第4話 純白

2階の窓から見下ろした視線の先にはレイが倒れていた。

急いで階段を駆け下り、声をかける。

応答がない。急いで救急車を呼ぶ。口からは血を流していた。

急いでポケットティッシュで傷を塞ぐ。なんとか必死で助けを呼び、

周りの人達と共に傷口を塞ぐ。救急車が到着し、私も同乗する。

救急隊の方が私に話しかける。

「何があったんですか?」

「分からないです……ただ、目が覚めたら彼女が倒れていて」

「同居人?」

「いえ、職場のお友達です……」

 近くの病院に着いた頃、レイが目を覚ました。


「……んっ……ここは……?」

「レイ!レイ!目を覚ましたの!?」

「…サト…サト……」

不安そうな顔で私の袖を強く掴む。

こんな時に来てくれないレイの両親の態度を見ると、

レイが不安気な目で私を頼るのも納得がいく。

 検査が終わり、命に別状はないことが分かった。

2階という低さが影響し幸いなことに大事には至らなかった。

しかしレイはしばらくの間入院することになった。

病室に入ると彼女は横になるわけでもなく座ったまま、ただ泣いていた。

私は悲しい顔をすることしかできず黙っていると突然

「…ごめん、ごめん…アタシ…本当は弱くて…ごめんね…」と謝りだした。

「普段なら死のうなんて思わないんだけど…

突然…衝動?っていうのかな…

急に…なんか…何も考えられなくて…

なる…時がある…今回もそれで…自分でも病みたくないんだけど…

…急に泣き出したりして…ああああもうダメだアタシ(笑)

どうして死ねなかったんだ……あはは!」

「………」

悲しい時は悲しい顔をしながら泣くのが普通である。

なのにレイは笑いながら涙を流す。

細い身体は全身傷と痣だらけでボロボロだった。

私が気づかないところで彼女は沢山傷ついていた。


退院後、仕事を休止し、しばらくの間一人にさせないように

私の家で同居することになった。

急に衝動的に飛び降りないよう、徹底的に窓を施錠し、

レイを木の椅子に座らせ、ロープで縛り付け、固定する。

もう私の監視下からレイを離すわけにはいかない。

 「レイの苦しみに気づいてあげられなくて…ごめんね…。」

「いや!!こちらこそ申し訳ない…。

アタシのこと見張っておいてくれ…。

また前みたいなことを起こさないように…。」

少々苦しそうだが、迷惑をかけてしまった手前、断れないのだろう。

大人しく身動きを制限されるレイ。

外は土砂降りの雨が降っていて少し肌寒い。

 「ちょっと苦しいかもしれないけど我慢してね…」

「うん…」

「お腹は?空いてる?雑炊があるけど食べる?」

「食べる…」

あまり元気のないレイの為に手作りの雑炊を用意し、

スプーンで掬って口元に運ぶ。

「ほら、あーん」

素直に口を開け、熱い雑炊を食べるレイ。

「熱いから気をつけて。」

身動きの取れない体勢のまま、コクリと頷き、

無言のまま、意外にもパクパク食べ進める。

「よく食べたね。お腹空いてたんだね。」

「ありがとう。ご馳走様。」

「お風呂沸かしておいたから、入っておいで。」

風呂へ移動するのも一苦労だ。

ロープで両腕を後ろにしっかり固定し、刃物などから遠ざける。

腕を引き洗面所まで案内し、ロープを解く。

するとレイが「ありがとうね。アタシの為に色々してくれて…」と

感謝の言葉を並べながら、服を脱ぎ始めたので慌てて目を逸らす。


風呂から上がりパジャマを着たレイが部屋に戻って来た。

私が貸した純白のロングワンピースのパジャマを着ている。

それがまるでウエディングドレスのように見えた。

ウエディングドレスの純白はキリスト教において

「花嫁は聖母マリアのように純潔であるべき」という考えから

生まれたなんて話を聞いたような気がする。

レイの精神性に「女性らしさ」のラベルを貼って見たことはなかった。

でも、細い骨格に白い肌がワンピースととても似合っていて、

本人の意思で選べない身体的な「女性らしさ」が

失礼ながらも美しく感じた。

 レイを椅子に座らせ、再びロープで縛り付ける。

ぐっと力を入れ、しっかり結ぶ。

男性は下手をすると女性を素手で殺せてしまう。

どれだけ強がっても、身体的に女性は弱者である。

初めから強い人間が強く在ろうとするより、

弱い立場から這い上がろうとする人の方が

圧倒的にハードで、強い精神力があると思う。

例えそれが「強がり」でも、「虚栄心」でも、ね。

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