第15話 職場が全滅した。
まずい、とりあえず店の中に入る。扉を開けたせいか、少し黒い霧が晴れたみたいだ。
うーん!?なんだ?剣を突き刺したときにできた穴から、黒い霧が出ている。
一体なんだろう、作業場には誰もいない。俺の持ち場だったところをみると、出て行く前とまったく変わっていない。
工具が入った木箱、メンテナンス用の油が入った麻袋、落として壊れた王国軍用アーマー。そして隣の作業場には、先輩が固まっている・・・まるで蝋人形みたいだ・・・
「なんだよ、これ?」
蝋人形のように固まってしまった先輩。俺の心臓がバクバクしだした。これ、生きているのか?触ってみる勇気がない。周りを見渡すと先輩だけでなく、他の同僚たちも皆、一様に固まってしまっている。
パントマイムだ きっとこれは そうだ そうに・・・違わなかった。
ガタン、ゴトン
何か物音が聞こえる。俺はさっと身を机の下に隠す。
「やれやれ、驚きましたねぇ」
サティアンの声だ・・・
「こんなにも堂々と人前で活動して、いままで気づかれなかったのですか」
「・・ここは職人が集う場所だ お前みたいなもんが立ち入っていいところじゃないぜ」
力強く低い声がした。親方の声だ。親方は無事だったのか。
「すみませんねぇ、私どもも仕事なので」
柔らかな物腰、サティアン。
あの二人知り合いか?
「というか、あなたの監督不行き届きで私が参上したんですけどね、そもそもは」
棘のある言い方だ。
「こっちはおかげで何にもできねぇようになったぞ!」
親方は激高して怒鳴り返す。サティアンはそんな親方をみてあざ笑う。
サティアンは腰につけていたレイピアをスッと抜いた。
「私はあなたに経営をしてください、といったのですよ」
「私はこの大事な国の事業である、王立鍛冶屋を・・・」
「鍛冶職人を育て、質の良いものを提供しつづける」
「何も知らない人間から、本来支払うべき対価から抜き取る」
「同じことですかな?」
ジリジリとレイピアを親方の胸の位置に上げてゆく。
そして・・・
親方が何か言いかけたその口の中を、鋭い光の一線が貫いた・・・!
サティアンはレイピアをスッと親方の口から抜き取り、くるりときびすを返す。
「さて代役を探さないといけませんね」とポツリと呟く。
親方の体は床に崩れ落ち、床に充満している黒い霧にかぶさられ、見えなくなった。
「あ・・がっ・・」
俺は叫びだしそうなのを必死でこらえて、机の下で震え上がる。体が芯から熱くなり、汗が体中からぶわぁっと噴出してきた。顎の先からぽたぽたと汗が落ちる。
あいつ・・・人を殺しやがった!
親方が崩れ落ちたあたりを目を凝らしてみたが、霧のせいでやはり見えない。
サティアンは剣が突き刺さっていたの穴を辺りを調べまわっている。
がそれに飽きたのか、それとも何か思いついたのか。なんともいえぬ様子のまま、すーっと出て行った。
俺は机から、置きっぱなしになっていた、工具箱と量産型国産アーマーを両手に持つと、蝋人形の館と化してしまった鍛冶屋を後にした。
親方の遺体を確認しようかとも思ったが、いざ実行に移そうとすると、トラウマになるほどの恐ろしい映像が脳裏に焼きついてしまうのでは、という恐怖と一刻も早くここから立ち去りたいという焦燥感が、俺の脚を勝手に出口へと向かわせた。
モブマントを身につけ、そのまま大通りを歩く。夕暮れ時、人はほとんどいない。
鍛冶屋ベルクートは窓から中を見ても、相変わらず真っ暗だ。
とぼとぼと当ても無く、歩く。びくびくしながら、力なく歩く。
後ろから突然、ガッと肩をつかまれ、連れ戻される。そんな予知夢のような錯覚を何度みただろうか。
しかし結局は何も起こらず、いつの間にか電灯に明かりがポツポツ点き、日は完全に沈み、空は目がしみるほどの美しい星空になっていた。完全に時間の流れる感覚を失ってしまったまま、とぼとぼと歩き続けた。
あ・・・勇者だ・・・俺はいつの間にか町外れの賭博場にきていた。
あやしい雰囲気がぷんぷんしている。たちの悪そうな連中が、勇者のギャンブル狂っぷりに白熱している。
「あの男、もう10万くらいはいかれてるぜ」
「うわぁ、カワイソーにな・・・」
「相手させられてるディーラーがな」
「ぶぷぷっ」
勇者は周囲の目など一切お構いなしで、金を叩きつけチップに交換するようボーイに命じている。
「5000G分、あと酒もってきて、一番高いの」
ものすごく横柄な態度だ。
「ディーラーてめぇ、今度こそは倍返しだからな」
勇者はドロンとした目つきで息巻く。
あれは完全に酔っ払ってんな。ディーラーはプロ意識からなのか、笑顔を絶やさずカードを配る。だが、背中は汗でびっしょりだ。
勇者のでかすぎる掛け金に、ゴロツキたちは歓声を上げた。
娼婦か?胸の大きく開いたドレスを着た派手な女が、ニタッと笑う。ここは非合法の賭博場だ。公営の競馬場とはわけが違う。勇者が勝てば、いままでの戦況が一気にひっくり返る。そうなったら・・・先ほどの親方のことが頭によぎる。
勇者にも同じことが起きるのではないか。またあの残酷なシーンを見せられるのではないか。ぞっとする。
俺はいてもたってもいられず、インクのビンと報告書を取り出していた。
習慣とは恐ろしいもんだ。
こんな無法者たちのたまり場で、真面目に仕事とは。俺は事細かにペンを走らせる。
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