第7話 追放

「どうして……どうしてこんなことを…………」


 激しく泣き崩れる私。

 乱暴に破られた扉と共に踏み込んでくるジルコワル。

 私は体を隠すようにベッドに縮こまった。



  ◇◇◇◇◇



 魔王の王都――いや、かつての地母神の王都の砦のひとつ。

 その砦の広間では平服のまま捕縛されたオーゼが私の前にひざまずかされていた。


 オーゼは激高したジルコワルに殴られ、蹴られ、腕を縛り上げられた上で額を床に付けさせられていた。オーゼなら何らかの抵抗ができたはずだったが、彼はそれをしないでいた。オーゼはどのような扱いを受けようと、憮然としていた。


「こ……の……不埒者が! 平然とした顔をしおって! 自分が勇者様に何をしたのか理解していないのか!」


 叫ぶジルコワル。


 あれから、あの魔王を倒した日から数日が経っていた。

 私には魔王を倒した直後からの記憶が無かった――。



  ◇◇◇◇◇



 あの日、気が付いたときには私の純潔は失われ、裸で乱れたベッドに座っていたのだ。


 ベッドの傍には酷くやつれた顔のオーゼが屈んで目線を合わせていた。


 本来であれば、少なくとも以前の私であれば、オーゼと一夜を共にできたことはこれ以上に無い喜びだったかもしれない。だが、正式な婚姻も無く契りを交わしたことで私の高潔さは汚されてしまった。


 私には怒りしかなかった。踏み込んできたジルコワルに無様に殴り飛ばされるオーゼ、それに呼応するかのように私は怒りのまま暴言を吐いた。兵士たちに束縛されるも私の言葉を拳に代えて殴り続けるジルコワル。そのジルコワルが頼もしくさえ思えたほどだった。


 その後、勇者の加護が失われていることを知ってしまい、知られてしまった。

 問題は私とオーゼの間だけの話では済まなくなっていた。

 オーゼはその責任を追及される。



  ◇◇◇◇◇



 ――そして追及の場、ジルコワルはオーゼの背を踏みつける。

 ジルコワルの私への崇拝は、私の怒りの感情を代弁してくれていた。


 ――と同時に、私はオーゼへの想いがはちきれんばかりに膨らんでいた。


 どこから湧いてくるのかわからないこの感情。

 無様に地を舐めるオーゼへの憐みの感情なのだろうか。

 それとも純粋な愛情なのだろうか。


 オーゼには謝って欲しい。どれだけみっともなくとも、道理に外れていようとも、謝ってくれさえすれば例え国が、世の中が許さなくとも私が護る。護ってあげると。


 しかしオーゼは、彼にとって卑屈とも言えるような言葉はついぞ発しなかった。

 彼は誇り高い。それゆえ自分の非を認められないのではないか。

 落ちぶれてしまったように見えるオーゼに私は冷たく言い放った。


「オーゼ・ルトレック白銀ソワール団長、あなたの任を解き、戦士団より追放いたします」


 その言葉に彼がどれだけ傷つくだろう。

 私には半分、嗜虐心のようなものさえ芽生えていたかもしれない。

 無様に泣いて謝ってくれれば許そうなどと。


 だが、返ってきた言葉は予想とは違った。


「ああ、いいとも。君の言葉を受け入れよう」

 

 言葉と共に彼のその優しげな顔を向けられ、私は途端に自分が恥ずかしくなった。

 耐えるように唇を噛んだ私は、零れ落ちる涙を隠すように足早に広間を立ち去ったのだった。



  ◇◇◇◇◇



「いったいどういう事ですか、姉さん!」


 いつもなら親しみを込めて姉さんと呼んでくれるルシアが、仮の執務室としてあつらえられた砦の一室に怒鳴り込んできた。彼女は元地母神の国の王都やその周辺の混乱に対処するため、砦をしばらく空けていたのだ。そして帰るや兄の追放の事実を知ったのだろう。オーゼは今、正式な処分を待って砦の牢に居た。


「オーゼは…………私の純潔を奪ったの」

「それが何なのです! 姉さんは兄さんと一緒になるつもりだったのでしょう?」


 私たちは婚約こそしていなかったが、何となくこの先も一緒に居るつもりではあったと思う。どちらともなくいつかはそんな話を切り出すと……そう私も考えていた。けれど――。


「オーゼは婚姻も無しに私を…………」

「姉さんは頭が硬すぎます! 別にそのくらい構わないではありませんか。民草をごらんなさい」


 あなただって昔はそう言っていたでしょうに。

 けれど、ルシアは大きくなって変わった。


「私を彼らと一緒にしないで! 高潔を旨とする戦女神の勇者なのよ!?」

「変わりません! 女なのですからいずれは子を産みます! 姉さんは国の道具ではないのですよ!」


 確かにそうかもしれない……。


 ――だけど勇者は私の憧れだった。そのことはオーゼもよく知っていたはず。


「……私には魔王を倒した後の記憶がありません。あの場に居た者に聞いた限りでは私はオーゼに連れ去られて砦の塔の一室に籠ったと……」


「そうです。兄さんは誰も近寄らせるなと命じられ、ガネフが塔の入口に白銀ソワールの見張りを立てました」


「なぜ…………なぜそのようなことを……」

「姉さんは……あの魔王を葬った際に呪いを受けたのです……」


「呪いを? そんなことは誰も――」

「ええ、姉さんはとてもまともとは言えない有様でしたから。誰も口外してはいないでしょう」


「なぜオーゼ一人に任せたのです! 誰か他に付いていてくれていれば!」

「姉さんが拒んだのですよ」


 私が!? 私がそう言ったと?


「だからって…………だからってこんなことが許されていいはずないじゃない!」


 ダン――と机を、両の拳で割れんばかりの勢いで叩いた。


 私はやり場のない怒りを叫び、ぶつけるだけだった。

 ルシアはそんな私を憐れむような目で見、去っていった。


 そう、怒りをどこにぶつけようと、失われた勇者の加護は戻ってきはしない。

 私の高潔さは永遠に失われたのだ……。



  ◇◇◇◇◇



 我々一行は投獄されていたオーゼも含め、一度王都へと戻った。彼の処分のこともあったが、魔王討伐の報告を国王へ、そしてなにより女神様へ行うためだ。



 戦女神ヴィーリヤの神殿。

 四年ぶりの女神様は私には何も語りかけてはくれなかった。

 労いの言葉もなく、ただ、私は加護を失ったことへの申し訳なさで涙していた。


 その後、王城での謁見となった。

 私は国王の前で跪いた。

 加護を持たない私には既にそれだけの力が無かった。


 報告を終え、労いの言葉と褒章、そして報酬を得ることとなった。

 そして何より、強大な魔王領を相手にして四年と言う短い期間で討伐に至ったことは高く評価された。これまでの地母神の国との歴史を見ても、これだけの短期間、少ない兵力で、これだけの大きな成果を得たことなど、伝説の上でも語られていない偉業だった。


 ただ、それを成しえることができたのはオーゼの力あってこそだった。

 オーゼは戦士団から追放されるだけでなく、それ以上の罪に問われようとしていた。私は彼によって加護を失ってしまったが、彼無くしてはこの偉業を成しえなかったことを陛下の前で説いた。陛下は――なるほど、それは一考すべきだ――と、彼への評価に同意してくれたものだとばかり思っていた。


 しかし、実際は違った。オーゼはただ罪に問われなかっただけで、着の身着のままで王都に放り出された。領地の継承には国王の同意が必要だ。故郷の領地の継承権もルシアに移り、手持ちの財産は全て取り上げられた。彼の愛用していた装備も全て没収され、私の目の前にあった。


「このようなもの……」


 せめて彼の元へとは言い出せなかった。彼をどうしたいのか、自分でもわからなかったのだ。怒りに伴う醜い感情と、憐みかもしれない彼への愛情が私の中でせめぎあっていた。



  ◇◇◇◇◇



 陛下の裁定が下されたのち、ルシアは私たちの元を去っていった。おそらく兄を追ったのだろう。


 オーゼの指揮していた白銀ソワールは解散となった。

 国の中の、主に兵士たちの間で白銀ソワールの名が蔑まれたことも理由のひとつだった。魔王との戦いでは二級戦力とは呼ばれていたが、本当に我々を勝利に導いたのは白銀ソワールの彼らなのに。前線で協力していた軍部の高官はそのことを知っているはずなのに、白銀ソワールは解体された。


 ルシアの残していった赤銅バーレはルハカが後を継いだ。

 二人はあれだけ仲が良かったのに道を違えてしまった。赤銅バーレはルハカの元、国を守る強力な戦士団として旧魔王領との境界周辺に配置された。


 旧魔王領はと言うと、辺境領地を協定で周囲の国に割譲されはしたものの、王都を中心とした広い領地は未だそのままだった。何しろ、領主たちのほとんどは健在だったのだ。ただ、統治者が居らず、神も不在。おまけに魔王が生み出した化け物のほとんどはそのままという、混沌とした土地へと変わっていた。


 私にはジルコワルがついてくれていた。

 私たちの指揮する金緑オーシェ青鋼ゴドカの誉れある二つの戦士団は、王都にて魔王を撃ち滅ぼした精鋭として、国軍とはまた独立した組織として人々の憧れを集めたのだった。




 第一章 完







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 ここまでお読みいただきありがとうございました!

 本作、四章構成を想定しております、その始まりの第一章完となります。ちょっと長めかもしれませんが、内容からどうしても中編以上になってしまい、ヤドリギのようにはいきませんでした。どうも作者は悪人とかざまぁ(ただしセルフ)とか上手く描けないのでこの先面白くなっているかはわかりませんが、お付き合いいただければありがたいです。


 次回、二章プロローグです。


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