ここも端っこ

 国道を北に北にと快走してたんだけど、


「コトリ、腹減った」

「ユッキーは走る腹時計か」


 いやアリスも空いてきた。コトリさんはそうじゃないの。


「ああ考えてある」


 コトリさんが調べたところでは、厳原から離れるとなんにもないのが対馬みたい、佐須浦もそうだったものね。家こそパラパラあるけど、道の駅どころかコンビニさえなかったもの。


「コンビニは都会にあり過ぎるから勘違いしそうになるけんど、田舎に行ったらホンマにあらへんで」


 実感してる。


「あったあった、開いてるで」


 これって中華料理屋みたい。だってラーメン。ちゃんぽんって書いてあるもの。だけど焼肉ってなによ。中華風焼肉って意味かなぁ。


「まあこういうとこやから、専門店でございって訳には行かへんねんやろ」


 でも対馬で中華なんか。いや対馬ラーメンとかあるとか、


「対馬ラーメンは聞いたことが無いけど、お昼は中華でも良いのよ」

「こんなとこやから、どこ行っても海鮮料理になるやんか。海鮮料理は美味しいけど、どんな御馳走でも続くと辛くなるんが人間や」


 なるほど、そうかもしれない。店の中はいかにも街の中華屋さん風だったけど、メニューは豊富だな。


「チャーシューめんにタカナチャーハン」

「わたしはチャンポンにエビチャーハン」


 カツ丼ぐらいは中華料理屋にあっても良いと思うし、カレーライスもわかる。でもさぁ、焼きカレーってなんなんだ。チキンドリアがあるのにも驚くけど、ちゃポリタンってスパゲッティなのか。


 アリスはチャンポンのセットにした。味はごく普通に美味しいかな。生卵が入っているのが嬉しい。腹ごしらえも終わって再び北上だ。だいぶ北の方に来ていると思うけど、国道は島の真ん中あたりのはずだから、島らしい風景というより、田舎道を走ってる感じになるな。


「嬉しいな。ちゃんと道路案内があるで」

「ガソリンスタンドのとこみたいだね」


 あんなとこを曲がろうって言うの。V字の角じゃないの。曲がったら曲がったで、また道が怪しいじゃない。


「島の道ってこんなものよ」

「空いてるからエエやん」


 あんまり良くない。家が建ち並んでるから集落なんだろうけど、その分だけ気を遣う道だ。なんとなく山が低くなってきてるから海に近いと思うのだけど、


「左に入るってなっとるから注意しといてや」


 なんか嫌な予感。


「あそこみたいや。橋を渡らんと左に行くで」


 川沿いの道になったけど、けっこう広い川じゃないの。これは河口に近いはず。


「棹崎公園って方に入るで」


 保護センターもそっちってなってるから、公園の中に保護センターもあるのかな。それよりまた登りだ、ワインディングだ。ひ~こら登って行くとネコちゃんの石像があるじゃない、ツシマヤマネコってあんなに大きいのか。


「あんなに大きいわけないやろ。大きめのイエネコぐらいや」


 だろうね。あそこまで大きかったら化け猫だ。もう少し走ると二階建ての建物があって、


「ここやな」


 へぇ、入館無料なんだ。あれこれ展示もあるけど、見たいのは・・・あれがツシマヤマネコなのか。日本にもネコはたくさんいるけど、あれはすべてイエネコで、このツシマヤマネコとイリオモテヤマネコだけがヤマネコだそう。だけど見た目は普通のネコだ。


「そうかもしれんが、本物はここでしか見れんで」

「それは言い過ぎよ。京都市動物園でも見れるよ」


 それでも対馬で実物を見るのは価値がありそうな気がする。保護センターからは棹崎公園に向かったのだけど、これって、


「ああ旧日本軍の砲台の跡や。ここには十五センチカノン砲が四門あったそうや」


 対馬は日本海入り口の要衝だから、数多くの砲台が設置されて、対馬要塞と呼ばれたそう。対馬の要塞化は早くて日清戦争の前から行われていたって言うから驚いた。役には立ったの。


「ここに砲台があるってぐらいの効果はあったんちゃうか」


 あるから無暗に近づかれなかったぐらいか。


「エエやん。こんなものがフル活用される時が来んかってんから」


 ここも砲台になるぐらいだから見晴らしが良いところだし、あそこに灯台もあるじゃない。


「コトリ、あったよ」

「ここか、やっと来れたな」


 何かと思ったら、


「日本の端っこや」


 はぁ?


「ここは北西の端っこになるのよ」


 端っこと言えば東西南北だけど、北西も端っこだよな。


「ホンマの端っこにバイクで行けるとこはあらへんからな」


 東の端が南鳥島で、南の端が沖ノ鳥島って、バイクどころか、そもそもどうやって行くのかレベルじゃない。


「西の端の与那国島もバイクで行けへんけど、北の端かって択捉島やからな」


 そこも普通じゃ行けないところだ。そんなとこはともかく、これでアリスも日本の北西の隅っこを征服した女になったぞ。棹崎公園から次に目指したのが異国の見える丘展望台。ここから釜山まで五十キロぐらいだそうだけど、元寇の時にもここに見張りを置いとけば良かったのに。


「ここから延々と狼煙台でも作らんと無駄や」

「厳原までどれだけあると思ってるのよ」


 そうだった。さぁ、次はどこに、


「厳原に引き返すわ」


 えっ、まだ北の方があるじゃない。


「対馬は周遊に向いてないかも」


 離島ツーリングで多いのは島を一周できるパターンだって。淡路もそうらしいけど、


「佐渡島もそうよ」


 行ったんかい。だけど対馬はそうはいかないみたい。いわゆるシーサイドロード的なものが少なくて、ひたすら山の中を走るみたいになってしまうんだって。それと、


「歴史のある島やけど、見どころが多いとは言えん」


 対馬だってあれこれ歴史はあるはずだけど、


「表舞台で関わったんは、それこそ元寇ぐらいや」


 名所旧跡の評価はあれこれあると思うけど、歴史の表舞台にどれだけ関わったかで評価はかなり違うのか。なんとなくわかる気がする。京都や奈良があれだけ人気があるのはそこもあるものね。


「京都や奈良は別格過ぎるけんど、とにかく対馬は遠すぎるわ。博多からかって交通便利と言えんやんか」

「というか、対馬観光にもっと魅力があったら、観光客も増えるし、観光客が増えれば観光地も整備される循環になっていくのよ。もちろん交通アクセスもね」


 たしかに。ただ観光整備は必要だけど、されすぎるのもどうかとしてた。


「こんな島に観光客のクルマが押し寄せたりしたら、すぐに大渋滞になっちゃうじゃない。そんなところにツーリングに来るものか」


 どこか矛盾してる気もするけど、これぐらいの交通量だからアリスでもツーリングが楽しめたのかもしれない。それはさておき、それならこれから壱岐だよね。


「だ か ら、交通不便やねん」


 対馬から壱岐に向かうフェリーは一日二便で、厳原から八時五十分発と、十五時二十五分発なのか。今からじゃ、十五時二十五分発は無理だから今夜も厳原に泊りなの?


「しゃ~ないやん。十五時二十五分発に乗ろうと思たら、ツシマヤマネコも北西の端っこもあきらめなアカンやんか」


 あれは外せないよな。

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