第22話 とんだ温泉旅行
俺は最後の訓練に向けて思いっきり休むことにした。サティアンから一日、暇を出された。俺は温泉に浸かり、リフレッシュするのだ。モブマントを着けないで町を闊歩するのは久しぶりである。遊び金は十分にある。
あさっては最後の訓練なのだが、まあ今の俺なら大丈夫だろう。多分・・・
「すばらしい成績でしたねぇ」
女の子がそう話しかけながら俺についてくる。
「このぶんならあなたに安心して仕事を任せることが出来そうです。頼りにしていますよ」
サティアンが後ろからついてくる。モブマントを脱いだその姿はとても殺人ができるようには見えない。拉致られたとき以来だ。彼女の素顔を見たのは。
腰まで長く伸びたストレートなサラサラな艶のある髪。「サーティワンアイス」が好きそうな無邪気な女の子。そんな可愛らしい印象なのに、なんでこんな仕事をしているのか?
「なぜついてくるんですか」俺は恐る恐る尋ねてみる。我ながら敬語じゃないと話せないのが情けない。
「あなた、ほとんど人と話さないじゃないですか」
「いつも何か思いつめたような顔をして」
「ですからこうして何か話せるかと思って」
「着いて回って歩いてるだけのことです」
「今も私しか話していませんよ」
「ほらこれ」
「この連続のセリフ」
「ずっと私のターン」
「んーいけませんねぇ」
「会話はキャッチボールですよ」
「では私はここで失礼しますね」
俺は後ろを振り向いた。誰もいなかった。
さて、隣村までやってきた。ここは温泉で有名なところだ。俺はここの常連客である。鍛冶仕事で疲弊した肉体を癒すのにここは最適だ。いつもの温泉饅頭のにおいが鼻腔をくすぐる。顔なじみの番頭のところまでいったらなぜか憮然としている。
「お客様、申し訳ありませんが、お引取りください」
なんで?空いてるのに?俺が何かした?
「これから団体客がきますので、申し訳ありません」
そうなんだ。俺はきびすを返し一旦外に出た。そして、その団体の一部の客らしき数人に紛れ込むとそのまま温泉宿に入場した。
モブマントをかぶって。
脱衣所につくとモブマントを丁寧に畳んで籠に入れた。ふと壁に目をやると指名手配の顔写真が貼られている。
かーっ!ひっさびさの温泉!マジでたまらん!俺は湯船に飛び込みたい衝動を抑えてまず洗い場へと向かった。洗面器に30mlほどのお湯をいれ、ボディソープをワンプッシュいれる。そして、ひたすらタオルを使いかき混ぜる。タオルを途中で何度も絞り、そして空気を含ませる。こうすることで決めの細かい泡がもくもくとできあがるのだ!ふはは!皆さんもぜひお試しあれ!
そうこうしているうちに先ほどの団体客が入ってきた。
先頭は、あれは海賊の頭ではないか?さっき脱衣所の顔写真で見た顔だ。
「結果にコミットするのが俺の流儀だ!」
海賊の頭の口癖が浴場に響き渡る。
「ふん、オタクのところは随分繁盛していて、結構なことですなあ」
卑屈な声を出しているのは、山賊の頭だ。その後をぞろぞろと、子分たちらしき人物たちがついてくる。
えー、これって結構やばい状況なんじゃ・・・
俺はすばやくボディソープを体全身に塗りたくった。シャボンフラージュの発動である。これなら自分が何者かごまかせるはずである。
「なんだあんたは?」
子分っぽい人二人によってこられた。まあこうなるわな。
「えっ?・・・・」
俺はまったく何にもわかりませんというオーラを放つ。そして、シャワーをざーっと浴びて、生まれたままの姿を晒す。毅然とした態度で
「なんですか、あんたらは?」
と立ち上がった。子分二人は顔を見合わせる。俺は何も言わずにあえてサウナルームに向かった。なぜならこのままそそくさと出て行くのは、タイミングが悪いと思ったからである。
なぜそう思ったのかわからないが。
人間は窮地に立たされると(あるいはそう思い込むことで)わけのわからない行動をとってしまうものなのである。
サウナルームに入る俺、むわっと熱気が俺を包み込む。サウナミストだ。幅が一メートルくらいで奥行きが7メートルくらいか。ウナギの寝床みたいな構造だ。入り口から入ってすぐのとこに、俺は腰を下ろした。
奥の方から声が聞こえてくる。
「まーったく、近頃はどこもかしこも景気が悪いこと悪いこと!」
「商船襲ったりとかしたら?」
「・・・さらっと怖いことゆうなお前」
「商船襲うのは嫌?」
「・・・山の大将、なめてんのか」
「・・・なあ海の先生、俺とお前は同じ悪党だ、だからこそ信頼し合えると思っているんだ」
プシューッとミストが強く放出される。音で声が聞こえにくくなった。俺はミストサウナの濃い霧の中で、ひたすら耳を傾けることに集中していた。一言漏らさず聞き漏らすまいと頑張ってみる。
「何がしたいのか知らんが×××ごめんだぜ」
「海の先生、あんたんとこ、実際の×××経済状況悪いんだろ、隠さなくてもわかるぜ」
「へっ×××」
「船の老朽化進んで、そろそろあたらしい×××したいんだろ」
よく聞こえない、1メートルだけ近づいてみる。
「巷にな、暴れまくってる男がいてだな、その×××の剣がすばらしく××」
なんだかマジでやばそうな話をしているな・・・・俺は壁に手をついて、もう少し近づく、するとバルブが手に触れた。思わず握る。
「あーなんか、最近噂になってるヒョロイ男か」
「そうだ、うちの若いのが1人、やられたんだ」
「なあ、お前のとこと、俺らが組めば、楽勝だろ」
「いっせいに襲っちまうということか」
「同盟を組もう」
「やるか」
なんだと!これは共謀の現場ではないか!腕に力が入る。そしてバルブをぐるんと勢いよく、捻ってしまった。
ミストシャワーの圧力が急激に上昇し、パイプが破裂した。
「ぎゃーっ!あづい!あっちい!」
「あーっ!ひーーーっ!!!だぁーーっ!」
モロに熱湯を浴びた二人の悪党は叫びまくる。これはまずい、俺は外へと飛び出した。が、そこは子分たちが何事かと集まってきており、約30人くらいに取り囲まれる形になった。
「おい、あんた、中にいたんだよな」
「なにが起きたんだ」
どうしよう、これ・・・・
で、咄嗟に出た言葉が
「事故が起こった、パイプが破裂した」
子分の1人がサウナに入って中を確認しようとしたが、すぐに引き返してきた
「ものすごい蒸気だ、熱くてはいれねぇ」
壁にかかっている温度計は壊れて、今どれくらいの暑さなのかわからないが。肌が痛いほどの熱気である。
「おう、店の人呼んでくるわ!」
俺はどさくさにまぎれて叫ぶ。そして出口へと向かう。
「(・・・・ふふっ、チャンス!)」
しかし、番頭と店員がすでに浴場の入り口に来ていた。
マジかよ・・・・
背が高く、髪をオールバックにした男が、対照的に背の低い男と何か話している。
「お客様、お怪我はございませんか」
オールバックにした男の声が浴場に響き渡る。
「中に俺たちの親分が取り残されてんだよ!」
さっきサウナルームに入ろうとした子分が番頭に向かって叫ぶ。
「確認してまいります」
背の低い店員が、さっとサウナルームに入る。
「おい!どうなってんだよ、ここの風呂屋は」
子分たちが番頭に詰め寄りだす、まずい空気になってきた。
「お客様、まずは状況を把握することが何よりも先決でございます」
番頭は落ち着き払って応える、ならず者集団を相手にまったく動じていない。
キーッ、キーッと金属同士がこすれる音がしたかと思うと、サウナルームから背の低い店員が出てきた
「ふーっ、元栓を閉じました、とりあえず中には入れます」
「みなさん、とりあえず一旦宴会場へ出てください」
「海の方は左へ、山の方は右へ」
ぞろぞろと子分たちは出て行く
「おや、あんたは?」
俺のほうに向かってさっきの二人の子分が寄ってくる、目ざといやつらだ。
「ああ、私は親分さんとここで話す約束をしていたものだ」
俺は尊大な態度ででる。二人の子分は胡散臭そうな目で俺を見るが、番頭のほうに向き直ると、中の人が無事か見届けたいと言った。
「あんたも一緒に来てくれ」
万事休すか。子分二人と俺、後ろに番頭と店員、5人でサウナルームに入る。一番奥でぐったりとした男二人が倒れている。というか、逃げようとして絡まったのか。
頭が互いの股間の位置に来ている。子分は二人をひっぺがすと、とりあえず浴場まで運び出した。ごろんと横たわった男二人を、番頭がとりあえず冷やそうかとしたとき、その必要はないと子分は言った。
「二人とも息がない、死んでる」
ゆでだこみたいに真っ赤になった二人の男は息絶えていた。
「カシラっ、オカシラ・・・」
子分が声をかけてみるも、まったく反応がない。
「おい・・・どうしてくれるんだ、なんなんだ」
突然親分をなくした子分は、その場にへたり込んでしまった。もう1人の子分は対照的に、いきり立って、番頭と店員に噛み付いている。
「ゴラァ!おまえらぁ~ どう責任とってくれるんじゃい!」
番頭と店員はとりあえず、役人を呼ぼうかと提案したが、ふざけるなと怒鳴り返す。
こんなことが世間にばれたら、不味いんだろうな・・・親分が不在だと、こうゆうやつらの組織はいろいろ面倒なことになるって映画かなんかでみたような気がする。
今のうちに逃げ出そう。そそくさと脱衣場に向かう。自分のかごに向かうと、モブマントを真っ先に身につけた。ギャーギャー子分がわめいているのが、聞こえてくる。
出口へと向かう、宴会場では、事態を知らない連中がどんちゃん騒ぎだ。途中、女性店員とすれ違ったが、やつらの一味だと思ったみたいでそそくさといってしまった。
宴会場で騒ぐ、ならず者たち。
「他人の悪口を言ってりゃ、その間は自分のことは考えずにすむ、俺にはそのくらいでちょうどいいのよ」
酔っ払った山賊が、海賊の一味にドヤ顔で持論をぶちまける。それぞれがどのような後ろ暗い過去をもっているのか、そのことには決して触れず、ただただ親分の命令に従い、盲目的に悪事を重ね、何度も壊滅的危機に晒されてきたこの集団もとうとう最後の日がきたようだ。兵隊が温泉を囲っていた、何者かが通報したのである。酔っ払っていた悪党たちは、なすすべも無く、次々に捕縛された。
「・・・まったく、可哀想な連中だわ」(俺が親分を暗殺した形になったことは、さておき)
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