第36話 仲間の一面を知ることができるのも仕事の楽しみ

くそっ!こんなことならワルツにしておけばよかったぜ!ワルツなら、今度「美女とワルツを踊ってみた」という企画をするのですが、そのための練習です。


と言い訳が出来たではないかっ・・・


ぐあぁああ迂闊だった。悶絶していると、勇者一行の話声が聞こえてきた。


「なあ、あれって人型の敵?」


「うーん、こんなこと初めてだからわからない」


いやいや落ち着け、ここはもう誤魔化そう。勇者に話しかけられたら、「私は城のダンサー、たまたま見つけたこの部屋でお稽古をしております」


という説明的セリフで乗り切ろう!


そう苦渋の決断をしたその時、カチャリと音がした。


宝箱が勝手に開いた。


そして黒い霧が噴出し、部屋を真っ暗闇にした。


ドスンと下腹部に殴られたような衝撃が走る。体が痙攣し、動けない。そして何者かが俺の体を担ぎ上げ、宮殿の外へと運び出された。


「お前、なんでここにいるんだ?」


ミサ姉が目の前にいた。


「え?ミサ姉こそなんで?」


「今日、お前休みだったよな?打ち合わせでは、お前が出てくるなんて全く聞いてなかったぞ」


「・・・」俺は答えに詰まった。


頭上から「岬さん」と声がした。サティアンだ。


彼らは出ていきましたよ、と言いながら梯子を下りてきた。


俺は匿ちゃんからここに勇者が来ることを聞いたので、気になって見に来たことを告げた。


「あいつ、余計なことを・・」


「とりあえずここから出ましょうか」


2人は下水道を歩き出した。


先ほど水門の水が通ったせいで水たまりがたくさんできている。


ひょいとサティアンは水たまりを飛び越える。その後にミサ姉、しんがりが俺。


壊れた扉を潜り抜けると、ビール樽とアーマーが床に散乱していた。


(このアーマー、ベルクート製だ、なんでここに・・?)


アーマーを持ち上げてみる。この重量やはり間違いない。製造番号を確認してみるとR:###となっていた。どうも誰かが万力のような工具で潰したように見える。製造番号を消してしまうのは確かいけないのではなかっただろうか。


・・・ビールのせいでべとべとだ。


これは一回すべてのパーツをはずしてバラバラにしたうえで、洗浄しないと錆びついて使い物にならなくなるなと思った。


「なあ、人形があるぞ」


ミサ姉が部屋の角のほうを指をさす。確かにアーマーディスプレイ用のマネキンの上半身が20体ほど積み上げられてあった。

人形には、くっきりとアーマーを取り付けていた跡があった。ごく最近まで装着していた証拠だ。アーマーはどこに消えたのだろうか。


「ここは盗品貯蔵庫のようだな」


ミサ姉がつぶやいた。


「ふふっ、こんなでかいビール樽まで盗んできて、ご苦労なこった」


まだ無事なビール樽をゴンゴンと蹴る。


「ここまで運ぶには相当な労力が必要になるぞ、まず石段を下って、それからあの狭い通路を通して・・」


「岬さん」サティアンが口をはさむ。


「どうしてあなたはそんなにここに詳しいのですか?」


「図面がばっちり頭に入っているからだ、ここはかつて私の家が造ったんだ」


岬の実家は城の堀、および町のほとんどの下水道の建設を請け負うほどの大きな建設ギルドを経営していた。岬自身は子どもの頃から建設現場を走りまわる元気な子供だった。足場や途中までしかできてないブロック塀などは岬にとってはアスレチックコースのようなものだった。毎日のように現場に侵入し、追いかけてくる職人から逃げるため、走り回っているうちに軽業師並みの身体能力を身に着けた。工事が完成する頃、岬は私立術式学園というあまりできの良くない子が集まる学園に入学した。


全くと言っていいほど勉強もせず、自分の名前もきちんと書けるかどうかすら怪しかったが、何とか最もレベルの低い学科に入学することができた。


その頃、岬の身の回りではおかしな出来事が多発していた。かつて現場で働いていた職人が消えてしまっていたのだ。


岬がある日、授業をサボり、学園から抜け出して裏路地を歩いていると、顔なじみの職人が誰かと話しているのを見た。


その誰かはフードを頭からかぶっていた。


そして職人に


「お前は目を閉じた状態で、下水道を通れる自信があるか?」


「素手で城の壁を登れる自信があるか?」


と尋ねた。


職人がそれくらい楽勝だよと快活に答えると、レイピアでその誰かは職人を刺した。


同様の事件が同時期に多発していた。2つの質問のうちいずれかに肯定すると行方不明になる。


取り調べを受けた岬はその際、役人に尻を撫でられたと思い殴り倒してしまった。

刺した誰かの顔をハッキリと見たはずなのに、いざ似顔絵を描く段になると覚えていなかった。学園長は役人側に反省の意を示すため、岬の在籍していた学科名をホームレス科にした。


「無茶苦茶ですね・・・その話どこまでが本当なんですか」


サティアンは懐疑的な声を出した。


「あ?あんたみたいなお嬢様にはわかんねーよ」


ミサ姉はプイと横を向いて先に進んでいった。サティアンは無表情でそのあとに続いていく。今の話からするとミサ姉も結構なお嬢様だと思う。


「二人とも、結構なお嬢様だったんですね」と俺はもみ手しながら後に続いた。


「・・・」


2人は無言で進んでいく。


無視ですか。そーですか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る