第41話 多少の犠牲はしかたない・・・よね

目が覚めるとベットの上に寝そべっていた。昨日のことを思い出そうとすると頭痛がした。鬱屈した思いで体を起こすと机の上に報告書が置いてあるのが目に付いた。

その時、昨日ここに帰ってきてから、報告書を書き上げてすぐベットに入ったことを思い出した。井戸から汲み置きしておいた水を立て続けに2杯飲んだ。寝起きは常温の水を飲んで水分補給を欠かさないのが俺の日課でもあり健康管理の一環でもある。


意識がはっきりしてくると、仲間の声が聞こえてきた。


「勇者のやつ、また逃げたんだって」


ミサ姉が下唇をつき出しながらシャワールームのある方へとズカズカ歩いていく。


「まったく、こんな勇者は初めてです」


サティアンは溜息まじりに手元の資料に目を落としている。


「せっかくの段取りが台無しだ」


匿ちゃんはストレッチをしながら、ボヤいている。


「みなさんお揃いで」


俺は誰にというわけでもなく、そう言ったとたん一瞬、妙な空気が流れた気がした。


「おお、ピぃちゃん起きたのか」


答えてくれたのは匿ちゃんだった


(なんだ?今の間は?)


「・・・朝食、皆さん先にいただきましたよ」


サティアンは資料らしきものをカバンにしまい込みだした。なんだか焦っているようにも見える。台所の鍋を覗き込むとポトフのような、野菜の入ったスープが残っていた。あとはバゲットが数切れ、1つは一番端っこの部分だ。


(これっぱかしかよ)


俺は心の中で不満を漏らしながら、パンの一番硬くて食べづらい部分をスープに浸した。少しでも食べやすくしたい。マナーが悪いという人も中に入るかもしれないが、そんなものは貴族階級に任せておけばいい。


大切なのは実用性、ここではストレスを緩和して食べるが正解だ。


「食べながらでいいから聞いて下さい」


サティアンは俺の返事を待たずに話し始めた。


「我々は勇者の行動をずっと見張ってきました。分かったことは一つ。あの馬鹿はまったく我々の思惑道理に動いてくれません。これから勇者に装備を与えたいと思います」


「・・・勇者自身で取りに行かせるのではないのですか?」


「今回は特別だ、こんなことは俺も初めてだ」


ベテランの徳ちゃんもサティアンに完全同意といった感じで頷く


(まあ、おかげで得したこともあったのだがね)


それでどうするというのだ・・・?俺はサティアンを見つめる。表情で伝わったのかサティアンは言いたいことは分かりますよといった感じで説明をはじめた。


「勇者の装備、即ち兜、剣、盾、鎧、この4点セットを我々が先に確保してしまいます」


「そんなことができるのですか」


さすがだこの人たちは・・・俺は感心しながらバゲットを口に含んだ。


「いいえ、できません」


サティアンは真顔で言った。


俺は、思わずむぐっとバゲットをのどに詰まらせそうになりながら、「‥水・・!」と慌てふためきながら、台所の鍋をつかみ、中身が空っぽで鍋を床に落とし、牛乳の入った瓶を見つけ、掴むもそれも手を滑らせ、落としてしまい、もがきながら「大丈夫か、ピぃちゃん!」と匿ちゃんにドンドンと背中を叩いてもらって「ふ~助かった~」と一息つき終えると「って!それじゃあどうするんですかぁ!?」とツッコむ!


というベタな展開になることもなく


「ではどうするのですか」


と真面目に答えた


「勇者にはもう期待しません。そこで勇者にはバーサーカーになってもらいます」


「あの装備だな」


匿ちゃんはそれだけで大体理解できたみたいだ


{般若の仮面}


まずはこれを入手するというのが今回の作戦である。さて般若とは女性の表情をかたどったものであるということは御存じだろうか。般若、神社などで見かけるあの鬼の表情、あれは女性が憤怒、嫉妬などネガティブな感情があらわになったとき、または理性の限度を超えたときの表情そのものなのである。


「さっでは始めますよ」


サティアンの合図でまず俺は近所にある雑貨、食料品店に向かった。サティアンはミサ姉が入っているシャワー室の前に行き、中にいるミサ姉に声をかける。


「岬さん、ちょっと話があります。そのままでいいので聞いてください。というか話を聞き終わるまで出しません」


と宣言した。


匿ちゃんは机に向かい、ぶつくさいいながら紙に作文を書き始める。俺はというと、スポンジケーキに生クリーム、ボウルと泡だて器を買って台所に戻る。


「ああん!?てめぇなんだよその言い方はよー!」


「岬さん、そういう口の悪いところが駄目なんですよ」


「説教ばっか垂れやがって、お前ふざけんな」


ドアを開けようとするも、サティアンがそれを阻む。


(ふたりとも、準備はできましたか?)


サティアンはこちらを見てくる


「よし、原稿完成!」


匿ちゃんは満足げにうなずき、俺は内容を一瞬で頭に叩き込む。そして俺は原稿を読んでいる間も、生クリームをかき混ぜるために手を止めない。サティアンは覗き込むと、良いですねこれで行きましょうと頷いた。ミサ姉はガンガンとドアを叩く、もうドアが開く。限界が近い。


ガシャーンとドアが開いた。


「でめえ、好き放題いってくれたな」


メラメラと闘志を燃やしながらバスローブ姿のミサ姉がサティアンを睨みつける。サティアンは一切、物怖じしていない。


(では、いきますよ)


と俺と匿ちゃんにアイコンタクトをしてくる。ここまで来たらやるしかない!


「ミサ姉、聞いてほしいことがあるんだ」


俺は興奮冷めやらぬミサ姉に声をかける


「ああん、お前もか、何かあるのか!?」


熱気とシャンプーのいいにおいが伝わってくる。俺は背中から冷や汗をかきながらも自分に与えられた役割を果たして見せた。


そして見事、{般若のお面}を手に入れることに成功した!


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