第55話 

「悪いねぇ手伝ってもらっちゃって、少しだけど、後で分け前まわすよ」


慇懃無礼な態度だ。


こいつ俺にやる気を出させる気か。


しかし、この線路は本当にいい鉄だ。切り口から見るに結構な高純度だ。俺の鍛冶職人としての勘と経験がそう言っている。


ちょうど満杯になったところで


入り口に向かってトロッコを押していた時、あ、やっちまったと思った。


きれいに脱線した。トロッコは身動き取れなくなった。


「お前さぁ、普通奥から入り口に向かって線路を積んでいくだろ、入り口から切断したらそうなるにきまってるだろうが」


岬は呆れている。


「せっかく俺が通りやすく、モンスターの死体をよけてやったのに」


匿三はトロッコを見て、これはもう動かせないだろう、車輪が地面にできた隙間にはまっているといった。


「あの、これみなさん全員で担いで外に出すのはいかかでしょうか」


盗賊はおずおずと申し出た。


岬も匿三も渋い顔するだけで何も言わない。気の毒だが手伝う気は毛頭ない。俺もこれで労働から解放されたと一息ついた。


「あの、なんとかなりませんか?あなたからも言ってください」


盗賊はサティアンのほうへ向かって声をかけるも、誰もいない。ついさっきまでそこにいたのに。


「あれ、あの人は?」


「奥のほうに行ったんじゃないか?」

俺は適当に返事をした。そして切断した線路を一つ手に取りじっと見つめた。


うん、いい鋼だ。


これなら打ち直せば量産型の剣より、はるかに品質のいい剣が作れる。剣だけではない、ボルト、釘、楔、加工すればいくらでも再利用できる。

市場に流せばひと財産だな。


このトンネルにどれほどの鉄の埋蔵量があるのか、ちょっと気になってきた。いやというか、もう一生暮らせるんじゃね?


サティアンは盗賊にこれを全部譲ってしまうつもりか?


スパイの報酬としては高いのか安いのかイマイチ見当がつかないが、独り占めにさせるのはちょっともったいないのでは。


「あのー、聞いてますか?」


「悪いけど、俺たち忙しいから。誰か他の奴をあたってくれないか」


「そうですよね、こんな醜い盗賊を助ける者なんていませんよね」


卑屈な笑みを浮かべている。が、その眼は諦めていない。というかそんな問題ではない。俺の興味は完全にこの鉄に向いていた。


盗賊は奥のほうに小走りで向かっていった。


そこにサティアンがいると思ったのだろう。だが、盗賊の予想に反していたのは、そこではサティアンがトロッコに腰をかけて手紙を読んでいたということだ。


「あのー」


盗賊は恐る恐る話しかけた。


「なんですか?」


手紙から目を離さずに返事をする。


「助けてくれませんか?なんでもしますから」


その言い方がちょっと癇に障ったのか、サティアンは不機嫌に答える。


「そういうのいりません」


盗賊は少しムッときたようだ。


「でも、あなたはいいのですか?こんな劣悪な環境で一生を終えるつもりなのですか?」


俺は苛ついた。人の迷惑も顧みず、助けてください、はないだろう。しかしサティアンはトロッコから降りると、盗賊の正面に立った。


「あなたが求めるものはなんですか?」


少し間を置いて、そして答えた。


「名誉です」


「名誉ですか」


サティアンは冷笑した。そして言葉を続けた。


「そうですか、それなら叶えられると思いますよ」


その目は見下している。


「どういうことですか?」


盗賊は戸惑っている。サティアンの言っていることがさっぱりわからないからだ。


「これからあなたがやることは、私が指示したことだけを行ってください」

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