厳原二泊目

 厳原に戻って来たら道の駅で土産物漁り。またあの宿坊なの、


「連泊するほどの宿やあらへん」

「ああいうところは泊まったことがあるで十分でしょ」


 アリスも宗派が違うものね。厳原にもホテルや民宿、さらにペンションもあるけど、基本はビジネス対応みたいで、


「いわゆる観光旅館とか観光ホテルみたいなもんが殆どあらへんねん」

「それだけ観光客が少ないんだろうけどね」


 なら、


「今夜は開き直って東横インや」


 やったあ・・・って喜ぶほどのものじゃないか。東横インだって大きいだけでビジホだ。部屋はツインとシングルでアリスはシングルか。ちょっと寂しいけどビジホでトリプルは少ないものね。


 夕食は外に出て対馬の海鮮を堪能させてもらった。というかホントに良く食べて、良く呑むよ。話は元寇になるかと思ったら、元寇は元寇でもアリスのシナリオの話になってしまった。


「見込みはどうやねん」


 そりゃ、もうばっちりと言いたいところだけど、正直なところ厳しいな。コンペなんだから、大物クラスは参加しないと踏んでた部分があると考えてたのだけど甘かった。だって風祭光喜まで名乗りを上げちゃってるもの。


「そりゃ、手強そうや」

「大河も何本も手掛けてるよね」


 それぐらいの大物だ。奥さんだって元アイドルの美人だ。


「そやった。アイドルのプロデュースもしとったもんな」


 そうなんだよ、大人しくアイドルのプロデュースをやっとけと思ったもの。二足の草鞋を履ける才人なんてこの世の害悪だ。こっちにも仕事を回してくれ。


「大河をやるぐらいだから、歴史にも強いよね」

「コトリはあの解釈はスカンけど、ちゃんと調べて物語に仕上げてるもんな」


 ぐむむむ、でもその通りだ。だから路線が被ったら沈没だ。同じようなシナリオなら、ネームバリューで勝てるわけがない。


「でもさぁ、前の大河はコケたじゃない」

「大河だけやないで、香港物語もイマイチやった」


 その辺はどうしても出来不出来はあるはず。それとだけどシナリオライターは台本を書くけど、それを映像化するのは監督なんだ、どんなに良いシナリオでも、監督の出来不出来も作品の仕上がりを大きく左右するのよね。


「まあそうやねんけど、風祭光喜ってホンマは大河に向いてへんのんちゃう」

「大河と言うより、大作に向いてない気がする」


 どうなんだろ。


「向いてるのはもっとホームドラマ風じゃないかな」

「皇帝のレストランとかか?」


 皇帝のレストランはおもしろかった。話はシンプルで潰れかけのレストランの復活物語だけど、細々したエピソードの積み重ねが本当に良く出来ていた。


「釈迦に説法やと思うけど、ドラマと映画はちゃうやんか」

「映画って二時間ぐらいだものね」


 テレビドラマならワンクールで十二回ぐらいが今の標準だけど、十二回あれば十二回分のエピソードを仕込めるし、一話四十五分として、九時間ぐらいのものになる。時間が長い分、あれこれ伏線を仕込んで最終回に向かって回収のパターンにするのが王道だ。


 だけど二時間の映画となると作りがまったく変わってくる。たった二時間だから、伏線を仕込むにしても、よほどの工夫が必要って感じかな。あんまり伏線に熱中すると、


「訳がわからんのはようあるわ」

「無理やり感テンコモリとか」


 原作本があると書くのはラクなんだけど、良く出来た原作本であるほど脇役の存在感が強烈なんだよね。だけど映画化となると、脇役じゃなくて主役にスポットを当てざるを得なくなるから、脇役ファンの不満が出るのも良くある話。


「それと風祭光喜の歴史物は暗い気がするねん」

「わたしもそう思う。顔を引きつらせたおっさんが、暗い部屋の中で会議してるイメージだもの」


 あれね。あれは予算の関係のはず。歴史物といえば合戦シーンがクライマックスになるのだけど、合戦シーンはとにかくカネがかかるのよ。だから製作サイドとして、出来るだけ節約したいところでもある。


 合戦シーンで出来る事が限られると、合戦に至るまでの準備シーンとか、会議シーンで時間を稼ぐようにせざるを得なくなる。言うまでもないけど、そういうシーンだって必要なんだけど、バランスと時間配分の関係だ。


「開き直ったらどうや」

「そうよ、プロデューサーとかとプロットを決めるんじゃなんだから」


 どういうこと。


「ドカンと合戦シーンをメインに持って来るんや」

「時宗なんか不要じゃない」


 ちょっと待てい。元寇に時宗が出ないと話にならないじゃない。あの国難の時に時宗が日本にいたから救われたのじゃない。


「歴史的評価をやりだすと長くなるから映画のシナリオの話に絞るけど、目に付くとこで時宗はなんもしてへんやん」

「外交交渉にも華が無いよ」


 文永の役に至るまで何度か元の使節が来たけど、返書も出さずに追い返している。この辺はまだ京都に朝廷がそれなりに健在で、幕府は国際外交にタッチしないと言うか、日本を代表する機関は朝廷みたいなややこしいところがあったのよね。


「その問題は江戸幕府の尊王攘夷問題まで引っ張るぐらいや」


 幕府が朝廷の意見に引っ張られて強硬策になったのは置いとくとした。これも言い出したらキリがないけど結果として勝ったから帳消しみたいな解釈かな。


「ドラマ的には強硬策を演じるんやったら直江状みたいな返書を叩き返すとか」

「使節に言い放つぐらいの見せ場が欲しいじゃない」


 あったらシナリオライターとして嬉しいけど無いのよね。そりゃ、幕府の中で評議はしていたと思うけど、正直なところ具体的になにをしていたか良くわからないところがある。


「つうか、こういう時には歴史的な名言を遺すもんや」

「賽は投げられたとかね」


 欲しい、欲しい。時宗の言葉に鎌倉武士が奮い立って決戦ん望むみたいなシチュエーションがあればどれだけ嬉しいか。でも無い。


「なによりずっと鎌倉におるだけやんか」

「文永の役はともかく弘安の役ぐらい博多に行って欲しかった」


 弘安の役の時は博多からはるか鎌倉まで縦深体制が組まれていた話はあって、時宗は最後の砦として鎌倉を動かなかった話はそれなりにわからないでもない。それで成功してるのはコトリさんも認めてるけど、


「すっごく醒めて見たら、ドラマとして見せ場があらへんやん」

「ひたすら鎌倉にいただけよ」


 それは言えなくもない。元寇と言えば時宗をどう活躍させるかをまず誰だって考えると思う。これまでの元寇物だって時宗を主役にするのは常套手段と言うか、日本側の主要有名人としては時宗になってしまう。


 時宗が無能だったとか、手を拱いて何もしなかったなんて言う気はないけど、動きがひたすら水面下過ぎるところはあるのよ。いわゆる見せ場的なシーンが乏しいと言うより見つからないとして良いと思う。


「そやのに時宗をむりくりに主役にしようとするから元寇物はヒットせんかったんちゃうやろか」


 ドライだけどわからないでもない。記録に無い部分は想像で埋められるけど、さすがに時宗を日本軍の陣頭に立たせるのは無茶が過ぎる。せめて鎌倉から日本軍を見送るシーンぐらい作りたいけど、


「戦ったのは九州から西国ぐらいの現地軍やんか」


 関東の鎌倉武士はひたすら後方待機だし、時宗は後方待機軍の大将ぐらいしかやってないのよね。そんな状態の時宗を主役にするとドラマとして散漫になりやすいところはある。


「時宗の役どころは日露戦争の桂太郎ぐらいでエエと思うねん」

「良くて山縣有朋ぐらいが関の山よ」


 誰だって言いたいけど、日露戦争の時の国内政府を支えた要人か。そういう人がいたから戦争を戦えたとも言えるけど、ドラマの登場人物としては影がどうしても薄くなるものね。


「映画は人が動くのに価値があるのよ」

「動きが乏しすぎるのを主役にしたらコケやすいと思うで」


 言いたい事はわかる。主役って動いて、しゃべってこそ存在感を見せるからね。でもこれはヒントかもしれない。本音で言うとアリスも時宗をどうしようかと悩んでた部分はあったのよ。とにかくドラマとして使い辛いのに存在感だけ大きい人物だもの。

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