6 天狗の死①
6 天狗の死
「お姉さま! 早く行きましょう! 今夜は豆腐パーティーですわ! 湯葉に冷奴に、湯豆腐、木綿豆腐に豆腐のお味噌汁! ああ、なんて素晴らしいのでしょう!」
「うん、パーティーというよりそれは品評会ね、それは。せめて豆腐ハンバーグは入れて欲しいカナ!」
イーは例の絶対水平ボックスをその細腕で抱えながら脱衣場の出口で今か今かとニアのことを待っている。尻尾があったらぶんぶん左右に振れていることだろう。
「まったく、若い子は元気ねえ…………」
イーは風呂から上がるとユニセックスデザインの下着とシンプル極まりない―――ディストピアの市民が着ているような―――ワンピースを湯の雫が拭きとらぬままにさっと着けると自動ブロー装置で髪を乾かしてしまった。
一方のニアは、頭がのぼせ、足取りもフラフラで歩くのもおぼつかない。この辺の違いは若さなのか、本人の特性なのかは正直わからない。
「…………あれ、MRグラスがない」
ロッカーの中の籠には黒一色のトップスとパンツがあるだけで本来は肌身離さずつけていなくてはならないMRグラスがない。
「えっ、ウソ、嘘でしょ」
途端に背筋に氷柱を押しつられたような寒気を感じた。AKIには口を酸っぱくして絶対に外すなと言われていたのである。不正アクセスの危険もあるが、アナログ的な要素が壊滅した社会においては半身を喪ったと同じことだ。特にこんなへき地では再認証することすら難しい。
「お姉さま、どうかされたんですか?」
痺れを切らしたイーが横に来て首を傾げていた。
記憶を辿るとラーメン屋で食べていたときは確かにあった。カロリーの暴力みたいな食事をしながらほろ酔い気分でAKIとギャーギャー騒いでいたことは覚えている。そして、ビールをもう一本注文するかしないかで揉めてブチ切れて巾着袋に押し込んだのだ。
MRグラスには曇り防止機能があるが、そもそも山本似愛の頃からスマホを風呂を持ち込む習慣を持ち合わせていない。だから、浴場に持ち込んで落とす可能性はほぼないと言っていいのだが…………。
「やっぱりロッカーの中には入れていたよね。でも、巾着はあるのに眼鏡がない…………」
「お姉さまはMR
「そうよー。ねえ、イー。あんたの生体MRから私のMRグラスにアクセスしてくれない? 場所がわかると思うから」
IDを言おうとしたが(認証はニアの顔を見ればできる)、イーはかぶりを振った。
「いいえ、お姉さま。ここは『顔無し』の敷地内です。アクセスは連中の許可がなければできませんわ」
「どういうこと?」
「着替えればわかりますわ」
釈然としないものはあるものの、イーの言う通り着替えを済まして脱衣場を出ようとすると手を前で組んだ狐面の係員が楚々とした態度で待ち構えていた。
「あなたは……受付の?」
「ニア様。誠に恐れ入りますが、MRグラスをこちらで預からせていただきました」
「そんな!? どうして!?」
しかし、狐面の係員はニアの問いには答えないどころか、全く意外な質問を投げかけてきた。
「ニア様。当施設の敷地内には自家用車でお越しになられましたか?」
「そう、だけど…………それがメガネを没収されるのと何が関係あるのよ!?」
「男性の方が運転されていたようですが?」
「お姉さま!? そうなのですか!?」
その言葉を聞いた途端、イーが気色ばんで詰め寄ってくる。あー、面倒くさい!
「だから、タクシーが通信障害で予約できていなかったから、たまたま駅に来ていたその人の車に乗せてもらっただけだってば!」
時山は施設の正面でニアを降ろすとそのまま少し離れたところにある駐車場に去ってしまった。それ以来、時山の姿は見ていない。車中の話では参号棟を予約しているという話だったはずだが…………。
「その男性客とは車の中で何かお話されましたか? また何かを受け取ったりしていらっしゃいませんか?」
そのときに至ってニアは問題の焦点が時山に絞られていることに気づいた。火の粉が飛びそうな要素がないか頭の中で確認しつつ、車中で聞いた内容を慎重に話す。
「それで?
「『時山修一郎』という名前は偽名です」
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