第26話 よくあるステージチェンジの回?
「それでは続きは明日にしマス。被告人は退廷してくだサイ」
再び、黒い霧がどこからともなく吹き込んでくると、渦を巻きながら被告人を包み込みこんだ。そしていつの間にか被告人とともに黒い霧は綺麗に消えてしまった。
げふんげふんとせき込む声が聞こえてくる。陪審員席からの方だ。フードのせいで表情は窺えないが、明らかにあれは俺のせいだろうな。
黒い霧の出現したせいで驚いて、気が緩んでしまった。
お腹をさすりながら足を右から左に組み替えた。
法廷画家の方へ眼をやると、ちょうど絵を描き終わったようであった。満足げにうんうんと頷いている。
「ちょっと用便を済ませてまいります。次の裁判は5分後に執り行いマス。」
裁判長が席を立った。
「ちょっと、何を食ったらこんな匂いになるんだよ。」
「はぁ?私じゃねーし!」
陪審員席の方で小競り合いが始まった。すまん、みなさん犯人は私です。
ですが名乗り出るつもりはありません。
なので皆さんの中で罪を擦り付け合ってください。
そして「雨降って地固まる」みたいな感じになってください。
どうかお願いします。
「大体おめーは普段から身だしなみがなってねーんだよ。口臭は酷いしちゃんとケアしろ。」
「そんなん言っていいんだったら、お前ワキガだろ。」
「ありえねーわ、みんなもそう思うだろ」
「・・・・・・・・・・・・ハハッ・・・・ハハ」
「うん・・・まぁ・・・・」
「・・・・・・・・エヘン・・」
「‥こほん」
静寂。
「・・・!!!!」
ここにいる人全員のうち、ただの誰一人も肯定も否定もしなかった。
そして真実はただそこに在るだけであり、それ以上でもそれ以下のものでもない。
その場の空気を感じ取る行為は、古来より人類が今日の日まで生存してこれた大切な財産といえよう。
だか人は財産によって身を滅ぼしかねないこともあるのだ。
「なぁ・・・私はくさいのか・・・」
そうつぶやいた陪審員の1人は立ち上がると、ゆっくりと裁判所の中央のほうに歩いていく。
「おい、どこに行くつもりだよ」
「あのさぁ、そういうのも個性だと思うよ」
フォローにもならないフォローを他の陪審員たちがしはじめる。
「フフッ、・・・ハハハ・・・そういう気遣い!一番ムカつくんじゃあ!」
ギャーッと叫び声がした。そして俺の目の前にバサリと紙が降ってきた。
ブチ切れした陪審員が、半径5メートルくらいを気合でボーンみたいなやつで法廷画家の道具を吹き飛ばしたのだ。
紙は粘着性なのか、あるいは塗料のせいなのか知らないが、顔にビッタリと張り付いてとれない!
もう目の前は真っ暗である。
「うわぁ何だこれ!」
俺は思いっきり叫んだ。叫んだつもりだったが不思議なことに聞こえない。
自分の声がまるで聞こえない。今自分が見ている光景は完全なる闇だ。
タダの一筋の光さえみえない。そして浮遊感までしてくる。
やばい、これはなんだ!?
ブラックホールに飲み込まれてしまったのだろうか。
パニックになりそうになりながらも、そんなことを考えた。
浮遊感までしてきた。全身の体の感覚がすっぽり抜け落ちた。
呼吸もしない。心臓もならない。熱くも寒くもない。ただそこにいるだけ。何も聞こえない。
もう俺は死んでしまったのだろうか。今いるこの場所はあの世への通過点なのだろうか。
光が現れた。小さな芥子粒ほどの、ほんのわずかな光子。
1粒だったのが5粒、そして5粒が20粒くらいに増えた。
またどこからともなく、芥子粒のような光子が現れ、俺の目の前をモザイク状に照らす。
この光景は温泉でのミストサウナを思い出させた。
光子は一カ所に集まり始めた。豆電球ほどの光は心に温かみを与えてくれた。
絶望を打ち砕くには十分すぎた。光子はまだまだ集まってくる。
ロウソクの炎くらいの大きさになると、ほんのわずかにあたりを照らしてくれた。
じーっと炎を見つめていた。光子は炎を中心に、渦上に移動しながら地球と月のようにまわり始めた。
光はどんどん強くなっていく。
その美しい様子にすっかり魅了されていた。
周囲を明るく照らす。
すると対面に皮を剥いだヤギのようなやつがヌゥと出てきた。まるで昆虫のような、まったく感情を感じさせない目をしていた。
光の向こう側から、じーっと見つめてくる。
どうしようもないのでこちらもそいつをじっとを見ていた。
恐怖は全くなかった。ただ真っ暗闇の中で何者かと出会えたことが、何とも言えない気持ちにさせた。
どうしたらいいのかわからない。
あ、どうも・・・ とりあえず会釈だけはしておこうか。そんな感じだ。
4秒くらいたっただろうか。
俺はものすごい力で吹き飛ばされた。
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