二章 帰還
二章 プロローグ
「お願いいたしますオーゼ様。どうか……どうか私をお救いください……」
王都まで護送され、結局のところ何の罪にも問われずオレは釈放――身包み剥がされ身体ひとつで街へ放り出――された。自分の犯した罪――国から勇者を奪ってしまったこと――を考えれば、地位を失ってしまった程度のことなど、大きな問題では無いだろう。
国からも使命からも解放されたオレ――オーゼ・ルトレック――いや、おそらくこの扱いではルトレックの家へは戻れまい。戻れるなら故郷の親父の所まで送られている。つまり、今はただのオーゼだ。オーゼなんて名前は故郷の辺りでは珍しくもなんともない。この辺りでもハウザーだとかアウズだとか、同じ系統の名前を何度か聞いたことがある。オーゼも居るだろう。
だが目の前のこのお嬢さんは、オレが放り出されてしまったその日の夜に、しかもオレの名前を知ったうえで助けを求めてきた。見た目はオレとそう変わらない年だが、衣服はかなり擦り切れていてクロークも含めて裾はボロボロ。首や腕、足元など素肌が見えるような部分はどこも布でぐるぐる巻きにしてあった。火傷でもあるのか、それにしたって全身は……。
「あいにくだがオレには君を癒すことはできない。施療院を頼ってくれた方が――」
「いいえ、あなたでなければ無理なのです。この穢れから解放してくださるのはあなただけだと……」
「しかしなあ……あいにくオレは無一文で、今晩の寝床さえない身なんだ。都はこの季節でも底冷えする。これから暖の採れる場所か、せめてどこか風の吹きこまない場所を探さねばならない」
「それならば何の問題もございません。ついてきてくださいませ」
そう言うと、お嬢さんは先に立って歩き始める。――さあ、早く――と、動かないオレを急かした。
◇◇◇◇◇
彼女は暗くなってきたとはいえ、まだ人の多い大通りに出ると、それなりに大きな宿へとやってきた。
ただ、彼女の身なりからしてこのような宿の代金が払えるのだろうか。
――そう思ったオレは不安と共に彼女を見る。
「さあ、参りましょう」
「いや、だが金は払えるのか? 施療を受ける金に回した方が良いのでは……」
「何をおっしゃいますか。私はここまであなたを探して旅してきたのですよ?」
「…………なんだって?」
すたすたと宿に入っていく彼女。あのような身なりでは都の大きな宿には入れてさえもらえないのではないか。そう思った。
「これはこれはミルーシャ様、お探しのお相手には巡り合えましたか?」
身なりの良い店の男が彼女を目にするなり声を掛けてきた。
「ええ、おかげさまで。ありがとう。――オーゼ様、夕食は召し上がられました?」
「え、いや…………まだだが」
「そうですか。――夕食を部屋まで運んでくださる? 夕食後は湯浴みの手配を」
そう言うと彼女は大銀貨を一枚、店の男に手渡した。
「ええ、お任せください」
そう言うと、店の男はオレに一礼し、下がっていった。
「参りましょう」
ミルーシャと呼ばれた彼女は、オレを連れて二階へと上がっていく。――どうぞ――と促された部屋はそれなりに金を持っていないと使えないような広めの部屋だった。テーブルがあり、暖炉があり、長椅子があり、天蓋のついたベッドがあった。暖炉には火種が残されていて部屋は暖かかった。ここなら床で寝ても十二分に温かいだろう。
「どうぞ、お掛けください」
彼女はオレに暖炉近くの長椅子を勧めると、暖炉の前に屈み、火掻き棒を手に取り火種に空気を送り、薪をくべた。オレはと言うと、この状況にどうしていいか分からず、長椅子の傍で立ち尽くしていた。彼女はクロークを脱ぐと、壁に掛けた。
「どうなさいました? お掛けください」
「ああ……」
「――寝床を提供してくれるのは大変ありがたい……のだが、そのように簡単に男を信用してしまっては危険だぞ」
「その点に関しましては、私の体など、どのように弄んでくださっても構いませんよ。私の願いを聞いてくださるのであれば、ついでにどうとでも隠せるでしょう?」
「なに!?」
オレは長椅子から跳ねるように立ち上がった。
目の前の女は、オレと僅かな者以外知らないある事実について告げてきたからだ。
「何を知っている? お前は何者だ?」
返事のない彼女はじっとオレを見つめてくる――。
コンコンコン――静寂を破ったのはノックだった。
「どうぞ。――オーゼ様、お話は夕食を頂いてからにしましょう」
低いテーブルの上には豪勢な食事が並ぶ。
長く牢での生活だったこともあり、匂いに誘われたオレはつい座ってしまった。
◇◇◇◇◇
結局、食欲には逆らえず、久しぶりに毒見など考えないまま飯を貪ってしまった。
彼女も一緒になって、それはまたおいしそうに食べるのでついつい食も進んでしまう。
「ご満足いただけたようで」
ニコリと笑う彼女。
「それで、話を聞かせてもらおうか」
「ええ」
「――まずは私、ミルーシャと申します。この度は不躾なお願いをお聞き届けいただけるとのこと、感謝いたし――」
「待った待った……。まだ話を聞くだけで願いを聞くとは――」
「召し上がられましたよね?」
「えっ」
「確かに召し上がられましたよね?」
「ああ……」
「私、地母神ルメルカの国の王都にて聖女をいたしておりまして――」
「ちょっと待った。いま、聖女だと?」
「ええ、聖女です」
彼女はそうハッキリと言った。
「国は聖女を手放したのか?」
「今、私の国はまともに機能しておりません」
「だが、聖女を手放すと言うのは考えにくい……」
「でなければ、あなたを頼ってここまで来たりは致しません。それに……」
「それに?」
「この出会いは六年前、私が成人の際、神託に依って告げられていたものなのです」
「六年前だと? それなら魔王の出現も預言されていたのでは……」
「私にはあなたとの出会いしか告げられませんでした。そもそも魔王の出現の原因は国にあります」
「ああ、オレも色々と調べ周った結果、凡その理由はわかっているつもりだ」
「ええ、喩え予言されていたとしても防ぐことは難しかったでしょう」
「それで、オレに何をして欲しい。オレのことについても知っているようだが」
「ええ、あなたが私の国の領主たちに何をしてきたか知っています。実際に彼らに聞いて回りました」
「あれらがよく話したな。誰にも言うなと言ってあったのに」
「これでも国の聖女ですから。尤も、聖女の加護は失ってしまいましたが」
ニコと笑うミルーシャ。
「言っておくが失った加護を取り戻すなんてことはできないぞ」
「構いません、私は聖女に戻るつもりは無いのですから。ただ…………辛いのです。生きるのも。女神様はおそらく、こんな未来を見越して憐れんでくださったのでしょう」
「――ですからお願いです。私を穢れから解放してください」
そう言うとミルーシャは上下ひと繋ぎの服を脱いだ。
彼女の体には上から下まで布が巻かれていた。
「火傷や怪我では無いのだな?」
「ええ、肌を晒すのが怖くて…………人に見られるだけで怖いのです」
「そうか、すまない」
「いえ、オーゼ様だけは……昔から見られると知っておりましたので」
彼女は頬を赤くしながらも巻かれた布を首から順に外していき、胸元まで
オレは魔力を込めて氷の結晶のような一枚の透き通った葉を作り出す。
呪文の詠唱と共にそれはミルーシャの胸元に突き刺さっていく。
「痛いか?」
「少し……」
「そうか、我慢しろ。まだ時間はかかる」
「冷たいのですね」
それからオレは彼女の願いを聞いてやった。
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新キャラ登場です!
ルシアはLucia、あるいはルキア。
ミルーシャはMirusha。
某地母神の聖女ルシャはRuchaなイメージです。
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