第49話 またミスった

「ふー、それじゃよろしく」


「ええ、討伐応援しておりますよ」


出てきた人物とガッチリ目が合った。勇者だった。思わず息をのんだ。


「おお、後輩君!高給取りの」


勇者はスポーツ部の先輩風で快活に声をかけてきた


「あ・・これは・・どうもどうも」


俺は思わずヘイコラしてしまった(まずい!2度目だ顔見られたの!)


「君もこういうことすんだね」


「え・・・まあ、はい」(どうする?早く離れないと・・・)


「じゃ!急ぐんでこれで!」


勇者はそういうと足早に去っていった。まるで逃げるように。ポカンとしていると、声がした


「お客さん、交換ですか?」


振り向くと、交換所のわずかな隙間から女性がこちらを覗き込んでいる


「はぁ?交換?」


俺は意味が解らず聞き返した


沈黙


「ちっ・・・何しに来てんだよ・・」


女性は不快そうにして奥に引っ込んだ


~そうだ、カジノ行こう 勇者とともに~


店内アナウンスが流れた時、サティアンは我に返った。目の前にはコインが積み上げられている。手元にはカードが2枚握られている。クズ手だ。


「この勝負降ります」


勝負を放棄した


「私としたことが、つい熱中してしまいました」


「おお、勝ちましたね」


俺はおずおずと声をかける


「さてこれからが大変ですがね」


? 何の事だろうか よく分からないがとりあえず勇者と知り合いになっていたことは気づかれていない


ホッとした


店内にいたのだから当たり前か


匿ちゃんとも合流した


プラスマイナスゼロだったと他人事のように話す


まあそんなもんですよねと俺は答えた


「お待たせいたしました」


黒服はコインを数え終わるとサティアンに札を渡した。札には数字が書いてある。

そしてカウンターにもっていくと少しだけ札の数字とは少なめの金塊風インゴットと交換してくれた。


見た目よりもかなり軽そうだ


「・・・・ない・・・」


サティアンがポツリと呟く


何事かと景品棚をよく見てみると『オリハルコンの鞘』がなくなってしまっている


ついさっきまで確かにあったのに忽然と姿を消してしまった


『オリハルコンの鞘』


景品のネームプレートだけがガラスケースの中で、鞘がそこに在ったことを主張していた


「あ・・あ・・」


サティアンは持っていた金塊風インゴットをポトポトと落としてしまった


そんなにショックだったのだろうか


「あ~落ちましたよ」


俺はそれを拾い上げてみると、ティッシュ箱とさほど変わらない重量感であった


そして、よくみると金箔が剥がれかけている


「あ・・あ・・」


サティアンは固まっている。


ついでに金魚鉢に入れられた金魚みたいに口をパクパクさせている。


そんなにショックだったのだろうか


「まあまたの機会にすればいいじゃないですか」


「・・・・」


サティアンは黙りこくってブツブツ何かひとりごとを言っている


「また新しく入った時に来ればいいじゃないですか、このインゴット持って帰りましょう」


「お、おいピぃちゃん!」


匿ちゃんは俺の腕を掴むとトイレに行ってくると言い、俺を引っ張っていく


「ふー危ない」


匿ちゃんはホッと溜息をつくと、俺のほうに向きなおる


「あーなっている時はあまり近づかないほうがいい」


「?」


「作戦を練り直しているのだろう、頭の中で。そしてそれを邪魔するとあいつは怒る」


匿ちゃんは俺を凄みのある眼で睨むように言った


え、あの顔がそういう顔なの?


台所でメニューを考えている時、洋服屋でコーディネートを考えている時、風呂に入って明日の時のことを考えている時


いろいろ想像してしまい吹き出しそうになる


「しかし大丈夫ですよ、要するに今回の作戦、ショーケースの中にあった『オリハルコンの鞘』が要なんでしょ?」


まあ、そうだなと匿ちゃんは腕を組み、唸る。そして俺からの返答を待っている


「待てばいいのです、また店が入荷するまで」


「・・・は?」


「交換に必要なインゴットはもうこっちにはあるわけでしょ?なら待てばいい、『オリハルコンの鞘』が再びガラスケースに入るまで」


「・・・『オリハルコンの鞘』が再びガラスケースに入る日っていつだよ?」


「そのうちに入るでしょう、まあ明後日か明日?もしかしたら今日中にまた店員さんがいれてくれるかも、まあ具体的にいつかは知らないけど」


「あのなあ、クレーンゲームの景品じゃあるまいし、そんなすぐに入るか?だって『オリハルコンの鞘』だぞ?!」


「簡単に手に入りますよ、だってあんなものーー」


「ちょっと、そこの2人」


突然、誰かが入ってきて声をかけてきた。振り向くとそこにはミサ姉がいた。店員の格好をしている


「おおっびっくりした」


チェック柄のスカートにネクタイ、ピンクの長そでシャツ、スカートと同じチェック柄のベスト、ローヒールの黒いパンプスを身にまとっている


「なかなか似合ってるぞ」


匿ちゃんが褒める


「お客様、掃除の時間ですのでお席にお戻りを」


とニコニコ顔で言った


ここ、男子トイレなんだけどな


「ミサ姉その制服にあう~」


ここは褒めておいて損はないだろう、変化には気づいてあげましょうと名曲取扱説明書にもそんな歌詞があった


ミサ姉の反応を見るに案外まんざらでもなさそうなご様子だ


匿ちゃんも先ほどのいらだちもすっかりおさまっているもよう


サティアンはというと机に突っ伏してしまっている


そんなサティアンにミサ姉は店員の体で声をかける


「お客様、起きてください、そこは寝るところではございません」


無反応


店のキッチンカウンターから持ってきたアイスコーヒーの入ったグラスをうなじに押し付ける


「ひゃっ!冷たい!」


サティアンは飛び起きた


「いきなりなんですか?」


岬を睨みつける


「お客様、ここは寝るところではございません」


岬はニヤニヤしながら店員を演じ続ける。ああ、これはあれだろうか、今朝の仕返しなのだろうか。結構根に持っているのかな


「あなたが単独行動したせいで、作戦が台無しになってしまいました」


サティアンは意外なことを言い出した


「さくせん・・? お客様、何のことだかさっぱりわかりません、私はここのバイトですよ」


「…職務放棄する気ですか?」


サティアンの瞳に暗い影が差した。あれはどこかで見た気がした。


「じょ、冗談だよちょっと遊んだだけじゃん」


ミサ姉はたじろぎながら引きつった笑顔を見せた


サティアンは溜息をついた


「ここにいても我々ができることはありません、一旦出ましょう」


「あ、出るの?じゃあここのバイト辞めるっていってくるわ」


岬はサッとスタッフオンリールームと掲げられたドアをくぐっていった


・・・思い出した、サティアンのあの瞳、あれは親方をレイピアで貫いたときの瞳だ


背中がゾクゾクし、冷や汗が出る。岬の入っていったドアから怒号が聞こえてくる。


もうやめるってどういうことだ!?半日も働いとらんじゃないか!?


「お疲れーしたっ!」


ミサ姉がモブマントを小脇に抱え、店の外に飛び出していく


3人も後に続いた


全員モブマントを装着する


俺にミサ姉が耳打ちをする


「お前、また勇者に顔見られたな」


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