第8話 人間関係はどこにでもある。

薄暗い6畳間。ここで俺は今まであったことを思い出しながら、箒がけを済ませ、雑巾がけに取り掛かろうとしていた。


これから仕事だというのに。でも、長い間雨露を凌がせてもらって、いざ出て行くとなると、この部屋への感謝の気持ちが湧き出てきて、どうしてもピカピカにしておきたい。という気持ちが抑えられない。


次にこの部屋にくる人のために・・・いやこんな汚い部屋にわざわざ住もうと思うやつはいないだろうが。


3人が待っている急がねば。雑巾とバケツを共用の倉庫にしまいこむ。


はあ、どうなってしまうのだろ 俺の人生。


「おう、ピィちゃん」


部屋からでると、ちょうど壁ドン野朗こと、匿ちゃんがいた。ピィちゃんとは俺のことだ。なぜ、ピィちゃんかというと、3人に尋問された際、恐怖のあまり思わず


「ピィィ!」


と悲鳴をあげてしまったからである。


「これからよろしくお願いします」


と下げたくも無い頭を下げる。


「まあ、そんな硬くならず、気楽に行こうぜ」と快活に応える匿ちゃん。


くそが、上から目線でものいいやがって、と腹の中では舌を出しつつも、無理に笑顔を作りつつ、一緒に待ち合わせ場所に移動する。途中で通いなれた鍛冶場の前を通る。モブマントを着て歩く。誰も俺のことなど気にもとめない。


もうここに戻ってこれないのだろうか。


行きつけの食堂の前も通りすぎる、横目でチラリとメニュー表を眺めつつ、今日のサービスランチをチェックしておく。中には朝からたくさんの労働者たちでにぎわっている。


ここも通りすぎてゆく・・・と店の中から1人の少年が飛び出してきた。


「く、食い逃げジャー!!食い逃げ!」


叫びながら後に続いて、コックが飛び出してきた。


うわあぉ、朝からなんだよ?俺が目を向けたとき、少年とコックとの距離は10mくらいはあった。


ほぼ確実に少年の逃げ切り勝ちだなと思った。が、なぜか少年は何も無いところで突然うずくまってしまった。


なんだ? 何が起こった?


匿ちゃんが「あんなのほうっておけばいいだろうが」とイラついて言った。


「あーゆう、真似をするやつ大嫌いなんだよ」と後ろから声がした。


振り返ると、股ドン女ことミサ姉さんがいた。


いつの間に現れたのよ、まったく気配を感じなかった。


そして俺のほうを向くと 「・・・・・」と何も言わずズンズン先に歩いていく。


「・・・いこうか」


匿ちゃんの音頭で、少し気持ち悪い空気を引きづりつつも、待ち合わせ場所へ向かった。集合場所に到着、ってここ俺が拉致られたとこじゃん。


中に入ると一番背の低いあいつが待っていた。


「おや、逃げないでちゃんとこれましたね」


平たい声で俺に向かって言う。声の調子ではどんな感情でいるのか、わからない。匿ちゃんがご報告があります、とさっきの食い逃げの件を話し出した。


「はぁ~そんなことがありましたか」


とミサ姉さんのほうを横目で見ながら呟いた。平静な声だ。何を考えているのか、見当もつかない。


ミサ姉さんのほうはというと、椅子に座り、机に足を乗せ、ふてぶてしい態度だ。


「われわれの役目はあくまでも勇者の監視です。そんな小さな事件はほおっておいて、下役人に任せておけばよいのですよ。岬さん」


岬さんといわれたミサ姉さんは、聞いているのか聞いてないのか、椅子をぎったんばったん、前後に揺らすだけだ。


(勇者の監視?勇者の監視っていったな今。それが俺らがやろうとしていることなのか)


それからも小さいやつは、ずっとミサ姉さんにくどくど何か仕事に対する心構え的なことを話し出した。ミサ姉さんは何か言い返すでもなくただじっとしている。


どうやらこの小さいやつは、自分が説教がうまい人だと思っているみたいだ。


俺は心の中でこいつに「サティアン」というあだ名で呼ぶことにした。


もしこんなやつが、鍛冶屋にいたら次の日からそう呼ばれたに違いない。


そしてみんなでいわしあげて1週間で出勤拒否だな。この中では偉いさんなのか知らんが、威張ってんじゃねぇよ。現場ならハンマーでも投げつけてやるとこだ。匿ちゃんのほうを見ると、なぜかこの説教タイムをにやにやしながら見ている。


ははあ、匿ちゃんミサ姉さんのことが嫌いなのかな?

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