第8話 妹君

「まったく! 放り出すなら予め言って欲しいよね!」


 私はいつもの癖でつい傍に相棒が居るつもりで喋ってしまった。

 変な顔をしてこちらを見ている通りを行く人。


 ルハカとは長年連れ添って来たけれど、彼女が赤銅バーレに残った事そのものには別に怒っていない。私が怒っているのはもちろん兄を予告なく街に放り出した城のやつらに対してでもあったけれど、本当に怒りをぶつけたいのは兄を想いながらもその兄のために何もしようとしない二人の女に対してだ。


 一人はもちろん、エリン姉さま。

 姉さまは兄を長年思い続けてきたはず。勇者というしがらみがその想いを妨げてきたと私は踏んでいる。それなのに、結ばれたと思ったら今度は兄に怒りをぶちまけていた。そもそも魔王との戦いの後、呪いを受けて弱りはて、兄に助けを求めたのは姉さまだ。少なくとも私にはそう見えた。


 そしてもう一人はルハカ。

 ルハカは淡い恋心を小さなころから大切にしていた。いちばん近くに居た男性が兄だったこともあったかもしれない。それでも彼女は幾多の男性から兄を選んだ。きっと! たぶん! そのはず!――なのに追放される兄に一言も声を掛けていないと言う。今だってせめて一言、兄に言いたいこともあるはずだ。なのに一緒に来なかった!



 私は窮屈な城から飛び出し、街にやってきていた。

 街なんて出歩いたことがなかったし、訓練で砦に居たころは丘から眺めて楽しむものだった。時折、兄が土産を買ってきてくれていたが、街には降りたことがなかった。危険な加護を持っている私はそもそも砦からほとんど出させてもらえなかったのもある。


 丘から容易に全景を見渡せる下の街は、ミニチュアみたいなもので人探しなんて簡単にこなせると思っていた。しかし実際に自分の足で歩いてみると、たくさん歩いたつもりが丘から見た時の小指の先くらいの範囲しか歩き回れていなかったことに愕然とする。


 魔術師でもあった私は魔占術ディヴィネーションにも頼ろうとした。特別得意でもないけれど、苦手でもない。が、致命的な問題があった。魔占術では物探しはできても、人探しはできない。加えて兄は着の身着のままで放り出された。以前の所持品は全てエリン姉さまの元にあった。


「どこを探せばいいってのよー!!」



  ◇◇◇◇◇



 私は宿を取りつつ兄を探した。しかし四半月が経とうかというのに兄の行方は分からずじまい。その間にルハカからは、赤銅バーレの辺境への配置を知らされる。――ルハカはそれでいいの?


 もういっそのこと、空に向けて魔法の一発でも放てば、向こうが見つけてくれるのではないかとまで思い始めた。――いや、思っただけだ。実際に詠唱を始めていたのは本当かもしれないが、撃つつもりは無かった。


「おいおいおい! やめろやめろ!」


 男の声がして振り返る。

 私は半端な喚起となってしまった魔力を上空に逃がす。半端な詠唱でも何らかを顕現させようとするこの加護は厄介だった。


 ゴゴオ――と空が唸り、何事かと見上げる街の人々。


「ちょっとなせ!」


 上背はあるが猫背で目立たない男は私を引っ張って人通りの少ない路地へ。


「正気かい!? あんな街中で何するつもりだった!?」


 ――そう捲し立てる男の顔に見覚えが無ければ私もここまで引かれるに任せていない。


「あんた、白銀ソワールね」

「ありゃ、覚えていたんで? 流石は閣下」


「閣下なんて立場はもう捨てたわ。で? こんなところで何をしていたのかしら? 仮にも元白銀ソワールが職を失って偶然ぶらついてましたじゃ通らないわよ」


 フッ――と、鼻で笑った男に私は顔をしかめる。


「こりゃあ失敬。流石は団長の妹君ですなと」

小魔法キャントリップでも喧嘩くらいはできるわよ?」


「まさかまさか! あたしはこれでも非暴力主義なもんで」

「兄の居場所、もしかして知らない?」


「知ってると言えばどうしやす?」

「どうしてやろうかしら?」


 両手を開いて閉じてを繰り返し、詠唱キャストのための身体構成要素ソマティックコンポ―ネントの肩慣らしをする。小魔法くらいなら身体動作ソマティックだけでも発動はできる。


「いやいや、冗談でさ! 妹君とやり合う気はございやせん。ご案内いたしやす」


 男は付いてこいとでも言うように路地を歩き始めた。


「最初からそう言えばいいのよ。ったく。名前は?」

「ゲインヴと申しやす」



  ◇◇◇◇◇



 ゲインヴと名乗った男はひょこひょことでも言うような軽い足取りで狭い裏通りを抜けていった。貴族とまではいかないけれど、平民の服にしては派手目でお金はかかっている私の格好では少々目立つような通りだった。


 通りを行き交う者の中にはえた臭いを放つ者もいた。糞尿のような臭いにこみ上げる吐き気を我慢して俯いているとゲインヴが急に足を止める。


「ようようよう、今日はどうした? えらく金になりそうな女を連れてるなフクロウソワル


フクロウソワル?」


 ――そう呟いて顔を上げると狭い路地を塞ぐように三人の身なりの良くない男たち。私の呟きには誰も反応しない。


「いやはや参った、こちらはあたしの女ではありやせんので――」

「お前の女かはどうでもいいんだよ、ゲインヴ。黙って置いて去れ」


 男たちは指をポキポキと鳴らしてゲインヴを威嚇してきた。


「こりゃ参りましたねえ」


 ゲインヴは後ろ手に短剣を抜こうとしていた。

 白銀ソワールの一兵士が短剣一本でこの場をどうにかできるように思えなかった私は、ゲインヴの肩を掴んで後ろに押しやった。


「ん? お嬢ちゃんが相手してくれるのか?」

「そりゃあいい」


 わはは――と笑う三人。私は首をかしげて斜に構え――。


「三下らしくていいわね」


 目を丸くしたと思ったら、途端に形相を変えて襲い掛かってくる正面の男。

 後ろの二人も倣う。


弾けろバリツ!」


 小魔法キャントリップの言の葉が正面の男を、両手から放たれた弾けろバリツがそれぞれが後ろの二人を弾き飛ばす。翻筋斗もんどり打った三人は路地の建物の壁に激突して動かなくなる。


「左右対称だと楽なもんね」

「ヒエッ、さすが妹君」


フクロウソワルって何?」

「あたしらが今、名乗ってる名でやす」


白銀ソワールみたいね」

「大して変わりやせん」


 へへっ――と笑ったゲインヴはまた、ひょこひょこと先導していった。



  ◇◇◇◇◇



「ありゃ、もうバレちまったか」


 ゲインヴは穀物倉庫らしき建物に隣接する酒場へと私を案内した。

 そこには見覚えのある面々がちらほら居た。


「見かけないと思ったらこんな所に湧いてたのね」

「虫が湧いてるみたいにいわんでください閣下」


 そう言ったのはガネフという兄の下に居た男。


赤銅バーレは抜けたの。聞いてない?」

「聞いてますよ。一応、そう言っておきませんと機嫌が悪くなるお貴族様もいらっしゃるもんで」


「構わないわ。それで? 兄はどこかしら」

「ここには居ないんですがね」


「嘘おっしゃい。あんたたちが兄の下以外でつるむとは思えないわ」

「はあ……ひとつ確認ですが、金緑オーシェ青鋼ゴドカとの関りや団長たちからの指示は無いんですよね」


「当たり前じゃない。どうして私がエリン姉さまやジルコワルの指示で動かなきゃなんないの」

「でしたらいいんです」


「もしかしてそれを監視させてたの?」

「まあ、お察しの通りで。――ギードラ、妹君を案内してやってくれ」


 ガネフはようやく諦めてくれた。


 まったく、手間をかけさせて……。

 それにしてもこんな酒場で何をしているのか。或いは兄の指示だろうか。



  ◇◇◇◇◇



 ゲインヴという男に変わり、ギードラという年上の女傭兵を付けてくれた。

 その辺、多少は気を使ってくれているのかもしれない。


 ギードラは帯剣した浅黒い肌の女性だ。ゲインヴと違って調子のいいお喋りなどせず、私を案内してくれる。


「兄は……その、怒っていた?」

「何に?」


「私とか…………エリン姉さまに」

「ん……」


 ギードラは立ち止まると、こめかみを挟み込むように右手を当ててしばし目を瞑る。


「――それは無かったように思う」

「そっか、よかった……」


 やがてギードラが案内した場所は古びた下宿屋だった。

 その一室を尋ねる。


「あら、ギードラさん。こんにちは。ん? そちらは?」


 ギードラのノックに出てきたのは背の高い艶っぽい女。


「団長は居るか? こっちは団長の妹君だ」

「まあ、あなたが妹さん? 初めまして。ミルーシャと申します」


「えっ、ていうか兄は? まさか一緒に住んでるの?」

「まあ……オーゼも私も文無しなもので……」


「ちょっ、呼び捨て!? どういう関係なのあなた??」

「私はその、オーゼに助けて頂いた者です」


「あ、兄はどこなの? 中?」


 私が押し入ると、中は狭い部屋で簡素なテーブルにベッドが二つあるだけ。


「――ちょぉぉお、一緒の部屋で寝てるの!?」

「まだ屋根があるだけ良い方なのです」


「兄は!?」

「中庭の方に――」


 聞き終わる前に私は飛び出し、階下を探して裏口へと走った。







--

 新たなる主人公の登場(?)です! オーゼは彼女が追ってくれると思います。

 プロローグをオーゼ視点、二章はエリンとルシア視点を混ぜながら進める予定です。

 SAコードネームみたいな連中は主に傭兵出身ですね。


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