買ってきてくれていたが、街には降りたことがなかった。危険な加護を持っている私はそもそも砦からほとんど出させてもらえなかったのもある。
丘から容易に全景を見渡せる下の街は、ミニチュアみたいなもので人探しなんて簡単にこなせると思っていた。しかし実際に自分の足で歩いてみると、たくさん歩いたつもりが丘から見た時の小指の先くらいの範囲しか歩き回れていなかったことに愕然とする。
魔術師でもあった私は
「どこを探せばいいってのよー!!」
◇◇◇◇◇
私は宿を取りつつ兄を探した。しかし四半月が経とうかというのに兄の行方は分からずじまい。その間にルハカからは、
もういっそのこと、空に向けて魔法の一発でも放てば、向こうが見つけてくれるのではないかとまで思い始めた。――いや、思っただけだ。実際に詠唱を始めていたのは本当かもしれないが、撃つつもりは無かった。
「おいおいおい! やめろやめろ!」
男の声がして振り返る。
私は半端な喚起となってしまった魔力を上空に逃がす。半端な詠唱でも何らかを顕現させようとするこの加護は厄介だった。
ゴゴオ――と空が唸り、何事かと見上げる街の人々。
「ちょっと
上背はあるが猫背で目立たない男は私を引っ張って人通りの少ない路地へ。
「正気かい!? あんな街中で何するつもりだった!?」
――そう捲し立てる男の顔に見覚えが無ければ私もここまで引かれるに任せていない。
「あんた、
「ありゃ、覚えていたんで? 流石は閣下」
「閣下なんて立場はもう捨てたわ。で? こんなところで何をしていたのかしら? 仮にも元
フッ――と、鼻で笑った男に私は顔をしかめる。
「こりゃあ失敬。流石は団長の妹君ですなと」
「
「まさかまさか! あたしはこれでも非暴力主義なもんで」
「兄の居場所、もしかして知らない?」
「知ってると言えばどうしやす?」
「どうしてやろうかしら?」
両手を開いて閉じてを繰り返し、
「いやいや、冗談でさ! 妹君とやり合う気はございやせん。ご案内いたしやす」
男は付いてこいとでも言うように路地を歩き始めた。
「最初からそう言えばいいのよ。ったく。名前は?」
「ゲインヴと申しやす」
◇◇◇◇◇
ゲインヴと名乗った男はひょこひょことでも言うような軽い足取りで狭い裏通りを抜けていった。貴族とまではいかないけれど、平民の服にしては派手目でお金はかかっている私の格好では少々目立つような通りだった。
通りを行き交う者の中には
「ようようよう、今日はどうした? えらく金になりそうな女を連れてるな
「
――そう呟いて顔を上げると狭い路地を塞ぐように三人の身なりの良くない男たち。私の呟きには誰も反応しない。
「いやはや参った、こちらはあたしの女ではありやせんので――」
「お前の女かはどうでもいいんだよ、ゲインヴ。黙って置いて去れ」
男たちは指をポキポキと鳴らしてゲインヴを威嚇してきた。
「こりゃ参りましたねえ」
ゲインヴは後ろ手に短剣を抜こうとしていた。
「ん? お嬢ちゃんが相手してくれるのか?」
「そりゃあいい」
わはは――と笑う三人。私は首をかしげて斜に構え――。
「三下らしくていいわね」
目を丸くしたと思ったら、途端に形相を変えて襲い掛かってくる正面の男。
後ろの二人も倣う。
「
「左右対称だと楽なもんね」
「ヒエッ、さすが妹君」
「
「あたしらが今、名乗ってる名でやす」
「
「大して変わりやせん」
へへっ――と笑ったゲインヴはまた、ひょこひょこと先導していった。
◇◇◇◇◇
「ありゃ、もうバレちまったか」
ゲインヴは穀物倉庫らしき建物に隣接する酒場へと私を案内した。
そこには見覚えのある面々がちらほら居た。
「見かけないと思ったらこんな所に湧いてたのね」
「虫が湧いてるみたいにいわんでください閣下」
そう言ったのはガネフという兄の下に居た男。
「
「聞いてますよ。一応、そう言っておきませんと機嫌が悪くなるお貴族様もいらっしゃるもんで」
「構わないわ。それで? 兄はどこかしら」
「ここには居ないんですがね」
「嘘おっしゃい。あんたたちが兄の下以外で
「はあ……ひとつ確認ですが、
「当たり前じゃない。どうして私がエリン姉さまやジルコワルの指示で動かなきゃなんないの」
「でしたらいいんです」
「もしかしてそれを監視させてたの?」
「まあ、お察しの通りで。――ギードラ、妹君を案内してやってくれ」
ガネフはようやく諦めてくれた。
まったく、手間をかけさせて……。
それにしてもこんな酒場で何をしているのか。或いは兄の指示だろうか。
◇◇◇◇◇
ゲインヴという男に変わり、ギードラという年上の女傭兵を付けてくれた。
その辺、多少は気を使ってくれているのかもしれない。
ギードラは帯剣した浅黒い肌の女性だ。ゲインヴと違って調子のいいお喋りなどせず、私を案内してくれる。
「兄は……その、怒っていた?」
「何に?」
「私とか…………エリン姉さまに」
「ん……」
ギードラは立ち止まると、こめかみを挟み込むように右手を当ててしばし目を瞑る。
「――それは無かったように思う」
「そっか、よかった……」
やがてギードラが案内した場所は古びた下宿屋だった。
その一室を尋ねる。
「あら、ギードラさん。こんにちは。ん? そちらは?」
ギードラのノックに出てきたのは背の高い艶っぽい女。
「団長は居るか? こっちは団長の妹君だ」
「まあ、あなたが妹さん? 初めまして。ミルーシャと申します」
「えっ、ていうか兄は? まさか一緒に住んでるの?」
「まあ……オーゼも私も文無しなもので……」
「ちょっ、呼び捨て!? どういう関係なのあなた??」
「私はその、オーゼに助けて頂いた者です」
「あ、兄はどこなの? 中?」
私が押し入ると、中は狭い部屋で簡素なテーブルにベッドが二つあるだけ。
「――ちょぉぉお、一緒の部屋で寝てるの!?」
「まだ屋根があるだけ良い方なのです」
「兄は!?」
「中庭の方に――」
聞き終わる前に私は飛び出し、階下を探して裏口へと走った。
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新たなる主人公の登場(?)です! オーゼは彼女が追ってくれると思います。
プロローグをオーゼ視点、二章はエリンとルシア視点を混ぜながら進める予定です。
SAコードネームみたいな連中は主に傭兵出身ですね。
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