第6話 剣を抜いた人が誰かわかりました。
先輩は結局、一度も俺に気がつかず、そのままレストランに入っていってしまった。いっぺん、「千年殺し」でもお見舞いしてやろうかと、急接近を試みたのだが、やめた。先輩が友達と合流したからである。
二人はテーブル席に座り、話し始めた。俺はすぐそばのカウンター席に着く。二人の話し声が聞こえてくる。
「王立の鍛冶職っていったら、給料いいんだろう」
先輩の友達が恨めしそうに言う。青白い顔のヒョロガリだ。筋骨隆々とした先輩とはまったく対照的である。
「まあな、楽な仕事じゃないけどよ」
先輩はさっき買ったはずれ馬券をくるくる丸めて筒を作る。
「なんだ、最近わけのわからない事件が多いそうじゃないか」
「ああ、うちのシンボルの剣が突然直って、地面に突き刺さったりして、親方が面白がって、剣を抜けたもんには賞金を出すとかいうもんだから」
先輩はため息をはきながら筒をヒョロガリに向かって覗き込む
「うちの職場は大変だよ、物好きが集まってきたりしてさ」
俺はカウンター席で、うんうん、そうなんだよーと心の中で一人うなづく
「しかしまあ、親方も商売上手というか、強欲というかなんでも金にしちまうからなあ」
それだけじゃないぞ、ピンハネしてるんだ。うちの親方と、俺は一人恨む。
先輩はミジンコでも観察するかのように、丸めた馬券でヒョロガリを覗き込む。
嫌そうな顔をしながらヒョロガリは
「でも、経営者としては優秀なんだろう。うちの社長なんか、会社倒産させて逃げてそれっきり、給料も未払いだ」
「お前みたいな、なんもできねぇやつなんか雇ってる会社じゃ不思議じゃないだろ」
先輩は意地悪く笑う。ヒョロガリはふんと横を向く。
なんだ、あいつニートかよ、先輩の友達がニート、俺は笑いを一人堪える。
しかし、この店いつもならすぐ店員が注文取りにくるのに、もう席についてだいぶ時間経つぞ?どうしたんだろ?こちらから声をかけようとした時、衝撃的な言葉が先輩の口から飛び出した。
「まあでも、お前があの剣抜いてくれてよかったよ」
え?は?あんなやつにか?うちの職人たち全員が挑んでも抜けなかったあの剣が?誰も抜けなかったあの剣が?あんな冴えないヒョロガリに!?
驚く俺をよそに、彼らは話し続ける。
「無職状態のお前も、箔がついてよかったな」
「何で抜けたのか、よくわからんけど」
「それで、王様に呼ばれてなんていわれたんだ?ええおい?」
先輩は少し興奮気味だ。しかし、ヒョロガリは対照的に冷めている
「それは、まあ・・・いいじゃないか(笑)」
「はあ!?なんだよそれー 教えろよ」
ああ、頭が痛い。目の前がぐらぐらする そして、さびしい気分だ。
なんであんなやつに・・・
いたたまれない気分だ。もう出よう。何も注文してないしな。
まあ、そのうち抜けるとは思っていたよ。でもなあ、まさかあんな冴えないやつになあ。なんだか少しさびしい気分だ 酒でも飲みたい。
ふらーっと立ち上がる。モブマントが椅子に引っかかって、体からずり落ちる。あらら、いかんいかん、ボーっとしてたな。
「あれ、お前いたのか」
先輩が声をかけてくる。
「先輩、馬券外したっしょ、俺見てましたよ」
「なんだ、お前も競馬場にいたのか」
先輩と話しながら、俺はヒョロガリのほうをチラリとみる。
そして、先輩に彼のことを聞いてみる。
「こいつなあ、俺らの工場に刺さってた剣、あったろう。あれコイツが抜いたんだぜ」
「えーマジですか、あの剣を」
俺は大げさに驚いてみせる。
「誰も抜けなかったのに、すごいですね」
ヒョロガリは少し照れたような表情になる。
「いやあ、本当に偶然だよ。多分たくさんの人が引っ張ってたから、僕の番の時には、きっと抜ける寸前だったんだろうな」
「それで抜けた剣は、どうしたんだよ」
先輩が割り込む。
「ああ、王様に渡したよ」
どうやら王様の手元に今はあるらしい。
「君らのとこの親方、賞金を出すとか言っておきながら、いざ出す時は渋るんだよ。なんだかんだ理由をつけて、半分しかもらえなかったんだ」
「ギャンブルで作った借金、完済できるかと思ったのに」
「だいたい、悪意あるな。あの人、剣が抜けないままなら、もっと儲かったのにとか思ってるにぶつぶつ・・・・」
どうやらこのヒョロガリは、金には汚い上に縁のない、貧乏人らしい。
話せば話すほど、俺の中の評価はどんどん下がってゆく。
残念ながら、ほめるところが何も無い。
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