3話 追いかけっこ

 駆け込んできた里奈りなは、入り口にいた俺の存在など目に入らないかのように、レジのあかりにまくし立てる。


「チケット、盗まれた! あかり、助けて!!」

「え!?」


 一瞬、大きく目を見開いたあかりだったが、次の瞬間にはカウンターを飛び出していた。「店長! 出て来ます!」そう背中越しに言うと、コンビニの制服のまま外へ飛び出す。一瞬遅れてそれを追う俺。更に遅れて外へ出る里奈。


 外へ出ると正面にある横断歩道の真ん中あたりを全速力で走るあかりの姿があった。

 制服の下はショートパンツ、そこから伸びる小麦色の両脚。小柄ながらもスライドを広げて全力疾走する彼女。その韋駄天いだてん振りに歩行者用の信号も慌てて赤に変る。


 そして少し薄暗くなった県道の向こう側、はるか左手にはあかりの追撃から逃れようと必死に走る一人の男子の姿を発見! 腕には小さなバッグのようなものを抱えている。彼は一旦、道沿いにある公園へ入る。信号を渡りきったあかりも正面の郵便局を公園方向へ急カーブを切る。


 一方、この俺は信号の前で足踏みだ。信号無視しようにもこうも車の流れがあったのではムリだろう。後ろで里奈もオロオロと立ちすくんでいる。


 再び左手を見ると公園に入った男子は、ものの十秒でまたそこから出て来た。公園を抜けて逃げ切ろうと考えたのだろうが、あそこの公園は袋小路になっていたはず。行き場を失って戻って来たようだ。更に左方向へと走り出す男子、それを追うあかり。二人の差は約五十メートルと言ったところか。

 しばらく走るとその男子はスッと小路を右折。市道に逃げ込もうと言う算段だろうか。

 その約十秒後、全速力のあかりも角を曲がる。ガンバレ、あかり!!


***


 ようやく青に変った信号を渡り、向かい側の歩道に辿り着く。遅れて来た里奈に構うことなく、俺も郵便局を左に曲がると公園の前を通り、二人が消えた市道へと入る。


 右へと曲がったその市道沿いには、公共施設が立ち並んでいた。体育館、図書館、公民館・・・。今日は月曜日と言うこともあり、官庁は休みのところが多いようだ。この通りの施設も半分くらいが休館している。

 そんな通りの遙か前方、公民館の前にあかりが立っている。例の男子と一緒だ。


 ハアハアと息を切らしながら二人のもとへ辿り着く俺。


―――しかしあかりのやつ、よくこんな短距離間で追い付けるな。


 俺と同様にハアハアと息を切らしている男子。それに引き替えあかりは何事もなかったかのように息ひとつ乱れていない。どんな体力してんだよ!

 ってか、この男子、マスクしてっけど小嶋こじまじゃね?


「はぁはぁ、なんだよお前ら!」


 俺と視線があった男子はマスクを外すと怒鳴り口調で睨みつける。凄んでいるつもりだろうが息は上がったまま。やはりクラスメイトの天体オタク、小嶋孝夫こじまたかおだ。


「ねえ小嶋、里奈のチケット取ったでしょ?」

「はぁ? チケット? ・・・なんのことだよ」


 あかりの問いかけにしらばっくれる小嶋。そこにようやく里奈が辿たどり着いた。


「わ、わ、私のチケット返してよぉ~・・・! はぁはぁ・・・」

「お、お前が取ったんだろ小嶋!」


 俺は軽くヤツの肩をドツキながら言う。少しはあかりに格好良いとこ見せないとね!

 しかし、そんな俺を無視するかのように彼は言い返す。


「だから何だよチケットって!」

「私に、私にぶつかって・・・チケット、落ちて・・・取ったでしょ! はぁはぁ・・・」


 未だに息を切らしながら断片的な単語を並べる里奈。


 彼女が言うには『コンビニを出た少し先で小嶋がぶつかって来た。その拍子に落としたチケットを小嶋が盗って逃げた』と言うことらしい。


 それが本当なら現行犯だ。御用だ、小嶋!!


 しかし、里奈の主張におくすることなく小嶋は自信満々に言い放つ。


「盗ってねえって! なんなら俺のカラダ中を調べてみろよ!」


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