第9話 初仕事。
サティアンに命令され俺は武器屋の前にモブマントを羽織って突っ立っている。そして誰かに声をかけられたらこう応えるのだ。
「武器は買うだけじゃ駄目だ。きちんと装備しないと駄目よ、駄目駄目」
これが俺の今日の仕事。朝から10時間くらい突っ立っているのだが、誰も俺に声をかけたりしない。俺は頭の中で1人でマジカルバナナに興じていた。
バナナといったら黄色、黄色といったらHP不足、HP不足には薬草、薬草といったら物価の優等生、物価の優等生といったら卵、卵といったら勇者、出発したての勇者・・・勇者いつくるんじゃあ!!!勇者・・・こいよお!!!!もう!
「お疲れさん、交代だよ」
匿ちゃんがきた。
「勇者、きませんでしたよ」
「ああ、さっき王室で王様と謁見してたんだよ」
匿ちゃんはなんだか少し白けた顔をしている。
「勇者、どんな感じでした?」
「あーなんというか、勇者のやつ、勇者したくないそうだ」
は?
王から勇者の役を命じられた者は、旅立たなくてはならない。それはこの国の掟だ。
一体誰のせいでこんなしょうもない仕事をしていると思ってんだよ!勇者が来なきゃ、いつまで経ってもここで立ちっぱなしじゃないの俺!
いい歳をした匿ちゃんと(おそらく34歳~36歳くらいかな?)俺。二人のむさくるしい男は武器屋の前で立ち話を始める。
「そもそも俺ら、なんでこんな仕事しないといけないんですか?」
「勇者が自立できるように、サポートしてあげないと駄目だろう。誰だって最初は1人では何もできない。協力的な人が民衆の中にいないとやる気もでないだろう。みんな自分の生活で忙しいんだから。勇者にかまって上げられる人なんていないだろう現実的に考えて。だからまったく赤の他人の振りをして、アドバイスしたり、応援したりして、背中を押してあげるのさ」
「まるで、アイドルかスポーツ選手の追っかけですね」
「いや、全然違う。勇者は俺らの存在をまったく知らない、知られてはいけないんだ」
「モブマントで顔を認識できなくするんですね」
「そうだ、勇者に顔を覚えられてしまって、お前の前任者はいなくなったんだ」
「・・・マジですか」
匿ちゃんは、気をつけなよと言って俺のフードの先端を軽くつまんで、顔を覗き込みながら、力強い目で俺を睨んだ。
匿ちゃんは武器屋の前で「買った武器はちゃんと装備すること!持っているだけじゃ駄目だぜ!」
というセリフを1人、練習しだした。
俺は匿ちゃんを残し、お城の方面へなんとなく歩き出した。
すると前のほうから、ぶつぶつわめきながらヒョロガリがやってくる。
あーあいつだ、先輩の友達。ようやく出てきたか。
ヒョロガリは武器屋へ向かっていった。
俺は匿ちゃんの仕事ぶりをみてやろうとついてゆく。なんだかワクワクする。
と、突然ヒョロガリはぐるんと俺のほうへ向き直る。がっちり目が合ってしまった。
一瞬ドギマギしつつ、いや俺はマントを羽織っているから平気だ、落ち着けと自分に言い聞かせる。
「あの~君はたしか」
俺は完全に風景と同化したモブ人間だ。わかるはずも無い。
「レストランであったよね」
なんだと!なぜわかる!?
「やっぱそうだ、あのクソ高給取りの後輩だろう~」
「へ、いや、人違い・・・じゃなくて私は!?」
なんで!?気がつけるわけが無いだろうが、どうして?・・・フードが完全にまくれあがっている。さっき匿ちゃんにつまみあげられ、いつの間にかこうなったみたい。
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