第25話 ヤバい腹がヤバい
「なお、今回の裁判は市民の皆様の中からランダムに選ばれた陪審員の方々に判決を委ねる形となっておりマス」
「陪審員の方々はお手元の資料から事件の概要をご理解していただいたうえで、ご判断をしていただきマス」
「それでは陪審員のみなさん、入場および着席を願いマス」
最前列のガラガラだった席に黒い霧が発生したかと思うと、八人の黒い人影がスゥと現れた。俺はゴクリと唾を飲んだ。瞬間移動なのだろうか、いつの間にか最前列には人が着席していた。ゾっとする。なぜならあの黒い霧、あれは鍛冶屋で見た霧とよく似ていた。黒い霧が少しずつ晴れていく。煙の中から陪審員の姿かたちがはっきり見え始めた。全員フード付きのコートを羽織っている。金色に輝く王国の紋章が背中と肩が入っている。
紋章は神々しく輝きを放っていた。
8名はみんなフードを被っていて顔は見えない。
「それでは被疑者を入廷させてください。裁判を始めマス」
裁判長が落ち着いた声でそういうと、入口の方から鎖を引きずる音が聞こえてきた。
(あのマント、俺が今着ているボロよりかっこいい。替えてもらえんかな・・・)
被告人がレザー製の軽装鎧を着た役人2名に左右の腕を掴まれて引きづられるように壇上にあげられた。囚人服を身にまとった被告人はまるで精気やら覇気のようなものがなく、その風体やまるで手入れをするものがいなくなった荒れ放題の畑にポツンと立つカカシのようだ。
そして笑いたいんだか泣きたいんだか何ともいえない表情で、しかも焦点がどこにあっているのかすらわからない目でぐるりと傍聴席を見渡した。
みんな固唾をのんでその光景を見ている。
(うーむ、生で被告人というものを初めてみたがまるで病人のようだな)
「うふふっ・・・これは摸写する甲斐がありそうですねぇ」
シャっ! シャーっっ!!
鉛筆を削る音が俺が座っているところまで聞こえてくる。ベレー帽をかぶった画家の手元では火花が散っている。どれほどの摩擦なのだ。
そして、はっきり言って、うるさい。
「そこ!手を止めないさい!」
役人が大声で注意をした。ベレー帽の画家が手を止める。再び静寂に包まれる。
そして一呼吸おくと
「どうもすいませんねぇ、キシシ・・・」
とひきつった笑顔を見せた。
「それでは罪状を読み上げマス。被告人は私立術式学校にて校内をうろつき、ひとり男子生徒に掴みかかり窓から投げ落とし、重傷を負わせた。はい、もしくはいいえ、で応えてください。間違いありませんネ」
蚊の鳴くようなか細い声で男は応えた。
「ぅーぁー・・・デモいえ・・・いやデスガ・・・」
「私には はいかいいえでこたえてくだサイ」
「・・・・・」
男は何も応えない。
その後も質問を変えて何度も同じようなやり取りが続いたが、ほとんど進展はなかった。俺はもう完全にこの裁判に飽きていた。足を何度組み替えただろうか。そしてその際、何度すかしっ屁をするかしないか悩んだことだろう。左足から右足に組み替えると右に向かって放屁することになる。右足から左足に組み替えると左に向かって、だ。
左に放つと親子連れに向かうことになる。子どもの事だから悪臭を父親に訴えたりするかもしれない。
そして容疑は俺に向けられる可能性がある。
だからといって右に放てば陪審員のほうに向かっていくことだろう。腰をわずかに浮かし、深呼吸をすると少し収まったような気がした。
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